第三話 冒険者学校
「どうだった?」
「姉ちゃん凄いな。今の魔法は自分で考えたんだろ?」
「そうよ」
ドヤ顔可愛い。
メルケル領に帰宅して一夜明けた今日は、いつもの森でエルフィの訓練の成果を見させてもらっている。
「あたしは風属性が得意でしょ? それに剣も得意なのだから、それを組み合わせたらこの技に行き着いたのよ」
「うん、発想が凄いと思う」
俺が剣と風属性を組み合わせるなら、剣から風の刃を飛ばすくらいしか思いつかないけど、風で自分を押し出して自身の動きを早くするとはね。
エルフィの考えた魔法はこうだ――
単純に前に移動するなら真後ろから風を背中に当てて前方に、右前なら左後方、左なら右といったように、動きたい方向の反対から風で自身の身体を押し出し、まさに弾けるように高速移動をするのだ。
「これはどうやって思い付いたの?」
「……シカに追われたの」
「…………」
「それで、前方に大きな岩があって、それを回避しよう思った瞬間、咄嗟に風の魔法を自分にぶつけて進路を変えたの。すごく痛かったけど、シカは岩にぶつかって勝手に倒れてくれたわ」
「なるほど」
でも、それを咄嗟に実行できたのは本当に凄いな。
「それで、後になってしっかり考えてみたのだけれど、身体から離れた場所から自分に砲撃を当てたから痛かったのよ。だから、砲撃を最初から身体に接した状態でやれば身体だけ弾き飛ばせるのではないかって」
「ほうほう」
「でも、最初は加減がわからなくて思ったように動けなかったし、結構魔力の消費も大きくてあまり回数が使えなかったの。今はまずまず思い通りの動きができるわ。ただ、消費はそれなりに抑えられてきたけれど、まだ大きいわね」
姉ちゃんの体重は軽いけれど、それでも人一人を飛ばすのだから、魔力消費が大きいのは仕方ないんだろうな。
「でも、シカなら一人で仕留められるようになったわよ。ほら」
「へー、結構な数を仕留めてるね」
エルフィも魔道具袋もどきを持っているので、その中のシカを見せてもらった。
「このシカは俺が冒険者になったら換金するってことでいいんだよね」
「そうね。このままではシカも浮かばれないのだから、早く冒険者学校を卒業しなさいね」
「最短の三ヶ月で卒業する予定さ」
「しっかり頼むわよ」
神官見習いのエルフィは言う。
この世界には一柱の神しかおらず、固有名詞も無くただ『神』と呼ばれる存在を崇めているが、殺生を禁じているわけではなく、狩猟は生きるために必要な行為として認められており、神官が狩りをするのも珍しくない。だが、食べるのではなくただ殺すだけの無用な殺生は推奨されない。なので、狩ったシカを魔道具袋もどきに入れたままでは、それは無用な殺生を行ったとみなされるので、誰かの食事となるように換金しなければならない。と。
だが、魔道具袋もどきの存在は俺とエルフィ、それとアンゲラだけしか知らないので、誰も冒険者資格を持っていない現状では換金ができないのだ。
「それはそうと、あんたは何か新しい魔法を作ったの?」
「王都では人の目が多くて、探索とか気配遮断とかの魔法の精度を上げることしかできなかったかな。でも、帰りの道中でその魔法を睡眠時に発動したままにはできるようになったよ」
簡単に言ってみたけど、結構苦労したんだよね。
「ああそうだ、王都は王国騎士団がいるから、その中の魔術師が魔術の訓練をしていたみたいで、魔力察知の魔法の鍛錬の役には立ったよ。それに、王都を巡回している衛兵が突然身体強化を使ったりもしていて、急に魔力反応があったりもしてたね。伏魔殿に入れない現状では魔力を感じる機会はなかなかないから嬉しい誤算だったよ」
「何それズルいわ」
「帰りはそれなりに練習はできたけど、王都にいる間の俺は姉ちゃんみたいに新しい魔法を作ったり練習したりできなかったんだよ」
こんな感じでお互いの魔法を披露し、それについて意見交換などを行った後は家に戻って汗を流した。
「姉ちゃん、……姉ちゃんは『聖なる癒やし』が使えるしシカも一人で仕留められるんだ。それに顔も整ってるし。大丈夫、強く生きなよ」
「何なのよ突然」
俺は目の前で身体を洗っているペッタン娘の姿を見ていると、何だか不憫に思えてきて、思わず慰めの言葉を口にしていた。
これが姉さんだったら俺の理性はすぐに崩壊してしまうけど、姉ちゃんだとなぜか心が安らぐんだよな。いや、むしろ居た堪れない。
でも、これはこれで需要があるとかどうとか。
そうだよ、そういう人からすれば、姉ちゃんは銀髪ストレートロングだし、切れ長な目で美人さんなんだ。それに『聖なる癒やし』が使えて武力もある。ペッタン娘でもすごく優良物件じゃん。
俺の好みが癒し系のアンゲラなだけであって、エルフィが悪いわけではない。むしろ、タイプの異なる二人の美しい姉を持つ俺は恵まれているのかもしれない、などと詮無い事を考えるのであった。
「冒険者学校を卒業したら、一度連絡に帰ってきなさいね」
「わかってるよ母さん」
「貴方なら大丈夫でしょうけれども、無理はしないでね」
