第十一話 初めての魔物戦
ゴブリンの殺害現場で行なわれていた座学の野外授業の間も、俺は五つの気配が近付いていることに気が付いていた。
姉ちゃんは気付いてない……ようだな。もう少しだけ待ってみるか。
五つの気配はまだ若干遠く、エルフィではまだ感知できないであろうと思い、俺はもう暫く様子を見ることにした。
それから暫しの後、クーノが移動を促すとマーヤが口を開いた。
「リーダー、後ろから、何か来てる……気がする」
覇気が無いのが特徴のマーヤは、似たような特徴のエドワルダと同じように、魔法も使っていないのに気配を察知することができるのを俺は知っている。所謂『野生の勘』だ。
姉ちゃんも探知魔法で気配を察知するのなら流石にわかっただろうけど、慣れない魔力探知では気付けなかったか。
エルフィに関してはまだ不慣れなので仕方ないと思いつつ、魔物に対してもマーヤの索敵能力が通用することを俺は密かに喜んだ。
「ゴブリンが来てるね。数はわかるかマーヤ」
「う~ん……、多分だけど五」
「了解」
そう、俺は当初から察知していた気配がゴブリンのものであることを”今”はわかっていた。それは、ゴブリンを一度この目で確認したからに他ならない。
原理はわからないが、俺の探知魔法は目にしたことのない生物の気配は単に気配としてしか感じられないが、一度目にした種族であれば同個体でなくても何の種族かは判別できるのだ。
そんなインチキくさい魔法を使っているわけでもないマーヤの不思議能力も大したもので、何気にしっかりとゴブリンの数を言い当てていた。
「教官、マーヤが後方からくる何かを察知したようです」
「ん? ……確かに、何か感じるな。もう少し待って数と種族を確認したい」
「了解しました」
俺はシュヴァーンのメンバーを集め、早々に作戦会議を始めた。
「後方からゴブリンがきている。数は五体だ。こちらが風上でゴブリンは俺達の存在に気付いていると思った方が良いだろう」
「何処かに待ち伏せして奇襲とかは無理っすかね?」
「ゴブリンの嗅覚がどれ程のものかわからないが、臭いでバレることを想定しておいた方が良いだろうな」
「それなら正面突破かなー?」
「それは無い」
一応は作戦らしきものを提案してくるヨルクと違い、ミリィは何の捻りもない短絡的な事を口にしてきた。
「まぁ、ここに向かってきているのは、ゴブリン側からしたら俺達に気付かれていないと思っての行動だろう。それなら、奇襲とまではいかなくても先制攻撃はできる。先ずは姉ちゃんとマーヤの弓矢で攻撃」
「わかったわ」
「了承」
二人とも好戦的な目をしてるな。
「その後は俺とヨルクが飛び出す。ミリィはヨルクの背後を遅れずに追走。イルザは慌てなくていいから確実に俺の後を追ってきて、隙があればメイスを叩き込む。まぁ、いつもとあまり変わらないな」
「了解っす」
「ほいほーい」
「頑張りますぅ」
ヨルクは緊張が解けたようだな。ミリィは通常運転、イルザは若干緊張してるっぽいけど大丈夫そうだな。
今回は獲物の背後からの攻撃ではないが、一度動き出してしまえばいつもやっていることとほぼ同じだ。ゴブリンが最弱の魔物と侮ったりはしていないが、それでも大きなクマを相手にするより危険は少ないだろう。いつもどおりやるだけだ。
これが、ベテランパーティが戦闘をする前であれば、皆は緊張でいつもどおりの動きができなかったかもしれない。しかし、無残にやられるゴブリンを目の当たりにした今、皆の緊張は大分薄れている。
むしろ、俺が人型のゴブリンを躊躇なく仕留められるかだな。気持ちとしてはさっきの切り替えでやれると思っているけど、身体がしっかり動いてくれるか些か心配ではあるな。……って、また感情を揺らしてどうする! ゴブリンは魔物。魔物は倒すべき存在!
うん、いける。大丈夫だ。
俺がそんな情けないことを再び考えていると、「ゴブリンが五体だな。いけるか?」とクーノに問われ、俺は間髪入れずに戦うことを宣言した。
よし! 俺は戦うことを宣言したんだ。後はやるしかない。皆もやる気になっているんだから、リーダーの俺がしっかりしないとダメだ!
俺は改めて自分に言い聞かせ、戦うことを強く意識し、パンパンと顔を叩いて気合を表に出した。
そして、皆の準備と俺の気持が整ったところで、俺達シュヴァーンが初めて行う対魔物戦の火蓋が切って落とされようとしていた。
「ゴブリンってのは間抜けなんすかね? 自分達に気付かれてることもわからず、呑気に距離を詰めてきてるっす」
「油断はするなヨルク。――いいか皆、作戦はさっき言ったとおりだ。いつもどおりの動きをすれば何ら問題ない。もう少し引き付けたら姉ちゃんとマーヤの攻撃で俺達も動き出すぞ」
俺に向けられたシュヴァーンのメンバー全員の目が、「やってやる!」といった決意に満ち溢れていた。
程なくして、いつもどおり弓から放たれる二つの音が聞こえると、俺とヨルクはゴブリンに向かって走り出した。
「一体は倒れたけど、もう一体は浅かったか」
エルフィとマーヤから放たれた矢は、どちらもゴブリンに突き刺さってはいたが、一体は歩みが遅くなりはしたが未だ健在である。
「ヨルクは左の一体を相手にしろ、遅れているゴブリンが合流してくることを忘れるな。俺は右の二体を抑える」
「了解っす」
俺は左を並走するヨルクに指示を飛ばすと、抜いた剣を右側に腰だめにし、一気にゴブリンに向かって跳躍する。そして、腰に構えた剣をゴブリンの胸部目掛けて突き出した。
――ギョアアア
剣を突き出そうとした際、僅かに身体が強張ったのを感じたが、それでも何とかゴブリンに剣を突き刺すことができた。
僅かに身体が強張ったのがわかったけど、それでも仕留めることはできたんだ。上出来じゃないか俺! まぁ、何とも言えない気持ち悪さはあるけど……。
そうは思っても今は戦闘中だ。胃の辺りから込み上げる物を感じつつ、俺はゴブリンから剣を引き抜き、もう一体のゴブリンの攻撃に備えた。
そんな俺の隣では、盾を構えたヨルクがシールドチャージでゴブリンに盾ごと体当たりをかましていた。
細身のヨルクに力技は向かない気もするが、身体強化の魔術を使ったヨルクであれば、しっかりとしたダメージをゴブリンに与えるようだ。ヨルクのシールドチャージを喰らったゴブリンは、ものの見事に弾き飛ばされていた。
そんなヨルクの後ろには、槍を構えたミリィが控え、ヨルクも遅れてくる手負いのゴブリンの到着に備えていた。
一応ゴブリンを刺すことはできた。ゴブリンの皮膚が思ったより硬くないのもわかった。残りは俺以外の人にやってもらおう。
何事も経験である。ここは皆にもゴブリンに攻撃をさせ、経験を積ませることにした。
俺と対峙していたゴブリンが棍棒を振り被り、躊躇なく振り下ろしてきた。それもバレバレの軌道でだ。
そんなただ振り下ろされた棍棒など恐るに足らんのだが、イルザが動き易いようにゴブリンの振り下ろした棍棒に軽く剣を合わせ、大きくゴブリンの体勢を崩してやった。
「イルザ!」
「はいですぅ」
俺の呼びかけにイルザは可愛らしい返事をし、ふんすとメイスを振り下ろすや否や、ゴキュっとゴブリンの頭を叩き潰した。
この娘ってば凄く可愛らしいのに、やってることはもの凄く恐ろしいんだよな。
などと詮無い事を考えつつ、ヨルク達の方に目を向けた。
「えいやー」
それはヨルクが突き飛ばしたゴブリンにミリィが槍を突き立てた瞬間だった。
「ミリィ、敵はまだ居る。すぐに引け」
「はいよー」
ゴブリンに槍を突き立てたミリィは誇らし気に佇んでいるが、まだ生きたゴブリンが残っている状況だ。そんな場所でボケっとさせておくわけにはいかない。
「ミリィ、敵に背中を見せるな!」
俺の言葉を聞いたミリィがゴブリンに突き刺した槍を引き抜くと、ヨルクの後ろへ戻ろうとゴブリン達がやってきた方に背を向けた。
遅れてこちらに向かってくるゴブリンがまだ到着していない。いくら手負いとは言え何があるかわからない状況なのだ。迂闊に背を見せるのは良くない。
「ブリッツェン」
「姉ちゃん?」
「あれはあたしが倒す!」
エルフィが人前にも拘らず他所行きの言葉ではなく、俺に対するときにだけ使う言葉で話し掛けてきた。そしてそのエルフィの表情は、苦虫を噛み潰したような、という表現そのもの苦々しいものだった。
あのゴブリンを仕留め損ねた矢は、きっと姉ちゃんの放った矢なのだろうな。
姉ちゃんはそのことが我慢ならなかった。だから意地でもあのゴブリンは自分の手で仕留めたい、と言ったところかな? それこそ外面を取り繕うのも忘れて……。
「姉ちゃん、手負いのゴブリンは問題なく倒せる相手だ。熱くなって力んだりするなよ」
「わかっている!」
そう口にするエルフィだが、突くことを主とするレイピアを手にしながら、そのレイピアを振り被っている辺り冷静とは程遠い心持ちであろう。
姉ちゃんが敗れる……いや、手傷を負うことすらないだろう。それでも、万が一はある。いざという時は魔法を使ってでも手助けしよう。
そんな決意をした俺だが、全てが杞憂であり不要だった。
人数差を物ともせず、己の怪我など無いかのようにこちらへと向かってくるゴブリン。そのゴブリンへと瞬間移動と見紛う速さで近付いたエルフィは、振り上げていたはずのレイピアがいつの間にか地面と水平に。そして、右腕をくの字に折って力を溜め込んでいた。……かと思うや否や、目にも留まらぬ速さでレイピアは突き出された。
エルフィから突き出された細い剣先は、一切の抵抗を受けていないかのように、すぅっとゴブリンの胸へと吸い込まれていった。
「ふぅ」
ゴブリンにレイピアを突き立てた瞬間、鬼の形相を浮かべていたエルフィだったが、軽く息を吐きながらゴブリンに突き立てたレイピアを引き抜くと、いつもの美少女へと表情を戻していた。
「うおぉー! エルフィ様メッチャクチャ凄いっす!」
「凄いですぅ~! どのようにゴブリンに近付いたのですかぁ~」
「速すぎて見えなかったよー」
「凄い」
俺を除いたシュヴァーンの四人は、思い思いにエルフィを讃えていた。
「うふっ」
言葉では何も答えないエルフィは、笑顔を見せることで応えたようだ。
皆もエルフィの表情から何かを察したのかわからないが、誰もそれ以上の追求はしなかった。
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