第33話 ようやく調査開始

それからしばらくすると、畑仕事が終わったらしい若者たちが戻ってきた。

 彼らは村に騎士がいることと、村人たちに薬が処方されていることに驚く。

「あの、うちの村でなにかあったのですか?」

若者たちを代表して一人の男性がオーレルに近付いて来た。

「俺たちは不審者を見たという情報を受けて、調査に来た」

「なるほど、それで砦から来られたですか」

村に騎士がいる理由は理解できたのだろう彼の線が、次にヒカリに向く。

 とんがり帽子で怪しい杖を持つヒカリを、とてつもなく怪しんでいる。

「あ、私はミレーヌさんに頼まれて薬を持ってきたの」

ヒカリが告げると、男性はぱあっと表情を明るくした。


「あなたが噂の薬屋でしたか! おかげで助かりました!」

薬を用意したのがヒカリだとわかったとたんに、彼は感激したように手を握ってきて、深々と頭を下げる。

「出稼ぎに出た者たちが薬を送ってくれますが、それでやりくりするのが難しくなってきて、悩んでいたのです」

最近になってよく効く薬が仕送りで届くようになり、そのおかげで薬を優先的に受け取っている働き盛りの若者が回復した。

 だが年長者はもともとあまり薬を飲んでおらず、回復が遅れていたのだという。


「稼ぎの中から薬代を工面してくれている連中に、もっと薬をくれだなんて催促は言えません」

かといってこれ以上村から出稼ぎ者を出したら、畑の世話をする者が足りなくなる。

 まさに村存続の危機に面していたのだという。

「私の両親もすっかり元気になって、本当にありがとうございます。薬代はきっと払いますから」

「あー、それはね……」

「特別に安くしておくから出世払いでいいよ」と言いかけたヒカリを、オーレルが遮る。


「砦からの予算で薬を出しているので、代金の心配は不要だ」

 ――それ、初耳なんだけど。

 目を丸くして見上げるヒカリを、オーレルが「黙っていろ」と言いたげな顔で見下ろす。

「早く回復して仕事に精を出すのが、一番の感謝の表し方だと思うが?」

「……ありがとうございます」

オーレルの言葉に男性はクシャリと顔を歪め、再度深々と頭を下げた。


 薬問題が解決したところで、男性が本題の不審者について語ってくれた。

「畑仕事をしていて、河の方向に不審な影を数回見ました」

畑のあるあたりは旅人が通るような場所ではないため、村人以外がいることを訝しんで砦に知らせたのだという。

「わかった、早速見に行こう」

オーレルは完全に日が落ちて暗くなる前に確認したいらしく、すぐに移動しようとする。

「はいはい!」

それにヒカリが手を挙げる。

「私も一緒に行っていい? 畑の場所を見てみたいんだけど」

ヒカリの懇願に、オーレルは少し考える素振りを見せる。


「邪魔をしないのなら、勝手にするといい。そこの三名も同行しろ」

オーレルがヒカリに許可を出すと、近くに待機している騎士に声をかける。

「……了解」

オーレルに呼ばれた三人が、不満そうな顔をしつつも頷いた。

 ヒカリは足早に歩くオーレルについていくために小走りになりながら、一緒に行く三人組に視線を向ける。

 ――あれって確か、第一隊だって言ってた人たちか。

 そんなヒカリを、彼らは胡散臭そうな顔で見返す。


「なんで田舎者の助けを、俺らがするんだよ」

「奴の女の使い走りなんざ、冗談じゃないぜ」

「戦うために来たんだぞ」

そんな愚痴が聞こえて来る。

 恐らくこちらに聞かせるためにわざと大きな声で言っているのだろう。

 ――人命救助は仕事じゃないって?

 ヒカリがムッとしているのに気付いたのだろう。

 隣を歩くオーレルが少し速度を緩め、ポンと頭に手を置いてきた。

「奴らの言うことを一々気にするな」

オーレルがそう言って苦笑するものの、あの三人は同行している他の騎士らに溶け込もうとせず、隙あらばオーレルを馬鹿にしようとするため、明らかに浮いている。


「あの第一隊の連中、なんで来たの?」

気心の知れた仲間で固めた方が動きやすいだろうに、彼らはハッキリ言って厄介者だ。

 首を傾げるヒカリに、オーレルが肩を竦める。

「これが敵国の侵入な場合、第二隊に先陣を切らせるわけにはいかないんだとさ」

『第二隊の主な仕事は街の雑用で、本格的な戦闘は第一隊に任せられるべきだ』

第一隊の隊長がこう発言して、三人をねじ込んで来たらしい。

 だったら第一隊で全部調べろと言いたいが、もし空振った時の雑用はしたくないという、ちょっと歪んだエリート意識があるようで。

 ――すっごい面倒臭い連中ね。

 第一隊の騎士たちはきっと友達が少ないに違いない、とヒカリは確信する。


 草に足をとられてこければいいのに、とヒカリが三人組に呪詛めいた視線を送っていると。

「お前はずっと、ヴァリエ方面のことを気にしているな」

オーレルが突然話を振ってきた。

 ――急になに?

 突然の話題転換にヒカリはドキリと胸を鳴らしつつ、下手なことを言わないように口をつぐむ。

 だがオーレルはそれに構わず、話を続ける。

「あの国では最近、新王の命令で大規模な軍事実験をしているという噂がある」

軍事実験と聞いてヒカリに思い浮かぶのは、日本でたまにニュースで見るミサイル開発という類のものしかない。


 ――この世界の軍事実験って、どんなのよ?

 魔法の廃れたこの世界で、強力な武器とはなんだろう。

 剣が主力武器なのでよく切れる剣とか、進歩的でも球がよく跳ぶ大砲くらいだろうか。

「恐らく武器開発をしているのだろうが、軍の上層部が躍起になって情報を集めているところだ」

オーレルもヒカリと大して変わらない考えのようで、そんなことを言う。

「新しい王様は戦争を再開する気満々ってことか。でも、どうしてそんな話を私にするのよ」

「別に、ただ耳に入れておこうと思ったまでだ」

「ふぅん……」

興味のない素振りを見せながら、ヒカリは考える。


 魔力の道は明らかに、ヴァリエ方面に向かって逆流している。

 これと軍事実験は、関係あるのだろうか。

 流れゆく思考を、しかしヒカリは止める。

 ――魔法を知らない人が、魔力の道になにができるっていうのさ。

 だが無関係とも判断し辛い。考えれば考える程ドツボにハマっていくようで、ヒカリは頭を悩ませる。

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