社畜村人 ~社畜を辞めるために異世界にきて村人Aになったはずだったんだが~

雲鈍

働きたくないわけじゃない、ごくまっとうな会社で働きたい……ただそれだけのはずなのに。

 社畜をやめるために村人に転職したはずでした。




 とにもかくにも、仕事を辞めたい。

 それが俺の目下の目標である。

 俺は小学生向け英語教材のセールスをやっているが、給料のほとんどは歩合である。やると気のない俺はとても薄給である。それに営業成績が悪いとあのハゲ(課長)はネチネチとイヤミを並び立ててくるし、会社に入ったころにはダメージを受けていたが、最近では聞き流す術も覚えて立派な社会人である。ただ、説教の時間が長く退屈で苦痛ではあるけど。

 とはいっても仕事を辞めて食っていけるほどの才能もつてもコネもない俺である。せめて今よりももっとマシな……せめて9時5時で終わる仕事がしたいのである。今の仕事は8時半から始業開始、一日中歩き回り5人のアポが取るまで帰れません。はあ? ふざけんんなって話だ。早く帰ろうものなら「根利都くぅうん、今日はとってもご機嫌だねぇ」から始まるハゲ(部長)のイヤミが始まる。

 ふううううううう。

 いくら会社の愚痴を言ってもキリがない。車で来ているわけじゃなければ、酒でものんで気晴らしもできたのだが。


 俺はあたりをぐるりと見回す。

 そこは個別にブースが設けられ、カウンターを通して職を斡旋してもらうという施設である。つまり、ギルドである。じゃなくて、職業安定所である。ハローワークとも呼ばれる。ここで紹介される仕事は玉石混交とよく言われるが……それでも一縷の望みをかけて俺は今日も楽な仕事を探してここの通いつめている。まだ業務時間中だが、そんなことは関係ない。このクソ暑いなかクソ真面目に営業をやっているのは同期の田室という女ぐらいだろう。だいたいみんな暑いときはサボって喫茶店やら図書館やらに避難している。そして俺の避難先がここ(ハロワ)だった、というだけの話である。


「87番のかた、2番の窓口へお越し下さい」

 平坦な声で、俺の番号を告げられる。

 やれやれ。今日もいい仕事見つかるといいなぁ。

 そんなことを思いながら。


「今日はどういった御用命で」

 俺の向かいにすわる職員はハゲていて、少しだけ課長を思わせた。俺は一瞬にして不快な気持ちになり、帰りたくなったが、とりあえずそんな自分の気持ちを押し殺す。

「職を探してるんです」

「それは分かってます。どういった職業でしょうか」

「座ってパソコンに向かって9時5時まで仕事をして年間休日は120日以上、それでいて嫌な上司も居なくて有給も好きなタイミングでとれて土日祝日は完全休日の仕事を探してるんです」

「……福利厚生の面は、分かりました」

 男はパソコンの画面に何かを打ち込む。

 ……本当に打ち込んでるんだろうな? 適当にごまかしてるんじゃないだろうな。

 俺がいった条件、大企業でも難しいぞ。

「失礼ですが、前職をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「前は営業やってました」

「そのご経験を生かされては?」

「いやいや、営業なんて底辺っすよ」

 休みもろくに取れない、客から電話がかかってくる、業務時間もあるようなないようなものだし、さらに歩合制のために給料も安い。人と話すのは嫌いではないが、見知らぬ人に断り続けられるというの中々しんどいものがある。

「ふむふむ。営業以外で、となると……やはり事務系でしょうかね」

「ですね。楽して休める仕事がいいんですけど」

「転勤は大丈夫ですか?」

「まあ、福利厚生がしっかりしてるなら」

「公務員を目指されてみては?」

 ハゲは無表情にもそうのたまった。


 うるせー。夜10時に家に帰って、いつ勉強しろって言うんだよ。めんどくせー。受かる保証もないし、口から適当なこと言ってんじゃねえぞ。やっぱりハゲは使えねえな。うちの課長と同じだ。


 などと俺が心の中で毒づいていると。

 カチカチと鳴らしていたマウスの動きがとまった。

「あ、条件に見合いそうな仕事が見つかりましたよ」

「え!? マジで!」

 自分の中ではかなりのむちゃぶりだったのだが。

「あー、でもこの仕事ですと、少し勤務地が遠くなりますね。

 それでも構いませんか?」

「ネット回線があれば別に」

「あー、それは向こうに確認してみないとですね」


 うーむ。ネットがないとなれば、どうやって余暇を過ごせばいいのだろう。ま、話を聞く限りどうも地方の仕事っぽいし、それはそれでレジャーがあるのかな。渓流下りとか釣りとか、サーフィンとか。新しく趣味を始めるのもいいかもしれない。

