再就職一日目で部下持ちです。

「――つまり去年の忘年会で、酒に酔った獄卒達が出来心で図書館をピタゴラ装置にしてしまったと……。その上、あまつさえ装置を作動させてしまったと言うのですね」


「はい……。仰る通りです……」


 図書館の前で仁王立ちする私に、顔面を男前に変形させた閻魔様が土下座したまま答えました。

 大王の威厳、丸つぶれですね。情けない。

 ちなみに兼定さんは、「ハァハァ……。ハードなご褒美、ありがとうございます……」などとほざきつつ、廊下の隅にモザイクが掛かった姿で転がっています。


「……で、閻魔様はこれを私にどうしろとおっしゃられるのですか?」


「えーと、最初の仕事として、お片付けをお願いしたいかな~、なんて……」


 廃墟と化した元図書館を指さしつつ聞くと、閻魔様は気色悪い愛想笑いを浮かべながらそう返してきました。

 ハッハッハッ!

 何を言い出すかと思えば、このヒゲは……。


「閻魔様、この部屋の惨状がちゃんと目に入っていますか? 非力でか弱い私だけで、片付けできるわけがないじゃないですか」


「いや、さっき儂らをしばいた馬鹿力があれば、これくらい造作もない気が……」


「おや、気のせいでしょうか? 不愉快なワードが聞こえた気がするのですが?」


「オー、ソーリー! 儂、言い間違いしちゃった。てへっ! 儂のウッカリさん!」


 何か失礼なことを言われた気がしたので血の滴る釘バットを持ち上げてみたら、閻魔様は慌てて謝りました。

 うん、わかれば良いのです、わかれば。


「冗談はさておき、最初から君一人でこの図書館を片付けろと言うつもりはなかったんだ」


「ほう……? と、言いますと?」


 私が首を傾げると、ゴリラは得意気な顔で「まあ待ちなさい」と階段の方を振り返りました。

 なんかムカつきますね、あのドヤ顔。もう一回お灸を据えておきましょうか。

 と、私がどうお仕置きしてあげようか考えていた、その時です。

 パンパンと閻魔様が手を叩いて、階段の上に向かって呼び掛け始めました。


「おーい、子鬼君達。こっちに来て、ご挨拶なさい!」


「は~い!」


「へ~い!」


「ほ~い!」


 呼び掛けに応えて階段の上から現れたのは、三つのカラフルなボール――いえ、連続でんぐり返りをする謎の生き物でした。


「おお、来たな。――って、君達! 何をやって! あぶな――ぐへっ!」


 絶妙のタイミングで階段から跳ねたその生き物は、閻魔様の首と鳩尾と股間にストライクしました。

 本当にもう狙っていたんじゃないかと思える程、綺麗に決まりましたね。見事な手際です。


(ふむ。私が手を下すまでもなかったようです)


 ところで、閻魔様にぶつかったこの生き物は何なのでしょう。閻魔様は『子鬼君達』とか言っていましたが……。

 ――おや? にょきっと手足が生えてきましたよ。


「と~ちゃく!」


「いえ~い!」


「たのしかった~!」


 蹲る閻魔様の隣ではしゃぎ始めたのは、それぞれに赤青黄色の服とトンガリ帽子を身に付けた、三人の小人さん達(?)でした。

 身長は五十センチくらいで三頭身。顔は三人とも判子を押したように、まんまるお目々が愛らしいスマイリーフェイス。本当に超そっくり。おかげで服の色以外では見分けがつきません。


 はて? このおとぎ話から抜け出してきたような三人組は、いったい何者なのでしょうか?

