愛おしき彼女の愛という守護(2)
慣れとかいうやつは怖いもので、俺達は綺麗になった部屋の中で居心地の悪さを感じている。落ち着かない。自分たちの家なのに。意味がわからん。物が散らかって、あちこちにガタが来ていたあのボロ部屋があんなにも落ち着く場所だとは思わなかった。部屋は同じはずなのに、雰囲気がまるで違う。
今までずっと閉め切っていたカーテンを開けているから異様に明るい。確かにそれもあるだろう。しかしそれ以上に何かが違う。
うまく言い表せないのは多分、あちこちに散らばる小さな違和感が全くまとまりを持たずに、各々が勝手に強い主張をしているからだ。ある違和感に着目しようとしても、すぐそばに転がる別の違和感によって失敗してしまう。要するに目移りする。
零以は蜂蜜を食べている。いつもより量が多い気がする。食べる速度も速い気がする。
最後の皿を洗い終わった依頼人がようやく台所を離れ、並んで座っていた俺達の前に座る。「さて」と一息。
「大体終わりました」と。麻袋の下に隠していた小麦色の肌、パーマがかった黒髪の依頼人は、それはもう爽やかな笑顔を解き放つ。東南アジア系の顔つきだと思ったが、そもそも人種国籍入り交じるこの街において、そういう観察や推測は無意味だった。
家政夫を雇った覚えはない。
「掃除は得意なもんで」
「そういう問題でもないな」怯えきってたあの態度はどうした?
俺達がちょっくら調査に行っている間に何が起こったんだ?
「綺麗好きなの?」零以が訊く。綺麗好きでないのなら、暇だっただけなんだろう。
でもなけりゃ、こんな。
万年床の二枚の布団も外に干されている。干す場所があったらしい。外なんて敵だらけなのだから布団なんて干した日には盗まれるか汚されるか破られるか穴だらけになるかだ。今のところ、別状はないようだからいいけど。カーテンを開けておけば、外の敵にもすぐ気づけるんだろうか?
「もともと掃除人やってたんですよ」依頼人は言う。「深夜に建物を掃除するんです。あれはあれで楽しかった」そして、「ただ、」と口にしたっきり静かになった。
大方予想はつく。その掃除の最中に姿を見たのだろう。
「あの写真の人間を見たんだろ?」崇道雅緋を。
彼は頷く。「家に逃げて帰ってこれたときは涙が出たし、急いで写真を現像しないとって思った。テレビのニュースではもう殺人事件の報道がされてて、名前も出てたんだ」
物が少なくなりスッキリしてしまったテーブルには、突き返した封筒があった。俺は封筒から写真を取り出す。
写真を見せたら即答されるくらいには有名で、ニュースで大々的に報じられるくらいには凶悪で、しかも名前まで報道されていたらしい殺人犯。封筒にも写真にも、そういった記述が何も記載がなかったのは、恐らく名前の記載が必要ないくらいに有名な奴だと、目の前の彼が判断したからか。あるいは切羽詰まっていただけか。どうやらニュースを見て情報を仕入れていない俺達の不手際らしい。リネーマーが俺達の反応を訝しむのも分かるような気がしてきた。
画質の荒いこの写真は、どうやら建物内の監視カメラで撮られたものらしい。よくよく見てみれば写真といっても、監視カメラの映像から抜き出したものですらなく、カメラ映像を映した画面を撮ったようにも見える。いや多分そっちの線が強い。
写真に写るソイツは帽子をかぶっていて、性別の判別がつかない。ニュースではもう性別もわかっているんだろうか?「そこが不思議なところなんですよ、性別が判然としないんです。そのあたりの情報がわかってないらしい」この写真じゃあどうしようもない。仮に「雅緋」が名前だとしても、「みやび」という名前自体は男にも女にもいる。
零以がため息をつく。面倒臭そうだ。
「誰もこの人の性別を知らないってこと? 流石に知ってる人くらいいるんじゃない? あなただって姿を見たわけでしょ? あなた以外にもこの人を見たって人はいないの?」
「いない」
即答だった。また声が震えだした。そして震えを押し殺した強い声色で続けた。
「みんな死んだ」
自分を見た人間を片っ端から殺せば、目撃者は実質ゼロになる。
崇道雅緋はそういう考え方をするらしい。
「クレイジーサイコ野郎だ」弾んだ声で零以が面白がる。野郎かどうかはまだわからないが、クレイジーでサイコであることに変わりはなかろう。有言実行タイプの人間と見てもいい。目撃者ゼロを目指して片っ端から殺すことを実行しているのだから。なかなかできることではない。
「じゃあなんだ、建物で掃除をしていたら崇道雅緋がやってきて、ソイツの周りにはたくさんの死体がたちまち湧いてきたって?」
「そうさ」まっすぐこちらを見据えて答えてくれた。少なくとも信用しようという気にはなる。
「確認したいんだが、俺達にそのシリアルキラーを殺せって言ってるんだよな?」
「その依頼についてだ」声の震えが立ち消える。「依頼を変えることにした」
零以が依頼人の方を向く。「ほうほう?」
「崇道雅緋を探す時は俺も連れて行ってほしい」
零以はそっぽを向いた。俺もため息を零す……つまりシリアルキラーを殺せって依頼であることには何も変わりがない。ただ依頼人を連れて行けという依頼が加わっただけじゃないか?
