第44話 千客万来の村めぐり

砦からしばらく進んだあたりに村があった。

「ちょっと休憩していくか。商人が村を素通りというのも変だからな」

「賛成!」

オーレルの提案に、ヒカリはもろ手を挙げて賛成した。

 なにせ、さっきからずっとお尻が痛いのだ。

 ちょっとだけでもいいから、揺れない場所で休みたい。

 村の中は石畳ではないむき出しの土の道で、家屋よりも畑が、住人よりも牛や鶏が多い、典型的な田舎の村だった。

「おぉ、スローライフってカンジ」

御者台でキョロキョロするヒカリを余所に、オーレルは荷馬車をゆっくりと走らせる。


 すると農作業姿で休憩中のおじいさんが話しかけてきた。

「旅人さんかい? 最近見なかったから珍しいなぁ」

これに、オーレルが荷馬車を停めて応じた。

「この辺りは、のどかでいいところですね」

オーレルの言葉に、おじいさんが笑顔になる。

「ああ、そうだろう? お隣の国と戦わなくなって兵隊さんがウロウロしないから、畑が馬に荒らされることもなくなったしよぉ」

そう語るおじいさんに、ヒカリはオーレルと顔を見合わせる。

 ――戦わなくなって、かぁ。

 このあたりの地域では、未だ両国は休戦中なのだ。


 沈黙したヒカリたちに、おじいさんが聞いてきた。

「旅人さんは、なんぞ珍しいもんでも持っていないのかい? ずっと旅人が通らないんで、娯楽がなくてなぁ」

おじいさんが言うには、旅人の話や王都の流行品を見せてもらうことが以前は楽しみだったが、その機会が最近とんとないそうだ。

 村の外との交流が途絶えているとは、確かに退屈で仕方ないだろう。

「薬は? 辺境だと薬って高いんじゃない?」

オーレルの脇からひょこっと顔を出したヒカリに、気付いていなかった老人が目を丸くした。

「おんやまぁ、子供を連れとったのかい」

「子供違う、ちゃんと成人女性!」

すかさず訂正を入れるヒカリである。


 結果を言えば、薬は村人に重宝された。

 王都からの行商人が通らなくなったので、薬の買い置きがどの家でも切れかけていたという。

「村に医者なんていないからねぇ、薬が頼りなんだよ」

胸に持病のあるおばあさんが、有り難そうに薬の入った袋を抱いてそう告げる。

「そりゃ困るよね」

平和そうな村にも重要な問題が起きていることに、ヒカリは眉をひそめた。


 村では薬代として、お金の他に肉や野菜と物々交換してくれた。

「これ、もらっていいの?」

冬を越したばかりで食糧が厳しいだろうと聞いていただけに、食糧を貰うのをためらうヒカリに、村人たちは笑った。

「肉はこれから狩ればいいし、野菜だって春に採れるものがもうじき実る。けど薬は待っていても手に入らないかもしれないから、優先するのさ」

どうやらこの辺りでは獣が普通に出るらしい。

 それにいつもの行商人の薬より、ヒカリの薬は数段安いそうだ。


「そういうことなら、有り難く頂いて行こう」

オーレルがそう言って受け取った肉と野菜を荷台に積む。

「ぜひ、帰り道も寄ってくだされ」

そう言って見送る村人に手を振りつつ、ヒカリたちは出立した。

 その後他の村に寄っても、同じように薬が有り難がられた。

 本当に王都からの流通が止まっているらしい。

 けれど旅人や行商人が通らないのを、不便だとしか考えていない村人たちの様子に、ヒカリは首を捻る。

「皆、おかしいなとか思わないの?」

村から遠ざかりながらのヒカリの疑問に、オーレルは肩を竦める。


「この道はヴァリエの本街道ではないから、元々通行量がさほどではなかったのだろう」

ヒカリたちは近道なのでこの道を通っているが、観光目的ならもっと大回りして、大きな街を通るらしい。

 ヴァリエの本街道は、ユグルドの反対隣にある国との街道が主であるという。

「長年敵国である国との境に住みたがる奴は、そうそういない」

敵国との境は寂れ、友好国との境は栄えるというわけだ。

 だから村人たちは旅人が通らなくなっても、本街道の方に魅力的な場所ができたのだろうと納得してしまうのではないかと、オーレルは語る。

「なるほど、戦争のせいかぁ」

もう遠くになった村を見ながら、ヒカリは呟く。

 戦争とは、生活どころか街作りにも影響を与えるものらしい。


 それにしても、どの村でも隣国ユグルドとの戦争の話が聞こえてこない。

 人が通らなくなったこと以外は、平和そのものだという。

 休戦状態を破ってゾンビ軍団で戦争を仕掛けて来た国の住人が、戦争していることを知らないなんてあるだろうか。

 ――でもゾンビはヴァリエから来たのよね。

 あのゾンビ軍団をけしかけたのは一体何者だというのか、ますます謎である。


そろそろ日が傾いてきた時刻、オーレルが走らせる荷馬車の荷台で、ヒカリは薬の在庫を確かめ、「うーん」と唸る。

「薬がなくなりそうだから、どこかで作らなきゃ」

幸い道中に薬草がちらほらと生えているので、それを採れば追加の薬は作れるだろう。

 ――休憩の時に探しに行くか。

 それに今のところ売ったのは普通の薬のみで、魔女の薬には手を付けていない。

 魔力不足に陥っている人はいないようなので、この辺りには魔力の道の逆流の影響がないのだろう。

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