第四話 冒険者パーティ

「こちらでお世話になることになりました、ブリッツェン・ツー・メルケルと申します」

「お預かり致します」


 横柄な態度を取らせてから謝罪の言葉を言わせるのも忍びないので、最初から俺が貴族であることを伝えておいた。


 身分制度は相変わらず面倒だな。


 中肉中背の管理人はクーノと名乗っていた。

 クーノは元冒険者で、戦闘ギルドの職員として寄宿舎の管理を任されており、冒険者学校の教官もしていると勝手に喋っていた。


「こちらのお部屋をお使い下さい」

「ありがとうございます」


 寄宿舎は四人部屋だと聞いていたが、ここは寝台が二つの二人部屋で誰も入っていなかった。俺が貴族なので気を遣われたようだ。

 せっかく気を遣ってくれたので、特に何も言わずに俺はクーノの好意を享受する。



 いよいよ始まった冒険者学校の授業だが、先ずは座学が行われる。といっても、識字率の低い世界なので、教官が大きな石板に絵を書いて口頭で説明する感じだ。

 実技は先ず基礎体力強化を重点的に行う。

 ちなみに、俺は読み書きができるので、読み書きの授業は免除されている。


 半月も過ぎると、身体強化の魔術について教えられる。実技の授業は得意な武器毎に別れ、それぞれの組で基本的な動きを教わるようになり、俺は槍の組に入った。


 魔術契約についてだが、魔術は一つ一つの術毎に契約をしなければならない。

 ここキーファシュタットでは魔術契約ができる施設が初等学校にしかないため、わざわざ初等学園に行って契約を行う。

 俺は魔術に縁がないので、初等学園在学中に魔術契約の施設に入ることはなかったが、施設が離れた場所にあったのは他学校の者が契約に訪れるからだったのだろう。


 冒険者学校で身に付けられる魔術は身体強化のみなので、魔術師になりたければ初等学園などに入らなければならない。魔術師は狭き門なのだ。

 そして、地元のメルケル領に冒険者学校が無いのは、魔術契約を行える施設が無いからだ。


 更に半月、俺が冒険者学校に入学して一ヶ月だが、なぜかエルフィがいた。


「司祭に許可を頂いて三ヶ月の休みをもらったわ」

「で、冒険者の資格を得ると」

「そうよ」

「父さんと母さんが良く許してくれたね」

「置き手紙を書いておいたわ」

「おい……」


 エルフィは両親の許可を得ず、勝手に冒険者学校に入学したようだ。学費は俺が渡しておいた金貨を使ったようで、俺は金貨を渡したことを酷く後悔した。


「まぁ、休みも貰って金貨も払っちゃったんだから、しっかり三ヶ月で卒業できるように頑張りなよ」

「当然、あたしは三ヶ月で卒業するわ」


 部屋もなぜか俺と一緒なので、これから二ヶ月はエルフィと過ごすことになった。



「明日から集団戦闘を基本的にやっていく。そのためにまずはパーティを組んでもらうぞ」


 今日の教官であるクーノがそういう。周囲には同期以外にも多くの人達がいるが、先輩達のパーティでまだメンバーが足りない場合は新人達を引き入れるようだ。


「ブリッツェン様、この者達はメルケルの出身者パーティなのですが、全員が十歳の未熟者であります。可能であれば彼らのパーティに加入していただけないでしょうか?」


 クーノに呼ばれた俺は、何かと思えば子守を頼まれたのだ。

 確かに、俺はパーティを組む宛が無かったので助かるが、子守は何だか面倒だった。


「教官、この人は?」

「お前らの出身地、メルケル男爵領のブリッツェン・ツー・メルケル様だ」

「あー、八歳の時に一人で盗賊を捕まえたって言うあのブリッツェン・ツー・メルケル様っすか?」

「そうだ」


 細身だが身長は高い少年がクーノに問い、クーノがそれに答えていた。


 それにしても、何で盗賊のことを知ってるんだ?