「ああいや、違う。崇道雅緋は俺が殺す」
「産まれたての子鹿のように怯えてたお前にゃ誰も殺せねえよ」銃だってまともに撃てなかったんだ。無理以外にどう言えって?
「そのためにあんたらがいるんだ」
零以が顔をしかめる。意味が理解できないらしい。珍しい。俺もだ。
「殺してくれだの乱暴に依頼してきたかと思えば、勝手に部屋を掃除して勝手に怯えて勝手に震えて何がしたいんだと思ったがそこまではいい……いいや良くはないがな。だが今までのイライラが全部吹き飛んだ。お前が次から次へと勝手な行動を起こし勝手な言動をするもんだから全部どうでもよくなった」語気が強くなる寸前で一呼吸置く。「だからもう一回聞こうか。お前は何がしたいんだ? 俺達に何をしに来たんだ? 掃除をしに来たのか? 殺しの依頼か? 壊しの依頼か?」また一呼吸置く。「それともお前がシリアルキラーを殺すのを手伝えって依頼しに来たのか?」
「最後のそれだ」臆面もなく答えてきた。肝が座ってるんだかわかりゃしない。素だとしてもキャラがブレすぎてる。多分、ここで俺が銃を取り出して脅せば、また怯えた表情になるんだろうか。なるんだろうな。それくらいキャラクターが安定していない。
「俺がシリアルキラーを殺すから、そこまでのサポートを頼みたい。今決めた。依頼はこれにする」
「あのね坊や」零以は疲れ切っているようだった。「うちは何でも屋じゃない。壊し屋なの。わかる?」
「……じゃあ俺が殺されてもいいのか」
「別に困らない~」床に寝転がって叫ぶ。「あなたが殺されようが知ったこっちゃない。お金は貰えなくなるけど端から期待なんかしてないし、そもそもあなたには殺せない」俺に蜂蜜を買えと駄々をこねるときと同じ動きをしている。
「殺せるさ。何度でもやり直してやる」自信満々に豪語する。
待て。やり直すってなんだ?
「それとも何? 俺に殺させたくない理由でもあるっての?」
「あるね」俺が言う。「だがその前に質問だ。「やり直す」ってのはどういう意味だ」
「そのままの意味だ」意味がわからないから訊いているのにそのままの意味も何もあるか。「俺はやり直すことができる。セーブポイントからリスポーンするみたいに」
寝転がっていた零以が起き上がる。「つまり何度死んでも生き返ることができるってこと?」
ああ、そうさ。依頼人はそう答える。コイツが依頼に来たときに一度殺してしまっても良かったってことか。
零以が俺の背後に周って耳元で言う。「今朝のあれ、誤報じゃなかったのかもね」
可能性はある。
彼女は物珍しそうに依頼人を見ている。依頼人がその視線に答えているのか、答えようとしているのかはわからないが、俺達がシリアルキラーを自分に殺させてくれることを今か今かと待っている。何も言わないが、目を見たら、その決意が見て取れた。今朝の怯えぶりは、やっぱり俺の幻覚だったのだろうか? 麻袋を被っていたこともある。服装は同じだが。別人だったりするか? あるいは、相手の出方次第で態度を変えるような人間性の持ち主か。そっちのほうが嫌だ。
ねえねえ、と零以が肩をつつく。「この人にはさ、これから何度もシリアルキラーさんに殺されてもらおうよ。そうすれば、動き方も把握できるし対策も練れるんじゃないかな」本人の前で言う。そういう人間だ。
「それでもいいよ」完全に肝が座った声の調子になっている。「大いに利用して。そのために依頼を変えたんだ」
お前ではダメだ俺が殺す、と言ってもこの分じゃ耳を貸しはしないか。何度も殺されてくれと零以は言ったが、この依頼人は初手で、自分の手で、最初から殺気剥き出しで殺そうとするだろう。そして殺される。元に戻っても学習はしないんだろうな、きっと。
何にせよ、何かの教訓を得る機会にはなりそうだ。「やはり依頼人に殺させてはいけない」だとか「やはり依頼人を同行させてはいけない」だとか。下手すれば一度得た教訓を再確認させられるだけってのもあり得るな……まあ、いい。考えるのはやめる。
俺は敗北宣言ということで、わざとらしくため息をつく。「それじゃあ、存分に殺されてくれ」
何はともあれ、次の俺達の獲物はシリアルキラーということになるらしい。
「つーわけで依頼人、名前を聞かせてくれるか?」ここまでやり取りをしておきながら、名前を聞いていなかった。うちにやってくる依頼の殆どは匿名だししょうがない。今回に限っては、名前くらいは聞いておかないと困る。壊すべきものを壊して終わり、というわけにはいかないのだ。
「ディグロだ」男は答える。「ディグロ・ウェルズ。それが名前だ」
オーケー、わかったよディグロと俺は言って、ディグロが持っている武器について考える。シリアルキラーに対抗するならば、それなりに強い武器で挑まなければならない。たとえソイツが何の能力も持たない真人間であったとしても、だ。特に理由はない。敢えて言うならば零以の友人の話を何度も聞いているからこそだ。
そして俺の経験則でもある。
とにかく普通の拳銃では話にならない。
何か、とびきり強い武器が必要だ。
+ + +
「そういえばさ、生き返ることができる回数とかってのは決まってるの? ゲームで言う残機ってやつ。ある?」俺達の後ろを歩く依頼人・ディグロに対し零以が訊く。
「そういうのがあったなら、多分俺はあのまま家で掃除してたね」笑っている。「で、これはどこに行ってるの?」
「武器を買いに行く」
「やっぱりこれじゃダメか……全然効かなかったし」ディグロは拳銃を取り出して呟く。その言い方だと、銃を撃って抵抗はしたらしい。
道中、ディグロについて色々聞く。パーマのかかった髪を全て後ろになでつけた上から、バンドをして押さえつけているほど制御が難しい髪をしているが、これが親譲りかはわからないらしい。
出身はインド。先に話は聞いていたがビルの清掃員をやっていて、仕事は主に深夜帯。さぞかし昼間は眠かったんじゃないかと訊くと、「もう慣れた」と欠伸をしながら応えてくれた。
