第十二話 ありがとう王都

 今日は俺の送別会をフェリクス商会としてやってくれるらしく、アンゲラもフェリクス商会に来ていた。

 今回は裏庭を使った大人数でのパーティーとなっていて、フェリクス商会の従業員も一緒に飲み食いしている。ちょっとしたお祭りのようだ。



 王都最後の夜を大いに楽しんだ送別会が終わると、今夜はアンゲラもお泊りだ。


 この柔らかな二つの大きなマシュマロともお別れかぁ~。


 アンゲラに「最後にブリッツェンを洗ってあげるわね」と言われ、俺は五感を研ぎ澄まし、精一杯アンゲラに洗われた。


「こうしてブリッツェンの胸板の成長を確かめられるのは、きっと今日が最後なのでしょうね」

「――そ、そんなことないよ」


 背中にむにゅ~っとマシュマロを押し付けられた感触を堪能しつつ、魔法を行使するとき以上の集中力を発揮して身体にその感触を覚え込ませていた俺は、アンゲラの言葉に反応するのが一瞬遅れてしまった。


「でも……」


 一言だけ発せられたアンゲラの声は、悲しみに包まれた寂しい音色であった。


「姉さん、俺は旅をするために冒険者になるんだよ。いつとは言えないけど、必ずまた王都に来る。だから、また会えるよ」


 アンゲラの声が微かに震えているのを感じた俺は、気持ちを切り替え、真剣に言葉を発した。


「だから、最後なんて悲しいことは言わないで」


 俺を抱き締めていたアンゲラの腕に一層の力が込められ、「そうね、また会えるわよね」と鼻を啜りながら言うアンゲラの声からは、既に悲しみの色は感じられなかった。


 その後はいつもどおり全裸で寝台で横になり、俺はアンゲラの抱きまくらと化した。

 小さいながらも元気なアイツがいるので若干腰が引けているが、それはご愛嬌だ。

 そんな俺を他所に、アンゲラはすっかり夢の国の住人となっている。

 俺は楽しかった王都での日々を思い出しつつ、最後に今まで自分から触れたことの無い大きなマシュマロに触れ……ようとしたが、やはり一歩が踏み出せず、『触れたい、揉みたい』と思うも根性無しスキルが発動し、『でも……』と尻込みしてしまう。そんな葛藤を繰り返していると、俺はいつしか眠りに就いていた。



「ブリッツェン、起きなさい」

「――んぁ~、おはよう、姉さん……」

「ほら、しゃんとしなさい。それとも、ブリッツェンは姉さんのお胸が恋しいのかしら」

「――――!」

「ブリッツェンたら、大分しっかりしてきたと思ったのに、やっぱりまだ子どもなのね。次に王都にきたら、今度は姉さんの部屋に泊まりなさいね。また一緒に寝てあげるわよ」


 なんということだ。昨夜の俺の葛藤がバレている……だと! ぐぬぬ……。

 

 昨夜の一歩踏み出せなかった出来事は、今となっては後悔でしかない。

 次にアンゲラに会ったとき、俺の身体は成長しているだろう。そうなってしまえば、一緒に身体を洗ったりできなくなってしまう可能性は大きい。その危機感が根性無しの俺の背中を押し、『眠る姉の乳を揉む』という強行に出ていれば良かったのだが、逆に『根性無しスキルが発動してしまったのだから仕方ない』と俺は諦めてしまった。これを後悔せずして何を後悔すると言うのだ。


「あ~、姉さんに会えなくなると思ったら寂しくなっちゃって……」

「でも、ブリッツェンは冒険者になるのだから王都にまた来るのでしょ? それに『また会える』と言ったのはブリッツェンよ。暫く会えなくてもまたいつか会えるのだから、そんなに寂しがらなくても大丈夫よ」


 アンゲラはそう言いながら、俺を優しく抱き締めてくれた。


 この柔らかな感触とも暫くさよならか……。


 次に会えるのはいつになるかわからないと言うのに、俺は綺麗な思い出になるはずのこの場面を、相変わらずな下衆な感情で台無しにしていた。

 しかし、これは仕方のないことなのだ。姉弟だからということで、邪な感情を抱かないようにしていたが、女性に免疫の無い俺が素敵な女性に可愛がられてしまっては、どうやっても抗えきれないのだ。正直、もう二、三年後だったら姉弟の一線を超える拙いことをやってしまっていたかもしれない。……いや、根性無しの俺ではそれは無いだろう。


 それにしても、この感触を自分から掴み取りに行けなかった自分の不甲斐なさが残念でならないよ。

 あっ、ちょっと苦しくなってきたけど、この幸せのためなら……我慢できる!


「黙ってしまってどうしたの? ブリッツェンは男の子なのだから、寂しくても我慢しなければ駄目よ。……姉さんも、寂しくても、……我慢、してる、のよ」

「……ごめんなさい姉さん」


 変なことばかり考えてて……。


 こうして、涙ながらのアンゲラとのお別れも、他人に俺が何を考えていたかを教えられない最悪な別れとなった。


 いや、客観的に見たら、微笑ましい絵面に見えていたと思うよ。多分。


 アンゲラと二人っきりでの別れを済ますと、いよいよ皆との別れだ。



「また来て下さい」「今までありがとうございました」


 フェリクス商会の従業員達から沢山の言葉を貰い、俺も皆に別れの挨拶をした。


「ブリッツェン様に教わった『九九』のお陰で、皆の計算能力が飛躍的に向上いたしました。私はこの年ですので暗記はなかなか思うようにいきませんでしたが、何とかブリッツェン様が旅立つ前に覚えられたのでひと安心でございます」

「ヘニングさん、九九は一度覚えてしまえば、計算が仕事の商人なら忘れることは無いと思いますので、これからも役立てて下さい」


 番頭のヘニングは、老齢なので覚えが悪いと言っていたが、勉強する時間が少ないにも拘らずしっかり暗記したのだから凄いと思う。


「ブリッツェン様、昨夜は楽しんで頂けましたか?」

「フェリシアさんの作るイノシシの煮込みは最高でした。あれが食べられなくなるのは寂しいですね。ですが、最後にまた口にできて良かったです」

「そう言って頂けると、私も作った甲斐があります」


 フェリシアが手ずから煮込んでくれたイノシシの煮込みはまさに絶品だ。俺がこの料理を気に入っていると知ったフェリシアが、わざわざ自分で作ってくれたことに、旨い味も然ることながら、その気持ちに感謝しきりだ。


「ブリッツェン様、是非またお越し下さい」

「腕を磨いて美味しい料理でブリッツェン様をおもてなしできるようにしておきますわ」


 フェリクス商会番頭のヘニングとクラーマーの妻フェリシアが、別れの涙ではなく商人らしい笑顔で送り出してくれる。


 この世界に握手の習慣は無いが、俺は右手をそっと差し出した。


「古い書物を読んで知ったのですが、親しい者が再会を喜んだり、別れの際に『また会おう』と言う意味で手を握り合っていたようです。これを『握手』と呼びます。ですので、私と握手をしてください」


 ヘニングは「ありがたき幸せ」などと大げさな物言いで握手をし、フェリシアも「感激です」などと言っていた。


「ぼくも毎日訓練を頑張ります。絶対また来てくださいね」

「ボクも冒険者になる。待ってて」

「ブリッツェン様、次に会えるときはどんな僕になっているかわかりませんが、胸を張ってお会いできるよう精進します」


 三人とも、それぞれ握手をしたのだが、エドワルダだけは握手の後に抱き付いてきた。

 この世界では挨拶がてらのキスは無いが、家族などではハグ的な抱擁をすることはある。が、身内以外の異性に対して行うのは、余程の信頼関係か恋愛関係がある場合のみだ。

 この行為は、俺もエドワルダも小柄なのもあってか、仲の良い友達との別れを寂しがって抱き付いたと思われたようで、俺の視界に映る人達の表情は、小さな子どもを暖かく見守るそれであった。


「ブリっち、ボク絶対強くなる」


 表情こそいつもと変わらないが、エドワルダの瞳は軽く潤んでいた。

 普段から子どもらしからぬ立派な胸部装甲で、あざといとかではなく普通に腕を組んできてその柔らかな実を押し付けてくれたエドワルダ。


 今回初めて正面から抱き付かれたけど、これの果実を堪能できるのもこれで最後か。本当に、ほんとぉ~に残念だ……。


 残念なのはお花畑な俺の頭だった。


「そうだな。いつかまた一緒に狩りに行けるといいな」

「約束」

「行けたらな」


 安易な約束はできないので、当たり障りのない言葉で誤魔化しつつ、俺もエドワルダを抱きしめた。


「ブリッツェン様、この子がこのままお転婆のままでしたら、その時は一緒に連れて行ってください。なんなら一生」

「エドワルダも、もう少しすれば立派な淑女になりますよ」


 娘の様子を見て、エドワルダを俺に差し出すのも悪くないとでも考えたのだろうか、最上の笑顔でクラーマー夫妻が恐ろしいことを言い出した。


 確かに、エドワルダの小さな体躯に見合わぬ胸部装甲は魅力的だ。それに、表情は乏しくても顔はとても可愛らしいし、冒険者になれる素質もある。あれ、エドワルダってもしかして優良物件?