 そんな風に思って俺は、

「んじゃその仕事がいいです! 今すぐ就きます」

「えーっとですね、先方の都合で契約書にサインしてもらわないといけないんですが」

「書きます今すぐ」

 俺はこんな時(今より条件がいい仕事が見つかったとき)のためにいつでもハンコを準備しているのである。そして、雇用契約書と書かれた紙にろくに目をとおさず捺印と署名をした。


「これで契約成立ですね」

「え? 面接とかってないんですか」

「向こうも人手不足みたいでね。すぐさま人を寄越して欲しいと言われているんです。

 ま、はじめは研修期間みたいなものらしいので、その間に審査されるんじゃないでしょうか」

 うむ。少しブラック企業の気配を俺は敏感に察したが、少なくとも現職にとどまるよりはいいだろう。今は前に踏み出すべき時だ。そんな風に俺は自分を鼓舞した。


 そしてハゲた職員……いや、俺に天職を進めてくれたのだからもはや外見的特徴を貶めることはすまい。頭部がお輝きになる職員はにっこりと笑みを浮かべ、それはまるで菩薩のようでもあり、







「それでは、サイーゴの村の村人Aになってもらいます」


 と俺に告げた。

 何それどこそれ?

 グンマーにあるの?


 俺の疑問など、誰が答えてくれるわけもなく。

 俺の首肯とともに俺の全身は発光に包まれて――。

 気がつけば俺は異世界そこに居たってわけさ。



 俺は洋服ではなく、ごく簡素な布地を着た青年に話しかけてみることにする。

「あの、すいません」

「ここはサイーゴの村です」

「ええと、ああ、はい。その……、村の名前は分かったんですが」

「ここはサイーゴの村です」

「ここって日本? じゃないですよね」

「ここはサイーゴの村です」

「服装も違うし、俺の知らない町? 村?だし。異世界っていうんですか?

 そのへんの話を詳しく教えて欲しいんですけど」

「ここはサイーゴの村です」


 ……彼は何べんも同じ言葉を繰り返すだけである。

 するとふと「かっ」と目を見開いて、

「ああ! あなたはあれですか! 転移者の方でしたか!」

 と、妙にフランクな口調で話し始めた。

「てんい……、ここが異世界なのならばそうなのでしょうね」

「そうです。ここは非実にして非ざる場所。つまりあなた方が住んでいた世界とは時空が異なる世界なのです。最近いろいろな方がやってらしては、みな一様に戸惑っておられますが。……一部ではチート能力を手に入れたりハーレムを築いたり、自分勝手になさる方も散見されます。もしやと思いますが、あなたも?」

 俺もそいつらと同族なのか、と問いたいのだろう。

 それを直接言葉にしないあたりに、この青年の優しい性格を感じる。

 俺は大げさに首を振り、

「そんな奴らと一緒にしてもらっちゃ困る。俺は世界を救いに来たわけでも、異世界で無双しにきたわけでも、ハーレムを作りにきたわけでもないんです。職を探しにきたんです。完全週休二日制。年間休日120日以上。手取りは年齢ぐらい。夏冬のボーナスが支給され、有給も好きなタイミングで取り放題。そんな職場を」

「仕事ですか」

 俺が一息に要求を告げると、青年はアゴに手をあて何事かを考える。

 そりゃそうだ。俺の告げた就労条件は大分厳しい。大企業、それも寝てるだけで金が入ってくるような超越ホワイトな会社ならともかく、こんな辺境の村にそんな産業もあるとも思えないし。おそらく人のいい青年は何と断るか、その言葉を探しているのだろう。だから俺は先んじて、

「ははは、あるわけないですよね。そんなバカみたいな職場――」

「ありますよ」

「って……ええ!? うそでしょ。

 こんなど田舎の村に?」

 ……いやしかし、考えてみろ。辺境の村ならではの資源があるのかもしれない。たとえばダイヤモンドなどの貴金属。あるいはエネルギーにつかえる石油や石炭など。そう思えば、見かけによらず町が裕福なのもうなずける。