彼が掃除するビルは、この街を囲む城壁のような超高層ビル(リネーマー曰く”ウォール”)のことだった。給料も他より多くもらえるらしい。スラム街を直接囲むビルである故、危険もある。当然とも言える。今はこの街の外に住んでいる。だからこの街のことは噂程度にしか聞いたことがない、と。「世界中のマフィアの支部がある」だとか「なんだかものすごい武器を作る人間がいる」だとか「警察が介入できない特殊な街」だとか。何も間違っていない。全部本当の話である。
零以の仕事道具であるミキサーも、「なんだかものすごい武器を作る人間」が作っているし、「世界中のマフィアの支部」から壊しの依頼がやってくるし、「警察が介入できない特殊な街」であるからこそ零以の仕事は成立するし、ディグロの依頼だってこうして成立する。そもそもこの街が健全であったならば、超高層ビルがこの街を囲む必要がない。
彼がそれらの事実を信じたかどうかは別として、少なくともいい反応は示してくれた。街の外の人間と接触する機会はそうそう無い。俺達は街の外に出ることがないし、街の外から人間が来ることはあっても、俺達の住む地域は立ち入りがある程度制限されている。その制限をかいくぐってディグロが来たのは不思議な話だが、特に怪しまれることはなかったそうな。
夏の暮れに起きた葉月の件にせよ、立ち入り制限みたいなものが本当に実施されているのかどうかは甚だ疑問である。何しろ仕事をしない政府の管轄だ。
で、問題は崇道雅緋である。
ディグロはやはり一度殺されていたらしい。
崇道雅緋の方からやってきて首を切られた、と。生き返って意識が戻ったときには居なかった、とも。
「服に血が付いていなかったのはどうして?」零以が訊く。俺達は揃ってディグロが依頼に戻ってきたのを見ているが、服のどこにも血のようなものは付いていなかった。首を切られて死んだのであれば、恐らくそれなりに血が吹き出し、そして流れているはず。
「生き返るってのは語弊があるのかも」バツが悪そうに苦笑いをする。「セーブポイントからリスポーンするみたいなもので、要するに俺の死亡はカウントされるけど死体そのものはリセットされるんだ。死ぬ前に戻るんだよ。俺の死体が消えて、さっきまでいた場所に俺が戻るんだ」
「……リセットされるってのは、その場に流れた血も含めて、全部消えてなくなるってことか?」
「そういうことだね」
「ってことは、シリアルキラーさんもあなたが死んでいないことに気づいてるね」
「……そうなるのかな」表情が強張った。
「返り血もリセットされて消えてなくなるんでしょ。もしかしたら「殺した」って記憶がなくなるのかもしれないね。仮にそうだとしたら、あのビルの中でただ一人生きてるまんまのあなたを殺さなきゃならなくなるだろうし、今頃あなたを探してる可能性は大いにあるよ?」
それを聞いてからまもなく、ディグロは今朝のあの時の怯えを取り戻していた。「……どうすればいいのかな」と震えのかかった声で訊いてくるが想定内だし対処法が変わることはない。「殺されてこい」俺は言い放つ。「それが勝利への一歩ってやつだ」
ディグロは「わかってるんだろうけど、あまりいい気分はしないんだよ?」と。そうだろうさ。殺されることに快感を抱いてんだとしたらキリがない。特にディグロの能力の場合だと尚更。
零以は頭を抱えていた。「ねえ……ビルの中でシリアルキラーを見かけたって話をしたときのこと覚えてる?」忘れたとは言わせない。と言外の気持ちをディグロに向けているのがなんとなくわかる。
「覚えてるけど……?」
「みんな死んだって本当?」
「どういう意味?」
「「みんな」ってのは、本当は全部「あなた」なんじゃないの?」
質問の意味がわからない。……と思ったが、ああいや、そういうことか。「安心しな。零以はただの好奇心で訊いてるだけだ。深い意味はない」
「普通の疑問だよ。そんなに沢山の人とビルを掃除してたのかなって」
ディグロの言っていた「みんな」というのがどれくらいの人数を指すのかにもよるだろうが……この街を囲むビルならばあり得るのだろうか?