 閻魔様は脂汗をかいてピクピクと痙攣を続けていますので、彼らについて聞くこともできませんし……。――まったく、使えないヒゲです。

 仕方ありません。直接聞いてみることにしましょう。


「こんにちは。あなた達は一体何者ですか?」


「ほえ~?」


「ぼくら、こおに~!」


「こおに、こおに~!」


 そう言って、三人はトンガリ帽子を取ってみせてくれました。帽子の下、ちょうど旋毛の辺りに小さな角が生えています。

 なるほど。小さくてファンシーな格好をしていても、鬼には変わりないみたいです。


「か……彼らは新人獄卒の子鬼達だ……。君の部下、司書補になる子達だよ……」


 子鬼さん達と話している最中、震える声が聞こえたと思ったら、後ろに閻魔様が立っていました。どうやらクリティカルヒットのダメージから回復したようです。

 けれど、閻魔様のダメージ状態なんてどうでもいいです。それより今この人、とんでもなく重要な素敵ワードを言いましたよね。


「部下? この子達が私の部下になるんですか? 本当に?」


「何だか不安になるくらい、すごくうれしそうだね……」


 現世ではド新人でまだ下僕さえいなかった私が、ここでは正式な部下持ち。

 フフフ。いい響きですよね、『部下』って。


「まあいいか。ともあれ、これからみんなで協力して、この図書館を切り盛りしてくれ。まずは片付けからだが、この子達は見かけによらず力持ちだからね。みんなで頑張れば、きっとすぐに終わるよ」


 優しい上司スマイルで、閻魔様がポンポンと私の肩を叩きます。とりあえずセクハラで訴えてみましょうか、このエロ大王。

 それにしても、なるほど、なるほど……。


「つまりこの子達を馬車馬のようにこき使って、この廃墟を片付けろということですか。こんな可愛い子達をブラック企業のように過労死寸前まで絞り尽せと……。――とことん外道ですね、閻魔様。御自身で地獄を巡って、性根を叩き直してこればいいのに」


「いや、儂、『みんなで協力して』『みんなで頑張れば』って言ったよね。何、この儂が悪いって感じの雰囲気。というか、儂の話を聞いて即今みたいな思考にいく君の方が、よっぽど悪魔じみている気がするんだけど……」


「閻魔様、ずるいですよ! なじられるのは、秘書官である私の仕事のはずです!」


 Mの血が騒いだのか、兼定さんまで復活してきました。

 自分の欲求を満たすためなら、どんな傷でも高速回復させて駆けつける。いやはや、本当に素晴らしきドM根性ですね。もう迅速にくたばればいいのに。――ああ、ここはすでに死後の世界でした。残念。


「時に閻魔様、なぜにこの子達はこんなファンシーな格好をしているのです?」


「ん? いや、それは石上君から次に来る司書は若い女の子だと聞いて……」


「閻魔様の命を受け、私が亜音速で製作しました。一着一分です。糸――と言いますか、縄を使わせたら、地獄で私の右に出る者はいませんよ!」


 閻魔様の言葉を引き継ぎ、兼定さんがイケメンスマイルで答えてくれました。

 技術の出どころはさておき、一着一分って凄まじい裁縫技術ですね。度し難い変態であることを除けば本当に超人ですよ、この似非執事。

 ともあれ、この子たちのメルヘンチックな格好の意味はよくわかりました。


「ふむふむ。つまりこの子達の格好は、メルヘン大王の趣味と兼定さんのドMスキルの賜物と言うわけですね。私のために妙な気遣いをいただき、どうもありがとうございます。お二人の性癖は鳥肌が立つくらい気色悪いですが、この子達はとても可愛いです!」


 私を迎えるため、いろいろ気を回してくれた二人に、最高の笑顔でお礼を言います。


「……………………。フッ……」


 感極まった顔を見られたくないのか、地べたに崩れ落ちた閻魔様が指で『の』の字を書き始めました。

 何やら「儂、メルヘン趣味じゃないもん……」とかいう声が聞こえますが、感動のあまり気が狂っただけでしょう。私、気にしません。

 なお、兼定さんは「ハァハァ……。笑顔でさらりと罵倒――最高です!」と言って悶えています。人生楽しそうですね、この人。


 さて、狂人二人は自分の世界に入ってしまいましたし、これから一緒に仕事をする子鬼さん達に改めて挨拶をするとしましょうか。

 私は早速、愛くるしい身なりをした三人に部下の方へと向き直りました。

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