第31話 村の異変

「大丈夫ですか!?」

ヒカリは柵を乗り越えて慌てて駆け寄り、男性を起こす。

「……うぅ」

男性は五十代くらいの年齢で、やはり生気のない様子で浅い呼吸を繰り返している。

 ヒカリはその腕を取り、魔力の流れを調べる。

 ――この人、魔力が感じられない。


「ねえおじさん、薬は飲んでいないの!? ミレーヌさんが送ってたでしょう!?」

怒鳴るように尋ねるヒカリに、男性が囁くように答えた。

「あれは、全て、子供たちに……」

ミレーヌの心配が当たってしまった。

 薬は全く足りていなかったのだ。

 ヒカリは急いで荷物から薬瓶を出すと、中身を少量器に取る。


「おじさん、これ飲んで」

「金が……」

「そんなのはいいから、早く飲む!」

余計な問答がまどろっこしくなったヒカリは、強引に口を開けさせて中に薬を入れた。

「……ゲホッ!」

突然入って来た薬にむせた男性だったが、次第に顔色が良くなる。

「なんだこれは……」

男性が薬の効果に驚くが、それは後にしてもらいたい。


「おじさん、ミレーヌさんのお父さん?」

「そうだ、君は娘の知り合いか」

ヒカリの質問に、先程よりもしっかりとした答えが返って来る。

「他の家族は!?」

「妻が、中で寝ている」

ヒカリはそのまま庭から家の中に入って探し当てた寝室で、ミレーヌの母らしき女性が、やはり生気のない様子で横たわっていた。

 微かな呼吸がなければ、死んでいると思っただろう。

「もう大丈夫ですからね!」

先程と同じように薬を飲ませると、ミレーヌの母は目を開けた。

「まあ、苦しくないわ……」

囁くように漏らした彼女に、徐々に頬に赤みがさしてくる。


 ミレーヌの父も母も、ミレーヌよりも症状が深刻だ。

 ――まさか、村中がこうじゃないでしょうね!?

 この時ヒカリの脳裏に、あの枯れた薬草の群生地が浮かんだ。

 動物も植物も魔獣も人も、この世界に生きる全ての生き物は魔力が必要で、魔力なくしては生きられない。

 魔力の道から魔力を吸われ続けた薬草が、生きていけなくて枯れてしまったように。同じく魔力の道の上にあるこの村でも、人が命を枯らそうとしている。

 初めて会ったミレーヌは魔力を淀ませていた。あれは恐らく身体の防衛本能が働き、魔力を奪われまいと固めたのだろう。


「そのまま寝ていてくださいね!」

ヒカリはミレーヌの母にそう言い置いて、荷物から持てるだけの薬瓶を掴んで家を飛び出した。

 向かうのは隣の家だ。

「ごめんくださーい、こんにちはー!」

呼びかけながらガンガンと玄関を叩いても、返答はない。

 留守ならいいが、もしミレーヌの両親のように答えられない状況だとしたら大変だ。

 ――ええぃ、強行突破!

 ヒカリが家の周囲を回って、中に入れる場所を探していると。


「怪しい奴かと思えば、お前か。傍から見てまるで泥棒みたいだぞ」

村を巡回しているらしいオーレルがやって来た。

 なんともいいタイミングで現れたものだ。

「オーレル、村の病人を探すの手伝って!」

「……は?」

突然言われたオーレルが目を丸くするが、悠長に説明する間が惜しい。

「早く! でないと皆本当に死んじゃうじゃないの!」

ヒカリの鬼気迫る勢いに、オーレルが一歩引いた。

「……各家の病人の有無を調べればいいのか?」

こちらの要求に従うらしいオーレルを見て、ヒカリは少し冷静になった。

 ――落ち着け、私。

 一人でやるより、騎士に協力してもらった方がずっと早く病人を診れる。

 それにオーレルはわからずやではない。


「ミレーヌさんが患っている病気が、村中に蔓延しているかもしれない。病人は返事が出来ない状況かもしれないから、一緒に探して欲しいの」

そう言ってヒカリがじっと見つめていると、オーレルは目元を和らげた。

「わかった。情報を集めるにも人がいないので、どうしたのかと思っていたところだ。俺たちもお前に協力しよう」

こうして病人の捜索に騎士が加わることになった。

「よろしくね!」

オーレルにそれだけ言うと、ヒカリはミレーヌ宅の隣家の侵入口探しを再開する。

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