第二章 王都金策編

第一話 初等学園卒業

 師匠との別れの後、俺はキーファシュタットに、戻り初等学園一年の後期授業を受けた。


 ビョルンは元王国騎士である父ネルソンからの指導を受けて強気になり、やたらと俺に絡んでくるようになった。それを返り討ちにする機会が増えたので、ビョルンの面倒臭さは以前より増していた。

 週一の休日には森に入り、寮内では練習できない魔法の練習を行う、そんな日々を送っている間に、初等学園一年生の後期は終わっていた。


 その後も二年生、三年生と進級し、代わり映えのない日々はあれよあれよという間に過ぎ去っていた。


 ◇ ◇ ◇


 代わり映えのなかった学園生活で一つだけ大きな変化があった。それは、俺が初等学園で最後の一年を向かえる三年生になったとき、とある一人の少年がキーファー初等学園に入学してきたことで起こった変化だ。

 その少年は、ヴァイスシルト公爵の孫であり、ヴァイスシルト公爵の嫡男の三男である、ヘルマン・フォン・ヴァイスシルトと言う。

 この家格の子であれば、通常は王都の学園に通うのだが、従兄妹であるライツェントシルト公爵令嬢のシェーンハイトから素晴らしく脚色された俺の話を聞いたヘルマンが、それを鵜呑みにして俺を尊敬してしまい、俺と同じ学園に通いたいと言い出したようだ。

 とは言え、俺は三年生でヘルマンは一年生である。当然ながら、一緒に授業を受ける機会はなく、俺達が同時期に学園に通えるのは一年間だけだ。しかし、それでもヘルマンは『憧れの先輩』である俺とたった一年だけ接するために、わざわざキーファシュタットで寮生活を送ることを選んだと言う。


 ちなみに、ヘルマンの父は次期ヴァイスシルト公爵となるアイロス・フォン・ヴァイスシルトで、この人物がシェーンハイトの母であるライツェントシルト公爵夫人アーデルハイトの兄であるため、ヘルマンとシェーンハイトは従兄妹関係なのだ。


 ヘルマンが初等学園に入学してきた当初、休日になるとヘルマンがお茶会を開いては俺を招いていた。

 貴族の格としては上であるビョルンに対しても、”学園では皆同等”の教えに則りへりくだらなかった俺だが、王家の血を引く公爵家は流石に別格だろうと思い、誘いは断らず毎回承諾していた。だが、週に一度しかない一人で森に入れる大事な休日を毎回潰され、俺は徐々に鬱憤が溜まっていった。

 そしてある日――


「ヘルマン様――」

「ブリッツェン先輩、ぼくに様を付けて呼ぶのは止めていただきたいと何度もお願いしているではないですか。学園内では家格は関係なく皆平等ですよ」


 この遣り取りは毎度のことであったが、俺はそれを聞き入れずにヘルマンと接していた。……のだが、森に入れないことで師匠から『実践経験は積むように』と言われていた課題がこなせず、溜まっていた鬱憤が遂に爆発してしまった。


「それならヘルマン。俺は君と対等に接するよ」

「やっとご理解いただけたのですね。ありがとうございますブリッツェン先輩」

「早速だけどヘルマン、一言物申していいかな?」

「何なりと」

「休みの度に俺を誘うのは止めてくれないか?」

「――――!?」


 驚きの表情を見せるヘルマンは、「何故そのようなことを仰るのですか!?」などと言い出すが、俺は構わず意見をヘルマンにぶつけた。

 公爵家の人間であるヘルマンは、このように他人から拒絶された経験がないのだろう。


「俺はハイナーの護衛としてこの学園に通っている。そして休日は週に一度だ。その休みを毎回ヘルマンに呼ばれていては、俺は自由に修行ができないんだ」

「それは……ご迷惑をおかけいたしました」

「今だから言うが、俺は公爵家のヘルマンに失礼のないようにと、一度も誘いを断らなかった。……が、これからは誘わないで欲しい」


 学年は違うし一年しか時間がないのだから、ヘルマンは少しでも俺と話せる時間が欲しいのだろう。その気持ちはわからなくもない。


 何か物申した気なヘルマンは、唇を噛み締めグッと我慢をしている。すると、ヘルマンのお付きの人である若い執事が口を挟んできた。


「ブリッツェン様、そのように坊っちゃんを拒絶しなくとも――」

「よせ、我儘を言ってるのはぼくだ。ブリッツェン先輩に迷惑をかけることはできない。それに、ぼくは強いブリッツェン先輩に憧れてここへ来たのに、そのぼくがブリッツェン先輩の修行時間を奪うわけにはいかない」


 執事に言いながら、自分にも言い聞かせているのだろう。険しい表情で語り始めたヘルマンだったが、段々と表情が崩れ、最後には泣きそうな顔になっていた。しかし、何か思い付いたようで、『閃いた!』と言わんばかりの顔をする。


