第43話 国境砦はのんき者
そして翌日。
「起きろヒカリ、そろそろ行くぞ」
「……むぅ」
オーレルに起こされたヒカリは眠い目を擦る。
寝たことは寝たが、荷台の床の上という慣れない場所で熟睡とはいかなかった。
――私って案外繊細だな。
ふかふかの布団での睡眠に慣れてしまったら、硬い床の寝床には戻れないということか。
そんな目をしょぼしょぼさせたヒカリと、見張りをしていて睡眠時間が短かったはずなのにシャッキリしているオーレルは、夜明けと共に出立した。
ヴァリエ側の国境の砦に着いたのは、空が明るくなった頃だった。
こっち側の国境は街ではなく、武骨な砦と門があるだけだ。
その門に、オーレルの操る荷馬車が入っていく。
「おはようございます」
オーレルが荷馬車を停めて御者台から降りて、門を守る兵士に挨拶する。
「ずいぶんと早いな」
「ええ、客に荷の到着を少々急かされていまして。開門時間に合わせて参りました」
朝早くなのを訝しむ兵士に、オーレルはにこやかに答える。
ヒカリは荷台の中で待機だ。
兵士はオーレルの説明を特に疑うことをせず、身分証を確かめて返すと、「これは忠告だが」と前置きして告げた。
「どこへ用があるか知らんが、王都方面に行くなら注意した方がいい」
――なによそれ?
もしやなにか疑われたのかと、ヒカリは荷台からこっそりと顔を出して聞き耳を立てる。
「何故です? 王都と言えば最も国で栄えている場所でしょう?」
いきなりそんなことを言う兵士に、オーレルが芝居ではなく本当に驚いていたが、兵士はしかめ面で首を振った。
「それが連絡がつかんので、今どんな状況なのかわからんのだ。様子を見に向かわせた奴も帰って来ないから、肝心の王都の状況がさっぱりだ」
兵士はそう言って肩を竦める。
これ以上人員を減らせないことから、王都の事情が分からないままに国境を守っているという。
「いつかは河の向こう岸に急にでっかい壁ができるし、近々天変地異でも起こるのかもな」
兵士は冗談のようで冗談になっていない口調で、そう言って笑った。
この話を聞いていたヒカリは、呆れてしまう。
――ちょっとこの国、大丈夫なの?
情報通信の発達した世界に育ったヒカリには、連絡が取れないなんて深刻な状況に思えるのだが。
国境と国の中央が連絡が取れないのは、あってはならないことではないのか。
もし隣国に攻め込まれたら、情報もなしにどうやって対策をたてるのだろう。
サリアの街の非常事態体勢に比べて、平和ボケにも程がある。
ヒカリと違って兵士に相対していたオーレルは毒づくわけにいかず、苦笑してみせる。
「ですが、こちらも約束があるもので。行かないわけにはいきません」
「まあ、せいぜい気ぃ付けろよ」
そんな気のない声に送られ、ヒカリたちは隣国入りを果たしたのだった。
国境砦が後方の景色に消えゆく頃、ヒカリは御者席に顔を出す。
「なんかあそこ、戦争中ってカンジがしなかったんだけど」
あの門番は親切だった。とてもあのゾンビ軍団をけしかけたとは思えない。
「同感だ。普通ならヴァリエ側の国境付近もピリピリしているものだと思うんだが」
事実、サリアの街は非常事態体勢で生活しているというのに、それに比べればなんとも呑気な砦だった。
休戦状態とはいえ、敵国から来た旅人をろくな取り調べもせずに通すのだから。
「ねえ、さっきの話どう思う?」
尋ねるヒカリに、オーレルは渋い顔をした。
「国境という最前線が王都と連絡が取れていないなど、緊急事態もいいところだ」
連絡が取れないということは、政変が起きている可能性が高いので、味方が砦を攻めてくることだってあり得る。
サリアの街なら、騎士と兵士総出で警戒と情報収集に当たる事態だという。
なのにあれほど呑気にしている理由とは。
「この国は休戦以来本当に平和だった、ということか」
戦争をしなくなって数年が経つ。
オーレルが言うにはこの時間は短いようだが、兵士の警戒心を薄れさせるには十分だそうだ。
「事実、我々側の兵士の質も落ちてきているからな」
「そうなんだぁ」
時代の移り変わりとは、そんなものかもしれない。
日本でだって、十年も経ては時代が変わる。
それはこの世界だって同じことで、休戦後に生まれた子供はまさに、戦争を知らない子供たちなのだ。
「それでも、あの兵士一人の話を鵜呑みにはできない。他にも普通の一般人の話も聞いてみたいところだな」
唸るオーレルに、ヒカリも相槌を打つ。
「そーねー、兵士だと情報統制っていうのもあるかもだし」
これに、オーレルは先程兵士の話を聞いたよりも驚いた顔をした。
「……ヒカリお前、難しい言葉を知っているんだな」
「失礼! オーレル今すっごい失礼!」
ヒカリは頬を膨らませてオーレルを杖で突いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます