墓守の騎士
人生の旅人
墓守の騎士
一人の女性が一本の槍を地面に突き立て、仁王立ちする。
その向かいには、男が背後の宙に無数の魔法陣を貼り付け、女性を睨む。
「我が名はユーリア! この墓を守る騎士……汝を殺す者なり!」
女性は男に対して、力強い啖呵を切る。
女性は白を基調とした軽装の鎧を纏い、突き立てた身長大の槍はその姿に同調するかのような純白。
女性の姿はまるで神話の女神を思わせる。
「ククク……はっはははは……フハハハハハハハハハッ! よく吠えた! だが、死ぬのは貴様だぁ! 我が許婚を奪った罪、ここで償え!」
男は堪らず、といった様子で吹き出した。
女性とは対照的に、男は黒を基調とした重装の鎧を纏う。背後の魔法陣はバチバチと光を放つ。
その光は暗くて重くて濁りきっていて見る者を鬱屈にさせる。
男女は睨み合い、お互いの獲物を強く握る。
そしてそれは突然回り始めた。
男の魔法陣が光を一際強く放ち、その瞬間に女性の顔面めがけて黒いナニカが放出される。
女性はそれを予測していたのか、当たる寸前に槍でそれを打ち払う。
払われたモノはくるくると弧を描き地面に突き刺さる。放たれたモノは黒く穢れた長剣であった。
地面に刺さった長剣は役目を果たしたと言わんばかりに、黒い塵へと変わり果てる。
「せぁ……!」
どちらが呟いた、あるいは吐いた言の葉だろう。
それはあまりに言の葉とは呼べる代物ではなくただの吐息、または息遣い。
それが空気振動とともに双方の耳に入った瞬間に、それは起きていた。
男は先程と同じように魔法陣から黒い異物を、否、魔弾を放つ。
女はそれを見ると同時に視た。白槍を片手で持ち身を低く屈め、白槍を両の手に持ち構えたと同時に女は宙に翻る。
女は白槍を地面に刺し、それをしならせて反動で宙に昇り魔弾を躱したのだ。
宙から加速度的に女は地面に落ち、そして趨る。目標は魔弾の射手たる男、ただ一人。
男の放った魔弾は目標を失い地面に突き刺さり、弾けた。
今度は一体どんなモノを放ったのか、それを確かめる前に魔弾はこの世から消失してしまう。
女は特攻、あるいは鉄砲玉とても呼べる様さまで男に迫りかかる。それはさながら無鉄砲とも見えた。
迫る女を視認した男は、また先程と同じように魔弾を放つ。女は見飽きたとも言える表情でそれを弾き飛ばそうとする、だが、今回の魔弾は先程までとは違う点があった。
速度はやさが違う、今までのそれとは段違いだった。
根本的な誤り、誤算、油断、傲り。
女がそれに気づき、対応うごこうとした時にはもう遅い。
魔弾は加速し、女の身体を貫く。
女は声とは呼べぬ、言うなれば呻き声を上げそこから弾け玉の様に離れる。
女は右の腹を貫かれだようで傷口からは深紅が溢れ出し、女の純白を鮮やかな薔薇色に染める。
男はそんな女を見て、下卑た嗤いにその顔を歪めた。
苦悶に身を捩らせ目を涙に染めてだが、女は立ち上がって白槍を構える。
女は思う『泣きたくても護らなくてはならない。私は騎士なのだから』と。
男はその様子に一種の快楽を覚え、快感に身を捩る。
男は思う『あぁ、女を殺したら一体どれほどの快楽を得られるだろう』と。
それを想像するだけで、また快楽が男に迫る。
『騎士』はまた趨る。
『快楽狂』はまた魔弾を放つ。
二人の考えが合致していた。
どちらもこれを最後にしようと企てている。
魔弾は加速し、今度こそ騎士を息の根を止めようと迫る。騎士はそれを白槍の柄で弾き落とす。
それを見た快楽狂は魔弾の数を七つに増やした。
魔弾は射出された瞬間、超加速する。
その速度は先程までの比ではなく、いとも容易く騎士を詰みにかかる。
先程までの騎士ではこの加速には追いつくことは出来なかっただろう、だが、今度の騎士は一味違った。
騎士は趨る脚を止め、止まると同時に白槍で七つの魔弾をほぼ同時に弾き飛ばす。
それは神業とも呼べるほど神がかった動作であった。
ほぼ同時とも思える七つの魔弾、だが僅かなムラがある。それを騎士は見切ったのだ。最も速い魔弾を次に速い魔弾に弾き当て、弾かれた魔弾はその次の魔弾に、それは連鎖的に全ての魔弾を弾いた。
快楽狂は驚きを隠せない、それも最もだ。
七つの魔弾によるほぼ同時攻撃、それをたった一手で弾かれるなど考えられる訳もない。
動揺した快楽狂は魔弾の装填が覚束無いようで、射出される魔弾は先程まで速度はなく。騎士はそれを弾き、躱し、打ち払う。それらの動作は最小限の動きに抑えられていて、一つの型のようであった。
快楽狂はその様子に憤慨し、それと同時に背後の魔法陣が増殖する。それは今までの比ではない。
快楽狂が両の手をいっぱいに広げるとともに魔法陣が光を強くしていき、手を騎士に向けた瞬間、無数の魔法陣の弾ける音が鳴り響く。
音は轟音に変わり、それは全て騎士へと向かって歩みを始める。
騎士はその音を聞き、愕然とし俄然と言った様子で嬉嬉として白槍を音に向けて構える。
騎士には一つの策があり、それは確実にハマると思えるものであった。
騎士は昂揚し、それを魔力とし全身に付与する。
白槍を右の手に握り、左の手を伸ばす。自身を一つの螺旋と見立て、騎士は回り、廻る。
遠心力で身体が細切れになりそうになるが、全身に付与した魔力による身体強化することよってそれをギリギリで防ぐ。
視界は揺らぐが辛うじて見える、目指すは快楽狂の心の臓。騎士はそれを胸に留め、魔弾の雨に身を投げ打つ。
魔弾が騎士を物言わぬ肉に変えようと迫る、騎士はそれをよしとしない。
廻る騎士に魔弾は当たらない、魔弾は騎士を射程に入れる瞬間、白槍によって抉られ魔弾としての機能を壊される。
白槍は魔弾の雨に孔を穿ち、目標への道を創り出す。
騎士は雨の中、目視する。
瞬間、跳んだ。
快楽狂は迫る騎士の足元から無数の魔弾を放つ。
騎士はそれをもろに喰らうが、その勢いを失くすには至らない。
快楽狂の胸に純白の槍が突き刺さる。
純白の槍は深紅の槍へ衣替えし、死を彩った。
騎士はその場で倒れ込む。
騎士は自身の姿を見た。全身を鮮血に染め、負った傷があまりに多過ぎる我が身の醜態を。
「あぁ……お嬢様……。ご無事で────」
騎士は自身の護った大切なものを。
たった一つの小さな小さな墓を見つめると、にこやかに微笑んだ。
墓守の騎士 人生の旅人 @Hirohiro0315
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます