再就職が決まりました。
「お待たせいたしました」
応接スペースに案内され、待つこと小一時間。
落ち着いた声と共に、白仙さんが私に引き合わせようとしていた人物が現れました。
(おお……! コスプレオヤジシリーズ、第二弾!)
白仙さんと一緒に声のした方へ振り返ってみると、そこに立っていたのは、いわゆる平安装束を纏ったオッサン――ではなく、壮年の男性でした。
「これは宅嗣殿、よくぞいらっしゃった。こちらが先程電話でお話しした、天野宏美さんじゃよ」
「初めまして、天野殿。小生は
「これは、ご丁寧にどうも。天野宏美と申します」
恭しく頭を下げる宅嗣さんへ、こちらも礼儀正しくお辞儀をします。第一印象は大事ですからね。社会人の基本です。
それはさておき、石上宅嗣ってもしかして……。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、石上さんはもしかして、『
「おや、小生のことをご存じなのですか? いやはや、これは年甲斐もなく照れてしまいそうですね」
ハハハ、と朗らかに笑う石上さん。さすがは平安時代のリアル貴族ですね。文字通り、気品に溢れている感じがします。隣の似非仙人とはえらい違いです。
(ほうほう、これがリアル石上宅嗣ですか……。さすがは天国ですね。いきなり日本史の教科書に載っているような人物と出会えるとは……)
しかも、日本で初めて公共図書館っぽいものを作ったとされる人物です。
うれしいエンカウントにちょっとした感動を覚えていると、再び石上さんが私に向かって頭を下げました。
「それはそうと、この度は黄泉国立図書館
「……は? 地獄?」
「そうじゃよ。君がやりたがっていた、図書館司書の仕事じゃ。さっき君と話している時、宅嗣殿が地獄分館の新しい司書を探していたことを思い出してな。いや~、正に君にピッタリの――」
――シュパッ!
――パサリ……。
「うん? …………………。ぎゃああああああああ! 儂の髭がああああああああ!」
白仙さん改めクソジジイが、ムンクの『叫び』のようなポーズで悲鳴を上げました。
顎下三センチで横一文字に髭を切り揃えられた姿は、滑稽そのものです。
「私にピッタリですか。そうですか、そうですか……」
頬に両手を当てたまま固まる白仙さんを、私は満面の笑顔で見下ろしました。
私の手の中では、カウンターから拝借した
「よくわかりました。――つまり白仙さんは、私に『地獄へ落ちろ!』と言いたいわけですね?」
「い、いや……、わ、儂はそういうつもりではなく……」
私が極上のスマイルで問い掛けると、硬直の解けた白仙さんが激しく首を振りました。
ハッハッハッ!
まだシラを切りますか、この老いぼれ。
「お、落ちついてください、天野殿。白仙殿は、あなたを地獄に突き落とそうとしているわけではありませんよ。彼はただ、地獄の入り口にある裁判所付きの図書館へ、黄泉の国の公務員として赴任することを勧めているだけです」
「そうそう、それ! 宅嗣殿の言う通りじゃ!」
私達の間に入って、石上さんが取り成すように言います。彼の後ろでは、老いぼれが残像のつきそうな勢いで何度も首肯していました。
なるほど。つまりこれは、二人のようにあの世の役人にならないかという誘いのようですね。確かに私にとっては、渡りの船と言える話かもしれません。
「それに、地獄分館は司書の定員が一名の図書館です。名目上の分館長は別にいらっしゃいますが、実質的にはその司書が図書館の全権を担うことになります。言い換えれば、一からあなた色の図書館を作っていけるということです。どうですか? 楽しそうではありませんか?」
人好きする笑顔で、石上さんが私に聞いてきます。
なかなか口のうまい人ですね。そのような言い方をされては、いやでも興味が湧いてきてしまいます。
私色の図書館。何とも素晴らしい響きです。最高です。
どこかの老いぼれも、こういう人をやる気にさせる話術を見習うべきですね。
と、私が横目でボケ老人を見ていたら、石上さんが最終確認のようにこう尋ねました。
「如何ですか、宏美殿。この話、受けていただけませんか?」
「……そこまで言われては、受けない手はないでしょう。――その話、謹んでお受けいたします」
私の答えは、当然イエスです。
図書館の主になれるなんておいしい話、乗らないわけがありません。
どうせ死んだ身なのですから、もうとことん面白そうな方へと転がってやります。
「ありがとうございます。では、すぐに手続きをしてまいりますので、少々お待ちください」
「はい。よろしくお願いいたします」
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