第三章 冒険者修行編
第一話 はじめてのひとりたび
「それにしても、このミッドズューデンとか言う町は王領地だって話だけど、王都から近い割にパッとしないな。まぁ、王都に二番目に近い町だけあって活気とかはあるけど、その分だけ歴史もあって街の造りは古臭いな。これならメルケルムルデの方が小さいしショボいけど利便性は上だな。とはいえ、売ってる物とかは断然ここの方が良い物だけど」
王都を発った俺は、王都から一番近い町を飛ばし、馬車で一日の距離にあるミッドズューデンなる町で一泊し、せっかく寄った町なので軽く観光などしている。あまり心躍るようなこともなく、つい愚痴っぽいことを呟いてしまっいるが。
ちなみに、王都シュタルクブルクは、城壁の増築を行った際に新区画は計画的に作られ、その後は旧区画も区画整理を行ったのでスッキリした造りになっており、古い家屋と新しい家屋が入り混じっている。
「でもあれか、これは昔ながらの情緒だと思えば味があるように見えるし、歴史も感じられて良い町なのかもしれないな」
街の中央にある広場では、日本の縁日の如く屋台が並んでいたので、俺はウサギ肉の串焼きを買ってそれを頬張りながら一人でブラブラ歩いていた。
しかし、これから一人旅をしなければならないのでただブラブラするのではなく、しっかり情報を集めなければいけない。情報収集はとても大事だ。
王都を出る前に王都近郊の盗賊情報などは集めて、この辺りは現状安全だとの情報は得ている。それでも最新の情報が欲しいので、冒険者ギルドで軽く情報を集める。
冒険者ギルドには依頼が張り出されているボードの他に、近郊の情報や注意事項などが貼られるお知らせボードがある。これは冒険者でなくとも見れる街のお知らせボードより詳しい情報が載っている。
俺はそこで盗賊などの注意事項が無いか確認する。
「何だお坊ちゃん。お使いか?」
「いえ、乗合馬車で南に向かうのですが、盗賊とか出たら怖いので一応確認しておこうと思いまして」
「心配なら専属の護衛を雇っている乗合馬車を選べば安全だぞ」
「そうなのですが、僕は小心者でそれでもちょっと心配なので、盗賊の恐れが無いか事前に知っておけば心にゆとりが持てるかなと……」
「まぁ、用心に越したこたぁーねーな」
「はい、そうですね」
お知らせボードを見ていると、熊みたいなオッサンに声をかけられた。
俺はどこぞのお貴族様の御曹司、といった服装ではないが、ちょっと裕福な家庭の子が着るような服を着ているので、心配して声をかけてくれたのだろう。
冒険者というと荒くれ者ばかりのイメージがあるけれど、そんなことも無く普通にいい人だった。
服装についてだが、俺はあまりというか全然頓着しない。しかし、あまり見窄らしい服を着ていると平民が俺を貴族とわからずに不敬な態度で接してくる可能性がある。そうなると、例え平民が不敬な言動を取っても、悪いのは平民では無く、貴族なのに貴族らしい格好をしていない俺の方になる。
なので、もし何かあった場合に俺の方が悪くならないように、外出時はそれなりに良い服を着るように家族に言われているのだ。
今の状況も、もし俺が見窄らしい格好をしていたら、『ここはてめーみてーなガキの来る所じゃねー』などと熊みたいなオッサンに言われていたかもしれない。だからといって、俺の方から『不敬だ』などと騒ぎ立てるなどしないだろうが、そんな状況を作らないようにするのも貴族の努めなのかもしれない。
閑話休題。
「さて、あまりのんびりしてると遅くなっちゃうからな。そろそろ出発しよう」
特に急ぐ必要もない旅なのだが、それでも早く仮冒険者になれば自分で換金もできる。ならば、只の観光で街を見るより、冒険者として様々な街に足を運んで依頼を受けたりした方が街の見方も変わる気がする。それなら、今は呑気に観光している場合ではないだろう。
暫くはてくてく歩いていたが、ミッドズューデンの町が見えなくなり、周囲に人の気配が無いと確認すると、自己強化魔法を自身に施し本格的な修行の旅を開始する。
