第14話 迷惑な客と押し込み強盗

店の誤解が解けて以来、客が入り出した。

 店の場所が悪いので満員御礼というわけにはいかないが、ヒカリにとっては十分な収入だ。


 ちなみに「魔女の店」という店の名前は変えていない。

 自分は本物の魔女なのに、娼婦たちに遠慮して名乗るのをやめるだなんて、ちょっとおかしいと思う。

 ――「魔女」の本来の意味を、皆に思い出して貰うんだから!

 そしていつか、ヒカリが魔女であることを公表できる日が来ればいい。

 せっかく剣と魔法の世界なのに、魔法が廃れているなんてもったいないではないか。


 けれど、魔法を忘れてしまった世界に合わせて、魔女の薬ではない普通の薬を売ることにした。

 効きすぎる薬は、慣れないと劇薬かもしれないのだ。

 それでも今までの薬に比べて効きがいいと、客に評判になっていく。


 そして更にいいことがあった。

 実は後日、ミレーヌに布団を貰ったのだ。

 娼館で布団はある意味商売道具でもあり、結構頻繁に変えるのだそうで、その際は店に買い取ってもらって中綿をリサイクルするらしい。

 ――道理でゴミ置き場で布団を見かけなかったよ。

 表の生地が傷んでいると言われたが、そのくらい補修すればいいし、使われていた場所が気になるのなら、洗濯すれば問題ない。

 布団が手に入ったので、張り切ってベッドも作った。これで夜にフカフカの布団で寝れるというものだ。


「魔女の店」は順調に客を増やし、おかげでようやく服を買うことができた。

 これでモコモコローブとはしばしサヨナラだ。

 ――さすがに暑かったからね。

 服が手に入ると、街中でヒカリが浮くことが無くなった。やはり全身モコモコは目立つのだ。


 だが店が評判になると、問題も起きるもので。

 ある日、身なりの良い中年の男が店に入って来るなり、ヒカリを怒鳴りつけてきた。

「きさまが店主か!?」

「そうだけど、いきなりなに?」

最近は普通の客が続いていたので、ヒカリは突然大きな声を出す客に驚く。

「こんな場所で薬を売っているなどあり得ん、どうせ盗品だろうがいい迷惑だ!」

「……はぁ?」

喚く相手の言っている意味がわからない。


 戸惑うヒカリをよそに、中年男はジロジロと店内を見渡す。

「ふん、薬なんてどこにもないではないか! それともこの、井戸水に色を付けただけの代物を、薬だとでも言いたいのか!?」

「……はぁあ!?」

一方的に怒鳴り散らすばかりの中年男に、ヒカリのこめかみにだんだんと皺が寄って来る。

「いいか、すぐに砦に通報して、取り壊してもらうからな! それまでに身の振り方を考えておけ! 儲けを差し出して謝るなら今の内だ!」

「意味わからないことを言ってないでよね! それに砦というなら、ウチの店には騎士のお客さんがいますから!」

オーレルはあの一度だけしか見ないが、他の騎士がちょくちょく来て栄養剤を買っている。


「なっ、騎士だと!?」

「謝るのはどっちかしらね? さあ買い物しないなら帰って!」

驚く中年男にヒカリが掃除用のモップを構えてみせると、相手は渋い顔をして店を出た。

「新手のクレーマーみたいだけど、すっごい迷惑!」

もしや、あの客は薬屋の店主だろうか。

 敵情視察に来たのかもしれないが、あの言いがかりはないだろう。

 憤慨するヒカリだったが、事はこれで終わらなかった。


 ある日、ヒカリが朝から食材を買いに出かけ、戻ったところで目にしたのは、玄関周りをゴミで散らかされた店だった。

「あーもー、また掃除しなきゃ」

がっくりと肩を落としていると、隣の家からジェスが顔を出した。

「また来てたぞ、奴ら」

「……みたいだね」

実は妙なクレーマーが現れて以来、ヒカリの留守中に店に入ろうとする者が現れた。

 いわゆる押し込み強盗である。

 あのクレーマーが関係しているのではと睨んでいるものの、犯人が捕まっていないので定かではない。


 ――騎士が客だと言ったの、マズかったかな。

 街では薬が不足しているとミレーヌが言っていたので、盗んで売れば一儲けできると考えたのか。

 それに店もボロ家をDIYした程度の建物なので、チョロいと思われたのかもしれない。

 ――まーでも、そんな上手くはいかないよーだ!

 ひよっこと言えども魔女の店、泥棒対策は万全だ。

 鍵を壊して入ろうにも魔法の施錠を突破できず、壁を壊そうにも斧が壁を通らない。

 こうして泥棒の侵入を拒んだまではいいのだが、連中はどうあっても侵入できない店を不気味に思い、意趣返しとばかりに玄関にゴミをばら巻いて行くようになった。

 それが今の状態である。


「仕方ない、掃除するかぁ」

毎日掃除は面倒だが、犯人を捕まえられないのだから仕方ない。

 ――捕まえたところで、「こんなところに住んでいるのが悪い!」って逆に言われるわよね。

 なにせこの地区は捨てられた場所。治安面で文句を言う立場ではないのだ。

 ヒカリは諦め気分で掃除を始めると、隣の家の子供たちが手伝ってくれた。

「それにしても、見た目によらず頑丈に作ってあるな」

泥棒が尻尾を巻いて逃げる様に、魔法とは知らないジェスが感心する。

「ふふ、ちょっとした仕掛けをしてあるの」

ヒカリは得意げに鼻を鳴らす。

 そう、これは魔法を使ったのではない、仕掛けなのだ。「人前で魔法を使うな」という師匠の言葉に、上手く言い訳をした結果だった。

 お喋りしながら掃除をしているうちに道の向こうに騎士服姿が見えた。

「ヤバい、砦の見回りだ!」

そう言って子供たちが家の中に隠れる。

 たまに砦から、この地区に潜む犯罪者を探しにやって来るのだ。

 小なりとも後ろ暗いことがある人々は、こうして慌てて隠れてやり過ごす。

 そんな中、一人店の前に立ったままだったヒカリは、目を凝らして騎士を見た。

 ――なんだ、オーレルじゃん。

 ヒカリが唯一知る騎士で、魔女について口論して以来の来店である。

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