 実は、薄々気付いていたのが、俺はロリコンなのかもしれない。

 成人したとは言え、アンゲラは十五歳の少女で、それこそもっと若い頃から可愛いと思っていた。

 もう一人の姉のエルフィも、ペッタン娘でアホでポンコツだが普通に可愛いというか美人さんだと思っている。

 公爵令嬢のシェーンハイトも、公爵夫人アーデルハイトの様になりそうだからというのを除いても、普通以上に美少女だと思ったし好ましく思う。なんと言っても俺のアイドルなのだから。……その美少女は当時六歳で、その姿しか記憶にないのが問題だ。

 そして、理想の女性はもう一人のアイドルであり、神が創り上げた究極の美であるアーデルハイトだ。しかし、そのアーデルハイトも見た目はまだ十代後半のようであった。そして俺は日本人として三十五歳だった。

 大目に見てもギリギリセーフなのはアーデルハイトだけであろう。


 うん。言い逃れができないな。俺はロリコンだ。


「どうかなされましたか、ブリッツェン様?」

「い、いや、何でもないです」


 いや違う。俺はロリコンなのでは無く、身体の年齢に精神が引っ張られているだけだ。そう、俺はロリコンじゃない! 年相応なのだから! そうだよ、小学生が小学生を可愛いと思っても普通だし、綺麗なお姉さんに憧れるとかむしろ微笑ましいし! おっぱいが好きなのは俺が男だからだ! そう、男は皆おっぱいが好きなのだ!!

 よし、俺は正常だ。


 別れの場に相応しくないことばかり考えている俺は、強引に意味不明な理論で気持ちを落ち着けることに成功した。


「ブリッツェン様」

「なんだアルフレード?」

「この際ですので言わせていただきます。……もう少し感情を隠される努力をしてください。些か目に余る表情がございましたので、流石に放っておけませんでした」

「……」


 なんということだ。上手く誤魔化せていると思っていたのに、感情が表情に出ていたなんて。

 俺、別れの場に相応しくないことばかり考えてたよ。それが表情に出てたの?


 オーマーガーだよ! どうすんだよ?! めっちゃ気不味いですやん!


「ブリッツェン様、最後ですので笑顔……笑顔でお、お願いします」

「すまんアルフレード。俺が不甲斐ないばかりに……」

「大丈夫でございます。ブリッツェン様はまだお子様ですので誤魔化せます」


 誤魔化すとかの話になってる時点でアウトなんですけどね……。


「ブリッツェン様、またいつか王都で会える日を心待ちにしておりますが、私がキーファー領やメルケル領に行くこともあるかもしれません。その際は、またよろしくお願いいたします」

「そうですね。ここ以外でも会えるかも知れませんからね。そのときを楽しみしています」


 空気を読んだクラーマーが、なんとかいい雰囲気にしてくれた。


 最後まで迷惑をかけてしまってすみませんでした。次に会うまでに、感情が表情に出ないように鍛えてきます。


 こうして、強い決意を胸に、クラーマーともガッチリ固い握手を交わした。


 クラーマーには本当に感謝しきれないくらい感謝している。

 この世界の商売人はサービス精神が無いので、クラーマーのように腰の低い商人は殆どいない。だが、客を『お客様』として扱うクラーマーとその従業員。サービス業を先どったフェリクス商会はきっとこれから益々大きくなるだろう。そして、そんなクラーマーと良い関係を築けたのだ、これからもずっと大事にしていこう。そして、この気持を忘れないようにしよう。俺はそう心に誓った。


「ブリッツェン、気を付けて帰るのですよ。そして、立派な冒険者になってくださいね。でも、無理は駄目ですよ。ブリッツェンはすぐに――」

「姉さん、俺は子どもじゃないんだからわかっているよ」

「そんなことは無いわ。ブリッツェンはまだ子どもで姉さんのお――」

「ごめん姉さん。俺ってば子どもなのにちょっと背伸びして大人ぶってみたかっただけだから」


 こんな大勢の前で変なことを言われたら堪ったもんじゃない。多分、俺の株は既に大暴落してるけど、これ以上下げるわけにはいかないんだ。


「そう、貴方はまだ子どもなの。だから、自由にのびのびと過ごしなさい。そして、立派になってお父様とお母様を喜ばせてあげてくださいね」

「わかったよ姉さん。姉さんも頑張……る必要はないね。いつもどおりの姉さんで、変わらぬ優しい姉さんでいてね」

「私は何処に居ても私よ」


 そして、俺は最後に姉に抱き締められ、俺も姉を抱きしめた。

 流石に『柔らかい』などとは少ししか思わず、別れの寂しさを感じ、ちょっぴりセンチになった。


「では、大変お世話になりました。皆さんお元気で。そして、いつかまた会いましょう」


 俺は皆に別れのの言葉をかけ、フェリクス商会の馬車に乗って皆に見送られながら出発した。



 王都か。俺には縁のない場所だと思ってたけど、数年単位になるだろうけど何度も来ることになるんだろうな。


 ありがとう王都! ありがとうフェリクス商会の皆さん! ありがとうおっぱ……姉さん! 俺は必ず王都に戻ってくるぜ!!

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