「田舎、って……まあ、間違いではないですけどね」

 青年は苦笑してぐるりと村を一望する。

「さしたる資源もない。鉱物が取れるわけでもない。それでも転移者のあなた……」

「杉 洋一です」

「スギ―さんですか。スギ―さんの言う職業があります。

 村人です」

「村人ぉ?????」

「はい。この村に移住していただき、PCプレイヤーキャラクターに話しかけられたら、あらかじめ渡された台本の台詞をしゃべる。無論それ以外の時間は何をしていても構いませんし、仕事も暗くなったら終わりです。土日もももちろん休み。スギ―さんの要望に合致していませんか?」

 青年は不安げに顔を曇らせるが。

 俺は一も二もなくその話に飛びつこうと思った。


 が。


 しかし、である。

 世の中そんなうまい話ばかり転がってるはずがない。

 そもそもよく考えてみろ? ろくな産業もないこの村で、ただ村人として暮らすだけで金がもらえる? いったいその金の出どころはどこなんだ? 村ぐるみで巨悪とつながってたり、後ろ暗い人身売買でもやってんじゃねえだろうなぁ。


「ありがたい話ですが、ありえないでしょ。どこから金がもらえるんですか」

「国からです。この村に住む住民には全て莫大な「危険手当」がつきます」

 ほらみろ、やっぱりうまい話には裏があった。

「危険??? 何が危険なんです。モンスターがでるってんですか。それを自分たちで退治しろとか」

「当たるとも遠からず。村の中に入ってくる魔物は門番役のNPCがある程度退治してくれてますけどね。このサイーゴの村は勇者たちが一番最後に訪れる村。魔王城の一番近く。つまり、『この世界で一番危険な村』として国に認知されてるわけです。でもそうすると誰も人が住まなくなるでしょう。現に一時期過疎化がひどく、廃村の動きもありました。けどね、この村がないと勇者たちが困ると言うのです。絶炎の洞窟をくぐり、魔王城へといたる道の途中に、この村がないと補給ができないという、そうわけでして。

 そこで国王がお触れを出しまして。内容が、この村に住む代わりに莫大な補償金を出す、ということだったのです」

「それが俺がさっき言った条件……?」


 ま、そりゃそうだよな。

 世の中そうそう、うまい話なんて転がっていない。命を賭けるか学歴か。ここでは命と引き換えに遊んで暮らせる生活を手に入れられるわけだ。

 さて、どうしたものか。

 ここで遊んで暮らすか。

 それとも元の世界に戻り、社畜となりゾンビとして延々と生き続けるか。


 答えはすぐに出なかった。

 たしかにこの村で暮らすことには魅力がある。ネット回線もないしゲームも売ってないかもしれないが、代わりに自由な時間と溢れんばかりの自然がある。あこがれのスローライフを送れるかもしれない。……しかし、すぐ死ぬかもしれないのだ。


「少し考えさせてください」

 俺が答えると、青年は苦笑して、顔を曇らせた。

「そうですね。自分の命の危険と聞いて、恐ろしくなりますよね。

 私の名前はマロン。

もし何か分からないことがあったら来てください。

 それに仮に御心変わりがあれば」


 サンキュー、と俺は手を振り、その青年に背を向ける。


 ま、答えを出すより先にしなければならないことがある。

 何って? そりゃ情報収集だよ。

 俺が生き延びれる確率。この村が襲われる確率。モンスターとやらがどのくらい強いのか。魔王城はこの村を敵視してるのか。この村はどの程度「守護まもられて」いるのか。いろんな要素を調べ尽くしてからでも結論出すのは遅くないだろう。……こっちにいる間社畜での世界の時間がどう過ぎているのかは多少気になったが、まあ気にしても仕方がない。


 そうだ、情報収集をしよう。

 となれば酒場だな。

 というわけで、俺の足は自然と酒場の方へと向かったのである。


 酒場へむかう道すがら、俺は村の外を観察してみる。すぐ周りには鬱蒼とした森。入口には全身鎧を着込んだ屈強そうな門番が2人。その先は、赤く燃え盛る洞窟へと続いている。一方で、村の出口ともいうべき村の裏通りのほうには、一本道が続きその先は再び迷路のように屈曲し、遠目に魔王城らしき場所へと続いているように見えた。

