分館長はゴリラでした。

「ようこそ、地獄裁判所へ! 待っていたよ!」


 シンデレラ城改め地獄裁判所へ辿り着いた私達を出迎えたのは――着物を着た熊のような大男でした。


「石上さん、見てください。でかいゴリラが一丁前に着飾って、偉そうに『ようこそ!』とか言っていますよ」


「え~、宏美殿。こちらが閻魔大王様です。地獄裁判所の筆頭裁判官にして、地獄分館の分館長です」


 生い茂った眉毛をピクピクさせていた大男を、石上さんが引きつった笑みで紹介してくれました。

 石上さん、とても居心地が悪そうですね。どうしたのでしょうか?

 まあ、よくわからないですので、気にしないようにしましょう。


 それにしても、この方がファンシー趣味のキモオヤジであるところの閻魔様ですか。

 石上さん曰く、地獄裁判所の筆頭裁判官で、地獄分館の分館長。つまりは私の上司というわけですね。

 ふむふむ……。


「初めまして、閻魔大王様。お会いできて、光栄ですわ。私は天野宏美と申します。本日からお世話になります」


 一級秘書のように完璧な営業スマイルを浮かべ、一部の隙もない所作で閻魔大王に挨拶をします。

 メルヘンゴリラとは言え、一応上司ですからね。礼儀、大事!


「無理矢理やり直した……」


 横で石上さんが信じられないものを見るような目で呟きました。

 あらあら、一体全体何のことでしょう? さっぱりわかりません。オホホホホ!


「あ~、オホン! 如何にも、儂が閻魔だよ。君が就職希望を出した、黄泉国立図書館地獄分館の分館長だ」


「これからよろしくお願いしますね、メルヘンゴリラ!」


 おっと、いけない。「閻魔様!」でしたね。つい本音が出てしまいました。

 これは失敬と思って見上げると、閻魔様は顔に笑顔を張り付けたまま固まっていました。


 あれ? もしかして、気に入ったのでしょうか?

 それなら、気にする必要なかったですね。いやはや良かったです、閻魔様が頭のおかしい人で。


「……君、宏美君と言ったかな? なかなかいい性格をしているね」


「お褒めに預かり光栄ですわ、閻魔様」


「………………………」


 おやおや、いきなり褒められてしまいましたよ。さすがは私。できる女は違います。ただ普通にしゃべっているだけで、褒めたくなるオーラを放ってしまうようです。

 何やら閻魔様が唖然としていますが、望外に優秀な人間がやって来て言葉が出ないのでしょうね。


 なんてことを考えていたら、閻魔様が石上さんに顔を寄せて、私に聞こえないように小声で話し始めました。――私はとても耳が良いので、すべて筒抜けですが。


「――だから儂、この城の意匠は嫌だって言ったんだ。なのに、獄卒みんなで面白がって結局多数決で……。儂の威厳、丸潰れだよ」


「閻魔様、気を確かに持ってください。大丈夫ですよ。建物の意匠一つ位で、閻魔様の威厳は潰れたりしません」


「ありがとう、石上君……。ところで儂、この子を御せる自信がないのだが……」


「そうは言っても閻魔様、この機会を逃しては、次にいつ司書をやってくれるという方が現れるかわかりませんよ。天国の方でも一年間公募をかけてきたのに、応募が一件もなかったのですから。やはり皆さん、仕事とはいえ地獄へ行くことに恐怖があるようで……」


「だったら、とりあえず天国本館で雇って、こちらに送り込んでくれれば……」


「今の御時世、そのようなことをしたら契約違反で即訴えられてしまいますよ。閻魔様、裁く側から裁かれる側に回ってみますか?」


「…………。ぐぬぬ……」


 被告人席に座る自分の姿でも想像したのか、閻魔様の顔が真っ青になりました。白仙さんもそうですが、あの世の住人は顔芸が得意な方が多くていらっしゃる。


「獄卒達はを起こした手前、司書に据えるのも体裁が悪いしなぁ~。かと言って、いつまでも地獄分館を司書なしで放っておくわけにはいかないし……。これは我慢するしかないかな……」


 石上さんとのひそひそ話を終えた閻魔様が、「はあ……」と溜息をつきました。

 我慢だなんて、閻魔様は本当に素直じゃないんですから~。正直に、「宏美君のような優秀な美人司書を迎えられて超幸せ!」と言えばいいものを。

 まったく、閻魔様はツンデレさんですね。吐き気を催すだけで、全然萌えませんけど。


「あれ? 何か急にものすごい寒気がし始めたんだけど……」


 天国庁でいただいた鋏を無意味に弄びながら流し目に見ていると、閻魔様は体を掻き抱いて震えだしました。

 急にお風邪でも召されたのでしょうか。似合いもしないのに、ツンデレなんて装った天罰ですね。ウフフ……。

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