「わかってるって。そろそろ行かないと乗合馬車が出ちゃうから行くね」
「気を付けてね」
「うん。いってきます」
「いってらっしゃい」
母との遣り取りが終わると、俺は冒険者学校に向かうべく、キーファシュタット行きの乗合馬車に乗り込んだ。
正直、ガタガタ揺られて尻が痛くなる馬車に乗るより、自分で走った方が速くて楽なんだけどな。それがバレたら面倒だから仕方ないか。
俺はそんなことを考えながら、気配察知の魔法を発動しつつ馬車に揺られていた。
「さて、先ずは戦闘ギルドで入校手続きをして、寄宿舎に入らないとだったよな」
戦闘ギルドとは、冒険者や猟師の他に、傭兵や衛兵などの戦闘職と呼ばれる戦いを生業にしている者達が属するギルドだ。
冒険者学校は、冒険者を目指す者は必ず入学し、そして卒業しなければならない。
それが、魔物ではない普通の獣を狩る猟師であってもだ。
他に、傭兵や衛兵と言った職業を目指す者は、戦闘訓練学校に入学して卒業する必要がある。
俺達が冒険者ギルドと呼んでいるのは戦闘ギルドの一部で、戦闘ギルドが様々な職業を包括している関係上、冒険者が依頼を受注したり換金する場所は戦闘ギルド内の冒険者ギルドとして半独立している。
今回は冒険者ギルドの業務である換金などの冒険者のための手続きではないので、大元の戦闘ギルドで入学手続きを行う。
ちなみに、冒険者はあくまで戦闘ギルドに属する者の職業の一つだ。しかし、半独立している冒険者ギルドを一つの独立したギルドと見做している人は多く、冒険者ギルドが戦闘ギルドの一部だと知らない人も多い。
「次の人」
「はい、冒険者学校に入りたいのですが」
「書類は記入してあるか?」
「これです」
この世界では接客業があってもサービス業がないように、役所の人も変に
「大変失礼いたしました。寄宿舎には今日から入れますが如何なさいますか?」
「気にしていません。寄宿舎の方は今日からお願いします」
申込書に書いてあった俺の名前を見たのであろう。俺が貴族であるとわかった途端、目の前のオッサンは敬語を使い始めた。
「支払いは如何なさいますか?」
「三ヶ月の一括払いをします」
冒険者には、必ず冒険者学校に入って卒業しないとなれない。しかし、それは冒険者に拘らず戦闘を行う職業であるため、簡単に資格を与えてしまうと無駄に命を落とす者がいる。なので、最低限の知識や技術を教えるという一種の温情からできた学校が冒険者学校なのだ。
しかし、お金をあまり持っていない農家の三男などが戦闘職に就くには冒険者学校に入学するお金も無い。それを補助すべく、冒険者学校でかかる学費は後払いが認められている。
冒険者学校は最短で三ヶ月、最長で十ヶ月まで在学できる。しかし、中には卒業が認められない者が存在する。そういった者が再入学することは可能なのだが、その際は前回の学費を完納していなければならない。
それは当然だろう。冒険者になれる実力が無い者が後払いを良いことにタダで食と住を安定供給してもらうのだ。それは補助資金を出している領主が認めるわけがない。そして、素質が無いのだから他の道を歩め、と言う優しさでもある。
ちなみに、冒険者になれず十ヶ月後に冒険者学校を出された者は、学費がそのまま借金になってしまうので、やれる仕事がないから取り敢えず冒険者になる、といった安易な理由で冒険者を目指すと痛いしっぺ返しを喰らってしまう。
シュタルクシルト王国では奴隷制度は無いのだが、借金の返済ができない者を鉱山送りにする罰がある。あくまで奴隷ではないが手足に枷を嵌められ、自身の借金を完済しなければ出れないその様は、まさに奴隷である。
そんな厳しい冒険者学校だが、実は利点もある。それは語学の勉強だ。
冒険者は依頼をボードから探し出したり、条件を確認したりするわけだから、文字が読めなければどんな依頼で報酬が幾ら、などがわからない。自分の命と生活がかかっているのに、条件もわからずに依頼を受けるのはありえない。
そのため、冒険者学校ではまずは簡単な読み書きから教わるので、冒険者になれなかった者でも読み書きができることで他の仕事に就ける可能性があるのだ。
それでも、語学の勉強目的で多額の借金を背負ってまでわざわざ冒険者学校に通う人はいない。それなら、神殿の無料勉強会に行った方がマシだからだ。
閑話休題。
「では、金貨三枚を頂戴いたします」
「はい、どうぞ」
金貨三枚、三万フェンは日本円にすると三十万円なので、一ヶ月十万円に相当する。これは寄宿舎の宿泊代と毎日二食の食費が含まれており、なかなか良心的な金額に思うが、一般人には決して安い金額ではないようだ。
それと、この世界は裕福な人は一日三食だが、朝食と夕食の一日二食が一般的である。
「寄宿舎の場所はご存知でしょうか?」
「はい、知ってます」
「では、寄宿舎でこちらを管理人にお渡し下さい」
俺はオッサンから渡された木簡を手に寄宿舎へ向かった。
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