 ……本当に、魔王城があったんだ。

 俺の実感とはよそにその実在を目の前に突き付けられると、信じる他ない。まだあまり異世界にきたことを受け入れきれずにいた俺だけだったが。

 と、そんな風に視線を動かしていると。

 出口のあたりで誰かが倒れているのが見える。

 俺は周囲の様子をうかがうが、誰もそっちには気づいてないようだった。

 ……俺が直接行くのか? 嫌だな。そんな偽善者じみた行動はとりたくない。さきほどのマロンとかいう男を探したが、さすがモブキャラ、村に紛れてしまえばどこにいるのか分からなくなってしまっている。勇者にとってはモブでも、俺にとっては主要キャラだったのだが……まあ、それはいい。問題は俺が厄介ごとを抱えるという選択肢しかなくなってしまったわけだ。

 しかたなしに俺はその人が倒れている場所まで近づいてみる。

 ただの行き倒れかもしれないし、もしかしたら質の悪い盗賊や物乞いであるかもしれない。この世界の通貨を、よく考えれば持って居なかったが、だからと言って犯罪者とかかわりたいわけでもない。妙に現実的な日和見主義が首をもたげる。

 倒れているのは、人のようだった。薄い緑色の甲冑を見にまとい、いったいどこから、何から逃げ出してきたのだろう、身体を引きずりこの村へとやってきた「跡」が、村の道路に刻まれている。俺の目の前でその人は「助けて、誰か」とうわごとのように繰り返し、匍匐前進を繰り返し――、しかしもはやその力もでないのだろう、むなしく宙を切るだけだった。

 そいつ……その女は緑の髪に、緑の光彩という見慣れない外見をしていた。幼ささえ残すその容貌。こんな年齢のやつでも戦わなきゃならないなんて、この世界の法律はどうなっている?

 とかそんなことを考える前に。

 俺は助けることに決めた。

 この女が悪者だったとしたら仕方ない。放って置く方がもっと後味が悪い――。


「おい、大丈夫か。しっかりしろ。ここはサイーゴの村だ。休憩所まですぐだ」

 女が顔を上げて、

 ……その視線と触れ合った瞬間、俺の鼓動が早鐘をうつように早まった。

 それはぞくりとするほど女が美貌に溢れていたから。……いいや、それだけか? その顔に……。

 いや、今はそんなことより助けるのが先決だ!

 俺は女の顔をずっと見ていたいという衝動を抑えて、言葉を紡ぎ続ける。

「もっと村の奥まで行けば、一応曲がりなりにも門番は居る。

 大抵のモンスターなら防いでくれるはずだ。村の中まで手を貸すぜ」

 言って俺は女の身体を持ち上げる。

 ……?

 こいつ本当に飯食ってるのか。鳥ガラのような重さだぞ。それにどちらかというと、甲冑の重みを感じるだけで。


「だ、ダメです! 私に触れちゃ!

 敵出現率(エンカウント率)が跳ね上がります!」

俺が女を背負いあげたとたん、女は悲痛な叫びをあげる。


 敵出現率?


 その意味を悟る前に。

 その事実は大きな羽音ともに俺の目の前に現れたのだった。



 ばっさばっさばっさ。


 どこからともなくやってきたのは、人間と同じくらい――いや人間以上の体躯がある大ガラスだ。カラスはずっとこの女が獲物に的を絞っていたらしい。それを横取りした俺を、するどい目つきでにらみつけ――、


「逃げてください! 戦闘レベルのないあなたでは、戦うだけで焼石に水です!」

「そんなこと言われても」

 急にはとまれない俺である。足は自然と女の方へ向き、その身体を背負い、その場を脱出しようとする。自然と体が動いたのだ。

「けが人を置いていけるか!」

「大変ありがたいのですが、……その。

 私に触れてしまうと、ターゲッティングされ、敵に捕捉されてしまいますよ?

 それもあって、置いて逃げて、誰かを呼びに行って欲しかったのですが。

 少なくともそちらのほうが生存率は高かった」

 はあああああ?

 つまり俺の選択はミスチョイスだってか。

 けどそんなこといまさら考えたって仕方ない。敵の獰猛な視線がこちらを向いている。今はとにかくどうにかして、この場を切り抜けねばならないのだ。

「怪鳥クロウラーと呼ばれているモンスターです。

 この辺ではありふれているのですが、少し不覚を取ってしまいました」

「分かったから、もう黙っててくれ」

 そうじゃなきゃ集中できない。

 俺は視線のフェイントでモンスターの怒りの矛先を変えられないかチャレンジしてみる。……けれど無駄なようだ。いや、かえって以前より怒りを増しているようにも思えるぞ。


 まさに絶体絶命。

 女を置いて逃げるか。

 そうすれば俺を見逃してくれるだろうか?

