第四話 シカ狩り再び
「うん、なかなか良い感じになってきたな」
シカ狩りでの反省を活かし、身体強化魔法の制御を使いこなせるように訓練を始め、更に新魔法の訓練も行い出して約半月が経過しており、今日も今日とて俺は森へ来ていた。
「これで筋肉痛問題はどうにかなったからな。その変わり制御はより困難になったけど、これはこれで良い訓練だ」
筋肉は付けたいけど、将来の低身長問題をどうにか回避したいと思った結果、『身体強化が火事場の馬鹿力的な潜在能力を使用しているなら、元々の肉体を強化すれば良いのではないか』と思い至った。
そもそも人間は自分の身体にリミッターを設け、本来の力の二割から三割しか使えていないという。そして、そのリミッターを外したのが”火事場の馬鹿力”だ。しかし、リミッターは身体に無理な負担をかけないよう本能的にかけられているので、意図して外すことはできないらしい。だが、そのリミッターを意図的に外すのが”身体強化”である。
その結果が酷い筋肉痛だったので、ならば肉体自体を強化することが最善ではないかと思い、そして編み出したのが『肉体強化魔法』だ。
「何でも人間が本来の力を十全に使うには骨や筋肉などが耐えられないって話だからな、だったらその部分を強化するのは理に適ってる……と思う」
あまり自信が無いが、結果的には筋肉痛にもならずに肉体は強化できている。それでも、身体強化がリミッターを外した自分本来の力の一部を使っているのとは違い、肉体強化は実際とは程遠い骨密度や筋肉の増強を行っているので、その身体を自在に操るのは難しかった。そして、魔法が発動している間はズルをして骨や筋肉などを強化しているので、魔法発動中は身体が鍛えられないデメリットもある。
「まぁ、まだ俺は筋トレが必要ない小さな子どもだし、肉体強化魔法を発動していないときに少し筋トレすればいいんだ。それに、何だかんだ少しずつ肉体強化魔法時の身体の動かし方も馴染んできたし、完全とは言えないけどシカを狩ったときくらいの動きは可能な気がする。でも、こうなると実際にシカを相手にしたくなるよな」
自分としてはなかなか動けると思っているが、本当にそれが可能かどうかはまだ未知である。であれば、試したくなるのは仕方ないだろう。
「う~ん、それは実家に帰ったときにエルフィ姉ちゃんを連れて試そうか。でも、自分で言うのも何だが俺ってば結構強くなったからな、姉ちゃんに『あんた、なんでそんなに強くなってるのよ』とか言われて色々聞かれそうだよな……」
せめて魔術が使えるようになっていれば、『魔術で力を底上げした』と言えるが、魔法のことは言えないし、単純に地力だと言うには強化され過ぎている。
「そうなるとシカを狩るのは当分無理かな」
状況を考えれば諦めるしかないと理解できるのだが、気持ちが抑えきれない。
俺は薄っすら気付いているのだが、敢えて気付いていないフリをしていることがある。それは、考え方というか精神が肉体年齢に引っ張られていることだ。
考えが浅はかで短絡的になったり、我慢が利かなくなっていたことも、後々冷静になればわかる。しかし、無理に”自分は大人なのだ”と思おうとしても、何かあればまた子どもの思考になってしまう。なので、敢えてそれは考えないようにしている。
「明後日はメルケル領への乗合馬車が出る日だから、明日は最後の訓練にシカ狩りをしよう。無駄な殺生と放置になってしまうが、メルケル領に戻ったら神殿で懺悔して許してもらおう」
自分勝手なことを考えてるのは重々承知しているが、それでも自分を試してみたかったのだ。
ほんの数秒前までは我慢しようと思っていたのに、舌の根も乾かぬうちに意見をコロッと変えてしまうとは、我ながら意思の弱さに
きっと、この考えも冷静になれば子どもの思考になっていると気付くのだろうが、気付かないフリをすると決め込んだ俺は、ある意味投げ槍になっている。
「でも、これが俺なんだ!」
俺と言う人間が自分に甘い男だと認めることで、勝手に許された気分になっていた。
この辺りが俺のダメなところである。
翌日、俺は訓練の成果を確認するために森へ入っていた。
「この感じはシカだと思うけど、シカにしては気配が大きい気がするな。……う~ん、でもイノシシにしては小さいよな。――まぁ、もう少し近付いて確認して、イノシシだったらそっと遠ざかればいいか」
楽観視しているのではない。この辺りは大きな獲物がいない地域なので、シカもそれ程多くはい。であれば、シカかもしれない獲物を見逃すわけにはいかないのだ。
「よし、あれはシカで間違いない。もう少し行ったら探知魔法から肉体強化魔法に切り替えるか」
やや大きな個体ではあるが、標的がシカであることが確認できた俺は、僅かに上がったテンションを落ち着かせる。
「この辺で最後の探知魔法で確認っと、……よし、大きな獲物の反応は付近には無い。探知魔法を切って肉体強化にして……、行くか」
魔法を切り替えた俺は、徐々にシカへ近付いていく。しかし、シカまでの距離が残り五メートル弱と言ったところか、予想より早くシカに気付かれてしまった。
参ったな、でもまだ少し距離があるけど詰められない距離じゃない。行くぞ!
予想より距離を詰められなかったが、それは想定外と言う程ではない。俺は即座に地を蹴りシカとの距離を詰めた。
「チッ! 身体強化より肉体強化の能力が低いのか、それとも今回のシカが優れているのかわからんが、これは取り逃すかもしれないな」
既にシカに気付かれていた俺は独り言を我慢するのを止め、愚痴っぽい焦りの言葉を口から零した。
そして、今ここで剣を振ってもシカの脚を切断できなくとも、機動力が奪えそうなダメージを与えられるギリギリの距離で剣を振ることを決意する。届かない可能性もあるが、何もしないで取り逃すよりましだと思ったのだ。
「なんなら、魔力の刃でも飛んでくれなてもいいんだ、ぞっ!」
そんなことを口走りながら振るった剣は、やはりシカに届かなかった。――が、しかし、剣が届かなかったはずのシカの脚が切り落とされ、あたりに血飛沫が上がった。
「剣を振った際に魔力が放出される感覚があったけど、もしかして魔力の刃が飛んだのか? 考えるのは後だ、この機を逃すな!」
バランスを崩したシカは、それでも逃げようとする。
「大丈夫、届く」
余裕であることはわかっているが、油断しないように自身を鼓舞した俺は、切り落とされたシカの左後ろ脚ではなく、なぜか傷を負っている右後ろ脚に狙いを付けて剣を振る。
前回より大きな個体のシカだったので、断ち切るのは不可能だと思いつつ剣を振ったのだが、前回同様にシカの脚を切断できた。
「そんじゃ、仕留めさせてもらうぞ。おりゃあああぁぁぁー」
気合を入れた一振りをシカの首に入れ、一刀でシカの首を切り落とした。
「なんとかシカは仕留められたけど、身体強化と肉体強化の差はハッキリわからないな。でも、違いが大きくないなら、筋肉痛とかの負担を考えれてみれば肉体強化の方が使い勝手はいいかもしれない。……でも、魔力の消費は肉体強化の方が多いから、魔力の燃費を考えると身体強化の方が優れてるし……。難しいな」
あれこれ悩んだ結果、状況次第で使い分ければ良いのだから、これからも身体強化で筋肉痛にならないようにしつつ使い、肉体強化も魔力消費が多くて構わない場面は使っていけばいいのだ、と結論付けた。
「取り敢えず肉体強化の確認もできたし、収穫のある訓練だったな。まぁ、シカを持ち帰れないから物理的な収穫はまたないけど」
この辺のシカにしては珍しい大きな個体だったので、これを放置して帰るのは本当に申し訳ない気持ちになるが、運ぶ手段が無いので許して欲しい。
「シカさんごめんなさい」
一応、俺はシカに手を合わせて謝罪の言葉をかけた。これは、自己中な俺のせめてもの罪滅ぼしのつもりだ。
「ああそうだ、肉体強化を切って探知魔法に切り替えないとっ……!」
探知魔法を使用した瞬間、大きな個体がこちらに向かって来ているのを感じた。
「ちょっ、これは拙い……って、イノシシか!」
慌てて気配がした方向に目を向けると、そこには俺のいる方……いや、俺を目掛けて猛スピードで突進してくるイノシシの姿があった。
「いくら探知魔法を使ってなかったとはいえ、これだけの気配に気付かないとかどんだけ気を抜いてたんだ俺は……」
新魔法の効果に満足して気を抜き、安全確認をすっかり怠っていた俺は、戦勝気分から一転して窮地に陥ってしまったのだった。
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