「よっしゃー! 少し気合を入れて走るぞー!」
やる気になった俺は意気揚々と走り出した。
王都でも身体は動かしていたが、これから初めての一人旅をするとなると気合を入れずにはいられなかったのだ。
「う~ん、ちょっと魔力の残量が少ない気がするな。久しぶりに長時間魔法を使ってるからかな? 夜を考えるとこれ以上の魔力消費は拙いな」
肉体と身体の能力を上げる自己強化魔法を使い、馬車より断然速い速度で街道沿いの森を疾走していた俺は、そろそろ体力が厳しくなってきたので休憩をしたのだが、魔力の残量が少ない事実に気付いた。
極力野営をしないように移動をしたいのだが、初っ端から町と町の距離が長く、今夜は野営をしなければならない。
とはいえ、この街道沿いは比較的安全なので、師匠から貰った木簡にあった『夜襲察知の魔法』と言う非常に便利な魔法で何とかなる。
この『夜襲察知の魔法』は、就寝前に発動させると約八時間程機能し、特定の大きさ以上の存在が半径五メートル圏内に侵入すると、脳内に危険を知らせてくれるのだ。ただ、半径五メートルでは急襲には対応はできないだろう。
それでも、定期的に獣の駆除が行われている街道沿いの浅い森であれば大型の獣は殆ど現れることはない。むしろ、盗賊の方が危険であるが、盗賊ならば慎重に襲ってくるであろうから、なんとか対処できると思う。
「この辺りは盗賊の心配もなさそうだし、オオカミとかの心配もなさそうだ。ちょっと早いけど、ここで野営をしておこう」
俺の用意したテントは、骨組みなどのない皮と布を貼り合わせた物だ。
四角形のテント生地は、上部になる部分の二点からロープが伸びており、それを近くの木の枝に結び、生地の四隅を地面に固定するだけの簡単な作りである。木のない平原で使えないが、そんな場所で寝るつもりもないので俺にはこれで十分だ。
「うん、これで寝れるな」
比較的暖かい気候の地ではあるが、それでも日中は少し肌寒く、屋外の夜はそれなりに冷え込む。しかし、小じんまりしたテントで毛皮に包まれば、十分に暖まれるのだ。
「さて、洗浄魔法で身体は綺麗になったし、ちゃちゃっと食事を済ませるか」
食事といっても、ここで調理をするつもりはない。そもそも料理が得意ではないのだ。ではどうするのかといえば、魔道具袋もどきに収納されている買い置きを食べる。
「これでいつでも何処でも暖かい食事を口にできるのだから、魔道具袋って凄いよな」
俺はシカの肉に齧り付きながらニコニコご満悦だ。
「とはいえ、何かしらの肉を焼いた物ばかりなんだよな。こればかりだと飽きちゃうし、栄養バランスが偏るから道中の町でちゃんとした食事もしないといけないな」
俺は育ち盛りなので肉ばかりでは駄目だと思っている。しかし、気付いたら肉料理ばかりをストックしていたのだ。
「よし、歯も磨いたし寝るか。――あぁ~、このウサギの毛皮は暖かいな。流石クラーマーさんだよ、やっぱ良い職人さんを知ってるね」
エドワルダとアンゲラが弓矢で仕留めたウサギから剥いだ毛皮を、クラーマーが懇意にしている職人に加工してもらった毛皮は、大満足の出来上がりだった。
そんな暖かい毛皮に包まれながら、俺は一人で初めて野営地での夜を過ごした。
「う~、さぶ……」
森の朝は寒い。
「ちょっと野営を舐めてたな。テントの四隅を止めるだけじゃなくて、一辺一辺に重石を乗せないと駄目だ。どうせ俺一人だから何でもいいやって考えがそもそもの失敗だったな……」
テントの隙間から少々風が入ってきていたのだが、その少々が馬鹿にできない。俺は毛皮の中で丸まり堪えてみたものの、明け方の寒さには耐えきれずすっかり目が覚めてしまった。
「しかし駄目だな。気配察知と気配遮断の魔法を寝ながら維持するのは今回も無理だったな。屋内では緊張感が無かったから駄目だったと思ってたけど、自然の中の緊張感があっても駄目だったとなれば、こりゃ、習得するのはかなり時間がかかりそうだな。……いや、既存の魔法に頼って気が抜けてた可能性もある! 次は自分の魔法だけ挑戦……って、それも怖いなぁ」
師匠から、自分の身を守りながら睡眠できるようになれ、と言われて練習していたのだが、未だに起きたら魔法が発動されていないのだ。それは緊張感や覚悟の問題だと思ったので自分を追い込むことも考えたが、少々尻込みしてしまう。
「師匠は一人で旅をしているんだから、こういった魔法は当然使ってるんだよね。実際に自分で必要とする状況になって、改めて重要性がわかった。もしかすると良く眠れなかったのは、いろいろな不安が変に神経を刺激してたのもあるかもな。この旅では可能な限り野営を控える予定だったけど、それでも野営は必要だし、この分だと身体が……いや、精神的にキツいぞ」
完全に自分の魔法を過信していた俺は、実際に野営をしてみて様々な問題があると感じた。
取り敢えず、魔法は焦らずじっくり習得することにし、朝食の肉を食べてテントを片付けて出発した。
「あー、やっぱ眠りが浅かった所為だな、魔力素の回復が完全じゃない。これは予定より多く町に寄って宿泊する日数を増やすのは確定だな」
いざ走り始めてみると、魔力素の回復が完全でなかったために、疲労が抜けきっていないのを実感した。
魔力素と疲労は密接な関係にあり、体内の魔力素の減少は疲労として身体に蓄積される。それは、実際に身体を動かすことによる肉体的疲労に加算されるのだ。
これは、魔力素が完全に回復すれば運動による疲労も無くなるのではなく、魔力素による疲労が無くなるので、残る疲労は肉体的な疲労だけになる。
そして現状、一日中走って肉体的な疲労がある身体に、魔力素が完全に回復しなかったことによる疲労も加算され、疲労感が倦怠感として伸し掛かってきているのだ。
「いきなりこれだと、メルケルムルデに着く頃にはオレの身体はきっとボロボロだろうな。日程には余裕を持たせておいたけど、フェリクス商会での滞在を一週間伸ばしたのは、結果的に失敗だったかもしれない」
身体に疲労が蓄積していると、どうにも思考も沈んでしまい、その気が無くても良くない方へ思考が向かってしまっていた。
「あ~、今日は通過する予定だった町で一泊して、先ずは身体を休めよう。うん、無理して悪循環に陥るより、早め早めのケアが大事だ。よし、そうしよう」
現実逃避気味に選択した行動だったのだが、結果としてこれは大正解だった。
「ふぁ~、よく寝た。――うん、早めに寝れたし、心も身体も軽くなった気がする。これなら今日は思う存分走れるな。……、それだとダメだ。野営の予定を考えて、バランス良く体力も魔力素も使わないといけないな。何事も計画は大事だ!」
身も心もスッキリした俺は、身体だけではなく頭も使いながら行動することを心掛けた。
これにより、メルケル領への帰路は順調に進んだ。
この旅での目標の一つであり、且つ最重要事項であった睡眠中の気配察知と気配遮断の魔法は、どうにか身に付けることができた。
当初は野営時にのみ試行しており、町の宿に宿泊する場合は魔力素を使い切って寝ていたのを『できたら儲けもの』くらいの軽い感じで試したところ、起きても魔法を発動した状態が維持されていたのだ。
今まで実家などでも試してもできなかったことが、一人での野営を経験し、その上で気軽に試したのが良かったのだろうと推測する。
一度できてしまえばその感覚を元に最適化するだけなので、実際に野営でも発動できた。その結果、町に泊まる回数を減らして野営の回数を増やし、移動速度向上に繋がった。
他にも、体力や魔力素の消費を抑えることを念頭に行動した結果、基本的な強化もなかなかできている。
道中で余裕があれば苦手な放出系の魔法の練習もしたが、こちらは……それなりだ。
そんなこんなで、当初は予定の日数での到着が危ぶまれたが、どうにかメルケルムルデの我が家に帰ってくることができた。
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