 いや、ありえまい。

 一撃で女にとどめをさし、返す刀で俺に襲い掛かる。そしてそれは一瞬の間に行われる。俺がじたばたあがこうとしてもきっと無駄なのだ。




 ………ック。


 ……スフィア。



「ん?」



 その時、天啓とも呼ぶべき声が俺の頭の中で響いていることに気づいた。

 まるで少女のような軽やかな、それでいて歌っているかのような声だ。



 その声はか細く、けれど芯の通った凛々しい声で、「バックスフィア(黒炎魔法)を使いなさい」と俺にささやきかけてくる。



 俺に魔法が使えるのか?

 それは攻撃魔法なのか。果たしてどれくらいの威力を持つのか。なぜそんなことになったのか。

 胸のうちから湧き出てくる疑問は一切解消されずに、どんどん窮地に追い詰められていく俺たち。

 だから俺は。

 藁にも縋る気持ちで。



「黒龍の咆哮よ、闇を切り裂け! 召雷バックスフィア!」


 と、頭の中に浮かんできたキーワードを叫んだ。



 次の瞬間だった。



 バヂヂヂイイイイイイイイイイイイイイイ。




 と目にも見えぬ速さで雷雲が集積、一瞬の後に黒い落雷が目の前のモンスターを襲った。そして黒い落雷が直撃したモンスターは、一瞬で黒焦げとなったのだった。


「……やった、……のか?」

「今のは群れの一部です。……はやく村の中(フィールド外領域)に」


 俺にそう言って、女はがっくりと頭を落とす。死んだのだろうか? いや、そんなはずはないと思いたい。きっと気が抜けただけなのだろう。とにもかくにも、俺は女を背負ってえっちらおっちら村の中へと急いで戻ることになったのである。



 そして俺は女を村の宿屋に預け。俺に手持ちはなかったが、女の顔を見て、主人が「ああ」と納得した顔をしたから、きっと知り合いなのだろう。金のことはうまくやってくれたようだった。

 そしてベッドに寝かせ、寝息が穏やかになったのを確認すると。



 どんどんドン、と部屋にその場にふさわしくない、やかましいノックの音が聞こえた。



「……うるせえな誰だよ」

「僕です。マロンです! やりましたね!」

 さきほどあったばかりの青年であった。彼は少し興奮した面持ちで、俺に握手すら求めてくる勢いである。適当に差し出された右手を握ってやる。こっちにさしたる感慨もないが。

「やった? モンスターを倒したってんなら、たまたまだし、この女の命が助かったのは行幸だけど……」

「モンスター? ええ、そんなことはどうでもいいんです。

 つまり、こういうことです。『この村への住民登録が完了しました』ということです!」

「はああああああああああああああ?

 いつの間に? 俺言ったよな。考えさせてくれって。この女がモンスターに襲われているの見て、どっちかといえば帰る方向に心は傾きかけてるんだけど」

「けれど住民登録は済んでしまいました。スギ―さん、魔法使いましたよね。

 黒炎系統の極大魔法です。スギ―さんのNPCとしての役割はこの村の中を神出鬼没に出現して、運よく出会えた勇者に、大金と引き換えに極大魔法を教えることだったのです!

 むろん中には、スギ―さんを素通りしていく勇者も何人か居るでしょうが……。そんなことは関係ないです。とにかく、スギ―さんは魔法を使ってしまった。そしたらやる気ありと評価され、自動的に住民登録が済まされたわけなんです。ま、もともと危険な村ですし、スギ―さんの役割も危険ですからね。極大魔法を持って居るという理由でモンスターに狙われたりすることもあるわけですし。誰もなりたがってなかったんですよ

「その誰もなりたがってなかった職業を、俺に押し付けるってのか」

「押し付ける――人聞きの悪い。

 週休完全二日。年間休日120日以上。手取りは年齢とほぼ同額で、有休も好きなときに使いたい放題。スギ―さんの望み通りじゃないですか!」



 と最後までまくし立てて、マロンはにこやかに部屋を去っていった。

 はああ。


 と俺はがっくりとうなだれて。

 そうだよな、そんなうまい話、そうそう転がってるわけ、なかったんだよな、と自分自身に落胆して方を落とす。そして雇用契約書をしっかりと確認しなかった自分のうかつさにも。

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