「貴方達は同郷の者達なのですか?」

「そーっす。フェルゼンハントの幼馴染四人組っす……です」

「皆さん同じ年なのですか?」

「全員、今年十歳っす……です」


 俺より一歳下の幼馴染四人組、そして俺より背の高い男に他の三人は少女。この男はリア充ってヤツか。許せん!


「あのぉ~、あたしはイルザと申しますぅ。メルケル様があたし達のパーティに入ってくれるのですかぁ? それなら嬉しいですぅ~」


 不意に、神官見習いの服を着たイルザと名乗る、おっとりした雰囲気で間延びした語尾で喋る少女がそんなことを言い出した。

 イルザに目を向けて瞬時に観察すると、いかにも癒し系といった柔らかな表情を象徴する目尻の下がった目には空色の瞳を持ち、淡い水色の髪を一つの三つ編みにして肩口から胸前に垂らしている。毛先を結んでいる濃いめの明るい青の小さなリボンが胸の膨らみの上で踊る、素朴ではあるが年下とは思えない慈母を感じさせる雰囲気を纏った少女であると認識した。


 あっ、俺の好みのタイプだ。


 この少女は、小柄でも同年代では身長以外の成長が早いようで、体のラインがわかりにくい神官服でもハッキリしっかり胸の膨らみを持っていることが見て取れた。


 ん? 俺は癒し系が好きなんじゃなくて、単におっぱいが好きなのか? 自分の好みが良くわからなくなってきたな。


 そんな事を考えていると、別の少女も話し掛けてきた。


「あーしはミリィ。あーしもブリッツェンさ……じゃなくて、メルケル様と一緒にパーティ組みたーい」


 如何にも元気っ子といった感じのミリィは、黄色味がかったオレンジの瞳が楽しそうに輝き、赤味がかったオレンジのショートヘアで、チェニックとショートパンツという出で立ちは如何にも活発そうな少女だ。


「マーヤはマーヤ。マーヤも一緒のパーティになれたら嬉しい」


 自分をマーヤと呼ぶ少女は、栗色の髪を後ろで二つ結びにし、ジト目のように眠そうな目の奥には焦げ茶色の瞳がやる気なさそうに鎮座している。

 半眼で小柄なところは何処となくエドワルダを彷彿させるが、エドワルダと違ってマーヤはペッタン娘だ。


「あー、自分はヨルクっす。自分達は全員メルケル様に憧れているっす。メルケル様が冒険者になると聞いていて、自分達も盗賊退治は別にしても、冒険者として有名になりたいと思って二月からこの学校に入ったんっすよ……です」


 ヨルクと名乗る長身の少年は、茶色の瞳から根拠のない自信が溢れており、赤茶色の長髪を首の後ろで一つに結っている。イケメンではないが、田舎の素朴な少年が少し背伸びしてカッコつけている……ような感じだ。


 そんな四人は、何と俺のファンのようだ。そうなれば話は別……と言うわけではなく、それはそれで何か複雑だ。

 彼らはきっと尾びれ背びれの付いた話を聞いて俺を凄い人だと勘違いしているだろう。そうなると、幻滅されないように気を遣わなくてはならない。


 ん? 勝手に幻想を抱いているとしたら、本当の俺を見せればいいだけか? 変に気張る必要もないのかもな。

 よし、どうせ授業のためだけのパーティだし、せっかくだから俺のファンと一緒にやろう。


 俺は、この話を受け入れることに決めた。


「私で良ければご一緒しますよ」

「「「「ありがとうございます」」」」


 こうして、授業用とは言え、初めて俺に冒険者パーティの仲間ができた。

 今日の授業は組分けだけで終り、残り時間は親睦を深める時間となっていた。


「改めて自己紹介を。自分はヨルクっす。貧乏農家の末っ子なんすけど、冒険者で成功して貴族になりたいっす。武器は片手剣とラウンドシールドを使ってるっす」


 貧乏農家の子と言うだけあって、確かに服装はそんな感じのヨルクだが、将来は貴族になりたいと言う。実際、伏魔殿を平定した冒険者がその地を与えられ貴族になることがあり、決して不可能ではない。しかし、それはかなり稀で滅多にないのだ。


 夢を持つのは悪くないし、無理をしない程度で頑張って欲しいね。


「あたしはイルザですぅ。あたしも農家の娘ですぅ。『聖なる癒やし』が使えるようになれば回復職になれるのですがぁ、まだ使えないのですぅ。今はメイスで戦ってますよぉ」


 イルザは農家の娘だが、ヨルクの実家とは違い小作人を束ねる豪農で、比較的裕福だそうだ。そのお陰で農業の手伝いをする必要がないので、神殿に通って読み書きを覚え、『メルケルの聖女』と呼ばれるアンゲラの話を聞いてアンゲラに憧れているのだとか。その際に、アンゲラ関係で俺の武勇伝を聞いて、俺にも憧れを抱いたのだと言う。


 その憧れが恋心に変わってしまっても別に構わんのだぞ。


「あーしはミリィだよー。あーしも農家の娘だよー。面白そうだから槍を使ってるよ―」


 元気少女のミリィも農家の娘で、身体を動かすのが好きで冒険者なら農業より楽しそうと思ったようだ。そして本人曰く、楽天的なので物事を深く考えるのは苦手なので、とにかく楽しくやりたい、とのことだ。


 この子は考えるより直感で動くタイプな子のようだな。ある意味で冒険者向きな気がする。


「マーヤはマーヤ。猟師の娘。弓とナイフ」


 全員農家の子かと思ったが、マーヤは猟師の娘だそうだ。厳密には猟師も冒険者なのだが、動物専門で狩りを行っているのだろう。それはそうと、言葉が少ない所もエドワルダに似ている。


 胸部装甲が立派なエドワルダとは雲泥の差だけど、あれはエドワルダの成長の方が普通じゃないんだろうな。

 そんな事より俺も自己紹介をしないと。


「私はブリッツェン・ツー・メルケルです。宜しくお願いします。えー、武器は剣も使えますが、今は槍の練習をしています。噂話が先行しているので、もしかすると過大評価されている気もしますが、あまり強くないので期待しないでくださいね」


 期待値を下げておかないとね。


「メルケル様ぁ、あたし達は皆平民ですぅ。そんなに丁寧な口調でなくても構いませんよぉ」

「それなら、口調を普段遣い物にするよ。それから、俺のことはメルケルではなくブリッツェンと呼んで欲しい。様も要らないよ」

「メルケ……ブリッツェン様は貴族っす。呼び捨てはできないっす。あっ、当然自分達の事は呼び捨てでいいっす」


 そうなんだよね。いくら俺が呼び捨てでいいと言っても、平民が貴族を呼び捨てにするのがいけないのは子供でも知ってるし仕方ないのかな。そう考えると、俺をブリっちと呼ぶエドワルダは凄いな。


「呼び方はひとまず置いといて、皆はもう実習訓練はしてるんだよね?」


 冒険者学校の二ヶ月目からはパーティを組んで、半月程は教官から動き方の指導を受け、その後は森に入っての実習訓練がメインになると聞いている。


「自分達は二月から冒険者学校に通ってたんですけど、イルザを除いて読み書きができなかったので、そこで二ヶ月かかってしまったんす。」

「そうなんだ」


 俺は読み書きができたので最初から冒険者の授業を受けていたが、二ヶ月先輩である彼らは、俺が入学した四月から冒険者の授業を受けていたようで、授業の進行で言えば同期になる。

 そういわれると、皆を授業で見かけたことがあった気がした。

 あまり他人を気にしない俺は、同じ授業をどんな人が受けているのか、などに興味がなく、淡々と知識だけを身に付けていたので、彼らのことも見たことがあるかもしれない程度の認識だ。


「ところで、森に入るのは初めて?」

「地元では練習がてらに入ったことがあったっす。でも、実習訓練で入ったことはまだないっすね」


 なるほどね。まぁ、彼らの動きが如何程なのかわからんけど、取り敢えず明日の授業で見せてもらおう。


 幼馴染の四人だからこその連携もあるだろうから、まずはそれを見極めたいと思うのであった。

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