名前をあげましょう。
「初めまして、子鬼さん方。これからあなた達の上司になる天野宏美です。よろしくお願いしますね」
「はひ~!」
「よろ~!」
「おてやわらかに~!」
自己紹介をしたら、三人とも手をふりふりしつつ、こちらに駆け寄ってきました。
おお! 何かいいですね。上司という立場故か、この子達が必要以上に超可愛らしく見えます。
「お三方とも、お名前を教えてくださいますか?」
「なまえ~?」
「ぼくら、なまえないよ~?」
「しんじんなので~」
おやおや、これは想定外。三人とも名無しさんでした。それにしても、新人だから名無しさんとはどういうことでしょう?
「……地獄には元服制度の名残のようなものが残っていてね。地獄の鬼は、大人になって初めて仕事に就く際に
少々困り気味のところに、閻魔様が解説を入れてくれました。
どうやら狂人モードからただのゴリラに戻ったようです。
「せっかくだ。君から彼らに名前を付けてあげてはどうかな?」
「え? 私が付けてしまっても良いのですか?」
「元々そのつもりで、彼らの名付けは保留にしておったのだよ。慣例として、獄卒になった鬼には儂から名を与えることになっているのだが、特段決まりとなっているわけではないしな。ここは交流を図る意味でも、上司となる君から付けてあげた方が良いだろう」
鷹揚に頷きながら言う閻魔様。
こんな素敵イベントを譲ってくださるとは、少し見直しました。類人猿にしては、粋な計らいですね。気分が良いので、ボス猿に昇格させてあげましょう。
「なまえくれるの~?」
「なまえ、なまえ~!」
「おなまえ、ぷり~ず!」
子鬼さん達も私のスカートの裾を握り、期待の眼差しでこちらを見ています。
ウフフ。仕方ないですね。ここはできる上司として、私が素敵な名前をプレゼントしてあげるとしましょう。
「ではでは、私からあなた方に名前を差し上げましょう。はい、一同整列!」
私がそう言うと、子鬼さん達は「わ~い!」とはしゃぎながら横一列に並びました。素直で実によろしいですね。
「では、赤いあなた。あなたは『とまと』さんです」
「お~!」
「次、黄色のあなた。あなたは『ちーず』さんですよ」
「いえ~い!」
「最後、青のあなたは『ばじる』さんにしましょう」
「やっほ~い!」
「いや、それマルゲリータの具材じゃあ……。そもそも、チーズは白でバジルは緑を表していたはずだが……」
何やらヒゲが溜息をついていますが気にしません。私はマルゲリータが好きなのです。
あと、チーズって黄色っぽいですし、日本では緑色にも見えるくせに青信号とか青海苔とか言いますからね。問題なしです。
子鬼さん達もよほど気に入ったのでしょう。「まるげり~た、まるげり~た!」と言いながら小躍りしています。さすがは私、といったところでしょうか。
……それにしてもこの子達、踊り方までそっくりですね。
「閻魔様、この子達って、本当に何から何までそっくりなんですけど……。――あっ! もしや、クローンか何かですか? うわっ! 閻魔様ってメルヘン趣味な上に、実はマッドサイエンティスト?」
「違うわ! この子達がそっくりなのは、単に三つ子だからというだけだよ。あとこの子達、生まれた時からずっと一緒な所為か、チームワークも抜群だぞ」
ほうほう、三つ子でチームワーク抜群ですか。それはいいことを聞きました。
それでは早速……。
「とまとさん、ちーずさん、ばじるさん! 組体操、始め! 扇!」
「「「はい!」」」
私の声に即反応し、綺麗な扇を作り出した子鬼三兄弟。実に素晴らしい反応速度とチームワークですね。
では、次。
「タワー!」
「「「はい!」」」
向かい合って肩を組んだちーずさんとばじるさんの上に、とまとさんが飛び乗ります。
三頭身故に、土台となる二人の肩ではなく頭の上に立っていますが、見栄え・安定感共に申し分なしです。これも素晴らしい。
さて、次は……。
「……キャメロクラッチ」
「「「はい!」」」
「ぐおおおおおおおおっ! ま、まさか私が、成り立てほやほやの新人獄卒達に関節を極められるとは! な、何たる屈辱でしょう! ――だが、それがまたいいっ!」
何となく兼定さんを指さしながら言ってみたら、三人で器用に分担し、完璧に極めてくれました。
兼定さん、とても満たされた顔をしていますね。ちょっとご褒美をあげ過ぎたかもしれません。
ともあれ、彼ら三人のチームワークはよくわかりました。これならば、片付けもスムーズに進むことでしょう。
「それでは、さっさと私の城を綺麗にするとしましょうか。みなさん、そんな社会のゴミは廃棄して、片付けを始めますよ」
私が声を掛けると、とまとさん達は兼定さんを近くのゴミ箱に捨てて、こちらに戻ってきました。
上手にできた子鬼さん達を褒めてあげつつ、私は彼らと共に図書館に向かって進み出ます。
「おお、宏美君。やってくれるか!」
「何だかんだ言っても、現世で果たせなかった美人司書の夢を叶えるチャンスですからね。とりあえず、やってみますよ」
声を弾ませて喜ぶ閻魔様へ、ひらひらと手を振りながら私は地獄分館へと足を踏み入れました。
こうして、私の二度目の就職――地獄分館の司書としての毎日が始まったのでした。
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