第34話 迫り来るもの

そんなことをしているうちに、村の若者たちが世話をしているという畑に到着した。

「お、結構広いじゃない」

畑の作物は生き生きと育っていた。

 あの薬草の群生地も、本来ならばこういう姿だったのだろう。

 国境線代わりになっている河のある方面に、風よけのための背の高い木が並んで植わっているため、見晴らしがいいとは言えない。

 オーレルと三人組が手分けをして、怪しいものがないかの捜索をしたのだが。


「なにも見当たらないな」

「……ちっ、無駄足かよ」

オーレル達が畑に戻ってきて、三人組の一人が悪態をついた、その時。

 オオオォ……

 ――うん? なんだ?

 ふいに聞こえたその音を、ヒカリは最初、風が木の葉を揺らす音かと思った。

 オオオォ……

 だが違う。

 これは音というより、声ではないだろうか。


「ねえオーレル、なんか音がしない?」

「音だと?」

気付かなかったらしいオーレルも、耳を澄ませる。

 オオオォ……

「そういえば、風に乗って不気味な音が聞こえるような」

不審者が目撃された場所での不審な音なんて、あからさまに怪し過ぎる。

「お前、木に登って周辺の確認をしろ。魔獣かもしれない」

オーレルに指示された三人組の一人が、スルスルと木に登ってく。

 ――猿みたい。

 騎士は木登りの練習もするのだろうか。

 ヒカリが素晴らしい登りっぷりに感心していると。


「なにかがこっちに来てる!」

木の上からそんな声が降ってきた。

「報告は具体的にしろ」

曖昧な言い方にオーレルが眉を寄せる。

「それが、人っぽいが、なにかだ!」

だが、またもや曖昧な報告がなされる。

 ――人っぽいなにかって、人間じゃないってこと?

 要領を得ない報告に、ヒカリはオーレルと目を見合わせる。

「降りろ、俺が見る」

らちが明かないと思ったのか、木からその騎士を降ろしてオーレルが登る。


「どーおー?」

「……なんだあれは」

ヒカリが声をかけてみるが、オーレルは木の上で絶句している。

 ――だからなにが来てるの!?

 ヒカリは自分の目でも確認したくて、手に持つ杖を背負って木の下でぴょんぴょん飛び跳ねるが、一向に登れず。

「なにしてんだ、アンタ」

見かねた三人組に押し上げられつつオーレルに引っ張り上げられ、ようやく遠くを見渡せる枝にたどり着く。


 そこで視界に入ったのは、ヴァリエ側から河をノロノロと越えて来る人の群れ。

「見て見ろ」

オーレルから双眼鏡を渡されたので、それを使って人の群れを見てみる。

「うわぁ、なにあれ……」

虚ろな顔をしてボロボロの服を着た人たちが、ヨロヨロとした動きで河を渡っている。

 誰かが足を滑らせてしまっても、助けるどころか踏みつけて進んでくる。

 その動きは統率がとれているというにはほど遠く、しかし真っ直ぐにこちらに向かっていた。

 ――不気味、キモい、意味不明!

 鳥肌を立てるヒカリは以前、師匠に聞いたことがある。


『ゴーレムみたいな、代わりにやってくれる魔法ってないの?』

魔法を使えば便利とはいえ、野菜の収穫から肉の確保まで、なんでも自力でしなければならない。

 便利なものに囲まれた現代っ子には過酷な毎日に、ヒカリはどうにか楽ができないのかと思ったのだ。

 このヒカリの質問に、師匠は苦笑した。

『ゴーレムについて研究した奴はいたけど、アレはそれほど頭が良くないよ。野菜の収穫をさせても、全部潰されるのがオチさ。それにべらぼうに魔力を使うから、コストがかかる』

とても日常で使える代物ではないという。

『なぁんだ、上手い話はないのか』

がっかりするヒカリに、師匠がニヤリと笑った。

『コストが安いので言うなら、人間を使うことだね。人間の死体を使う方法は、案外うまくいったとか』

『それはパス! まんまゾンビじゃんか!』

ホラー映画が苦手なヒカリとしては、全力で拒否したいところだ。


 そして現在、河を越えようとしているのは。

 ――アレどう見たって、ゾンビじゃない?

 そう、ゾンビ軍団が侵攻してきているのだ。

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