「ブリッツェン先輩」

「な、何だ?」


 テーブル越しに腰掛けていたヘルマンがそのテーブルに両手を付き、グイッと対面の俺に向かって身を乗り出して来た。


「その修業、ぼくもご一緒させていただけませんか?」


 先程の泣きそうな顔とは打って変わって、目を希望の光でキラキラ輝かせたヘルマンが俺を見つめてくる。


 それだと、結局は魔法の練習ができないから意味ないんだよな。あ~、何て断ろうかな。


 ボッチ体質の俺は、こういった対人関係でのアドリブに弱く、咄嗟に上手く躱す言葉が思い浮かばない。


「俺の修行は森の中で行うから、ヘルマンになにかあったら責任が取れないから……」


 歯切れの悪い言葉だが、何とか思い付いた言い訳でお断りさせてもらう。が――


「それであれば坊っちゃんの安全の為に、警護の兵を増やさなければなりませんね」

「そうだな。ブリッツェン先輩に迷惑をかける訳にはいかないし、ぼくのことはこちらで何とかしないとだな」


 俺の気も知らず、ヘルマンと執事は勝手に今後の話を進めている。


「週に一度のことでそこまでするのはどうかと思うぞ」

「いやいや、ブリッツェン先輩の修行に同行させて頂くのです。それくらいはこちらで何とかしますよ」


 どうにかご遠慮頂きたい俺に対し、既に同行する気満々のヘルマンは、事も無げにサラリと言ってくる。


「俺に迷惑をかけまいとする、そのヘルマンの心掛けは大したもんだ」


 俺のこの言葉で、同行が認められたと思ったヘルマンは満面の笑みを浮かべ『ありがとうございます』とでも言い出しそうだったので、それを言わせずに俺は次の言葉を発した。


「だが、俺は初等学園を卒業したら、冒険者学校に入って何れは冒険者になる予定だ。そして、冒険者になった際に自分を守る必殺技が必要になる。俺はその練習がしたいんだ」

「必殺技とか凄いですね。ぼくも必殺技とか練習してみたいです」


 ヘルマンは必殺技と聞いて興奮したようで、屈めた姿勢から直立し、胸前で両拳をギュッと握って鼻息が荒くなっている。

 このヘルマンという少年は、王家の血を引くヴァイスシルト家の者だけあって、王家の外見的特徴であるプラチナブロンドの髪と黄色みの強いゴールドの瞳を持っており、中性的な整った顔立ちをしている可愛らしい坊っちゃんだ。そんな整った顔をしているにも拘らず、鼻の穴を大きく広げている様は滅多にお目にかかれないだろう。


「ヘルマンは俺の話をシェーンハイト様から聞いているよな?」

「はい。だからこうしてキーファーの初等学園にまで来たのです」

「それなら、俺が盗賊を倒したとき、実は一つだけ虚偽があったんだ。それが何か知りたくないか?」

「それは知りたいです」


 釣れた。


「これは内密に頼むよ」

「はい。ブリッツェン先輩がシェーンハイトにも言っていないのであれば、シェーンハイトや他の誰にも言いません。――お前も他言無用だ!」


 公爵令嬢を呼び捨てに出来るのは、同じ公爵家で従兄妹であるヘルマンだからこそだろう。しかし、今はそれはどうでも良い。

 俺はヘルマンの執事が頷くのを確認し、ゆっくりと口を開く。


「俺は盗賊のお頭である賞金首を気絶させた際、実は普通に剣で倒したんじゃないんだ」

「そ、それはどう言うことでしょう?」

「俺はその際、練習中の必殺技で賞金首を倒したんだよ」

「――! その必殺技とはどのような技なのですか?」


 興奮したヘルマンは、再び前のめりになり俺に詰め寄る。


「それは教えられない」

「何と!? ブリッツェン先輩はそれをぼくに教えてくれようとしたのでは?」

「いや。必殺技を使ったことを伝えなかった、という事実を教えようとしただけだ。そして、ここからが本題だ」


 ここまで気負いもなく、平時のままの表情で話していた俺が、ここで真剣な表情に切り替えた。そんな俺の顔を見たヘルマンは、ゴクリと唾を飲み、少しだけ緊張していた。


「冒険者は自分の身を守るため、自分の戦い方などの情報を開示するよう求められても断ることができる。そして、冒険者に秘密を聞いてはならない規則になっている」

「そうなのですか?」

「そうなんだ。だけど俺はまだ冒険者ではない。もし俺が必殺技で賞金首を倒したと報告したら、その必殺技とはどんな技かと聞かれ、嫌でも答えるしかなかっただろう。だから俺は剣で叩き気絶させたと虚偽の報告をしたんだ」


 ふむふむと、ヘルマンは俺の話に聞き入っている。


「それでだ、俺は今もその必殺技を完成させるために修行をしている。それは例えヘルマンと言えども教えられない。何せ、これから冒険者になる俺の生命線だからな」

「ですが、ぼくはその必殺技のことを誰にも言うつもりはありません。約束します」


 ヘルマンは鼻息も荒く、「約束は守るためにあるのです」などと言っている。


「いや違うんだ。ここで俺がヘルマンに教えてしまうと、仮に何処かで俺が必殺技を使っている場面を見られ、その情報が何処かに漏れてしまった時、俺は必殺技のことをヘルマン以外の誰にも教えていないのだから、情報を漏らした犯人はヘルマンだと決め付けてしまうだろう」

「……」

「盗賊から救った商人も俺が必殺技を使った場面を見ていないし、倒された本人である賞金首でさえ、自分がどうやって倒されたのか知らないのだから、俺の必殺技を知ってる人間はヘルマンだけとなる」


 ヘルマンが少し渋い表情になる。


「俺はヘルマンを疑いたくない。これは俺自身を縛る自分に課したルールなんだ。もし、誰かに見られて知られてしまうのなら、それは自分の行動に非があった結果だ、仕方がない。ならばこそ、自分から手の内を晒すのはしないと決めている。だから、ネルソン様との模擬戦でも必殺技は使っていない」


 文法が怪しいが、ここは勢いで押し切る。


「そうそう、ネルソン様との模擬戦は僅差で俺が負けたのを知ってるよね?」

「はい、シェーンハイトから聞いています」

「この際だから言うけど、必殺技を使えば、あの模擬戦での勝者は俺だっただろうな。――あぁ、この事も内密にね」

「わ、わかりました。しかし、必殺技を使っていれば、ブリッツェン先輩が勝っていたのですか?」

「絶対とは言えないが、十中八九勝てただろう。でも、大勢の見ている前で使うわけにはいかないからね」


 そうですね、とヘルマン納得してくれる。


「そんなわけで、俺はどうしても一人で修行する必要があるんだ。それに、しばらくその修業ができていなかったから、少し感覚を取り戻す時間も必要で、ヘルマンの面倒を見ている時間は俺にはないんだ」


 少々ズルい言い方かもしれないが、ヘルマンの誘いで修行が中断していた事実を持ち出した。


「ブリッツェン先輩が将来冒険者としてやっていく為に必要なお時間を、ぼくが奪っていたことは反省します。それに、その秘密を知ろうとするのがいけないことも理解しました」


 ヘルマンは感情がそのまま表情に出るので、今は非常にどんよりとした暗い表情をしている。そんな顔を見ると、些か可哀想に思う。


「そんな訳だから、ヘルマンと一緒に修行するのは月に一度だけだぞ」

「よ、よろしいのですか?」

「ただし、その時は普通に練習するだけで、必殺技に関することはやらないぞ」

「それでもいいです。是非お願いします」


 本当はヘルマンと一緒に修行をする日を設定するつもりはなかったのだが、魔術を使えない俺にに呆れることもなく、俺と接して更に懐いてくれたヘルマンに、あんなあからさまに落ち込んだ顔を見せられては……。

 しかも、いくら公爵家の子息とはいえ、ヘルマンはまだ八歳の子供なのだ。ここで完全に拒絶してしまうのは流石に俺の心が痛む。なので、ほんの少しだが譲歩してしまった。


 まぁ、三ヶ月もある夏休みを除くと、ほんの数回だけなんだけどね。


 こうして、俺は月に一度だけヘルマンと一緒に修行する日を設け、ヘルマンと出会う前の日常とほんの少しだけ変わったのだ。

 ただ、現在のシュタルクシルト王国に二家しかない公爵家の一つライツェントシルト公爵家とは、公爵本人は別としても一応顔見知りであった俺だが、ヘルマンと出会い、もう一つの公爵家であるヴァイスシルト公爵家とも、意図せず顔見知りとなっていた。

 多分、俺と同じくらいの低い身分で、二つの公爵家と繋がりがある人間はいないだろう。とは言え、冒険者になる俺にはあまりメリットがないのだが……。


 ◇ ◇ ◇


 初等学園で三ヶ月ある夏休みはキーファーで一ヶ月個人修行をし、二ヶ月はメルケルで姉達と一緒に修行をしていた。

 姉達は順調に魔法を使えるようになり、当初は作れなかった『魔道具袋もどき』を二人とも無事に作れた。


 俺は師匠から受け取った木簡の魔法を試したり、色々と考察も行った。

 一例として、魔力素の回復について考察した際のことだが、魔力素の回復は連続睡眠で約四時間くらいで全快、若しくは最低八時間以上大人しくしていると全快するのが分かった。

 これだけのことでも、俺一人しか魔法使いがいなければそれは俺に限った結果となり、他の人では必要な時間が大きく違うという可能性もあったのだが、アンゲラとエルフィも対象とすることで、俺以外でもそうであると分かったのだ。


 他にもあるが、こんな感じで俺なりに魔法を研究したりして初等学園生活を満喫したが、そんな俺も初等学園を卒業し、これからはキーファー冒険者学校に通う予定だ。。

 その前に、俺は一度メルケルへ帰省する。


 長いようで短かった三年間。ビョルンたちに絡まれ、ヘルマンに懐かれたりとちょっと面倒もあったけど、それなりに楽しめて充実した日々だったな。

 お世話になりました。


 三年間過ごした寮を出て、俺は少しだけしんみりしたのだった。

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