「それほど大きいビルなのさ。この街を取り囲んでるビルの一つだから」そりゃあ大きいわけだ。「みんな死んだんだ、本当だよ。僕だってその時何度も死んだ。本当に怖かったんだ」
「わかってる」その怯えと震え声で十分に伝わる。ただ一人生き残って生き延びて逃げ帰ってきたんだよな。「その割には、よくもまぁ殺そうと思ったよな、銃まで持って。アンタの家まで追って来たのか?」
「いや、幸い、そういうことにはならなかったよ」
「じゃあそのまま逃げるわけにはいかなかったのか?」
「絶対に殺されるって、それしか考えてなかったからね。今みたいに、とても冷静になれなかった。殺されたくなかったんだ。いくら生き返るとはいえさ。まぁ……誰かが守ってくれるわけじゃないし、結局は自分の身を守らないとって思って」
「なんか変な感じだね」零以は今一つ納得行かないらしい。「どうしてこんな街に来ちゃったの? 一度ビルから離れて家に帰ったんでしょ?」
「そうだね。疑問は尤もだと思うよ……でも相手は、警察にも捕まえられない殺人鬼なんだ。街の外だったら、どこに逃げても結果は同じだと思った。ここに来れば……変わるかなって」
「ふーん、そっか」つまらなそうだ。
ここに逃げ込んできて変わるのは何だろうか。警察が自警団やマフィアになるくらいか。どちらにせよ殺人犯は殺人を続けるだろうし、ディグロも能力がなければ殺されてただろう。
追い詰められると何をしでかすかわからないのが人間だし、無理矢理にでも納得しなければいけないところなんだろうな。
とにかくディグロは死ぬたびに、その死を丸ごとリセットされる。死体が残ったまま生き返るわけではない。
「そうなると、崇道自身にも、明確に殺すべき相手が誰なのかは、わかってるんじゃないか?」
「僕を追って、この街に来たってこと?」
そういうことだ。見た者を殺すってスタイルで、しかも一人だけ殺し損ねているなら、当然殺すべく行動する。
ただ順番が今ひとつわからない。崇道のほうが先にやってきたのかディグロが先にやってきたのか。その点は重要だ。追いかけてきたのか、追いかけられてきたのか、あるいは逃げ込んできたのか。崇道自信が何度殺しても殺せていないって点に対して、ディグロに怯えていたりってのはあるんだろうか。今朝にしても、崇道がダメ元で首を掻っ切ったって線は考えられないだろうか?
「シリアルキラーさんも、あなたに対して恐怖心を抱いてそうだよね」零以が呟く。「あなたを殺したいのに、どうやっても何度やっても殺せないんだもん。すぐにあなたを殺した事実がリセットされて、まだ生きてることになっちゃう。それって怖くない? 不気味じゃない?」俺に言うならまだしも本人にそれを言うあたり、零以って感じだ。
ディグロは困惑している。
自分を殺そうとしている人間が、自分を恐れている。反応を見る限りじゃ、そもそもとして、その発想がなかったんだろうな。自分を殺す動機が、自分に対する恐怖に由来するというのは、まあ普通思いつかないだろうし、これはもう仕方がない。
どれだけ殺しても殺せないことに気づいたシリアルキラーはどんな行動を取るんだろうか?
本当に怯えているのはどっちなんだ?
+ + +
着いた。店は開いている。
ディグロは興奮した表情だった。目が輝いていると表現してもいいくらい。その視線の先には大きく力強く書かれた『仇元工号』の文字がある。
「おやっさん、注文してもいい!?」威勢のいい声で零以が叫ぶ。「武器作ってほしいんだけど!」
「お前もう持ってるだろ……おい待て、あのミキサー、もうガタが来たのか?」俺達よりも遥かに大きな体格をした仇元の親父がやってくる。店の奥から出てきたということは、何か頼まれて新しい武器を作っていたのか。
「ミキサーの追加注文じゃないんだよね」
「なら用は何だ……ああ、」親父……仇元喜々がディグロに気づいた。俺達とディグロを交互に見やる。ああ、ああ、ああ、と片方を見るたびに声を出すのは彼の癖。「そいつに新しい武器を作れ、ってか?」
「大正解」
いや待て。「大正解ってわけじゃない」零以が不機嫌そうにこちらを振り向く。「この男に見合う武器を作ってほしいってのは合ってる。ただ拳銃だ。拳銃がいい。物理法則を捻じ曲げるような、何かそういう特殊な構造で弾を撃つ、そういう拳銃だ。殺人鬼にも勝てるような、そういうやつだ」
「殺人鬼っつうと、あいつか? 今この辺に来てるっていう」
「そう、崇道雅緋だ」
「無茶言うな」俺の思っていた答えと違う。「あいつは真人間なんかじゃない」それも俺が想定していた言葉と違う。崇道が真人間じゃない?
「なにか能力でも持ってるって?」
「能力ねえ……お前じゃあるまいし。あいつは純粋に、俺みたいな人間が作った武器を持ってる。その影響で真人間をちょっとだけ超えてんだよ」
「それなら、この男にも能力はある」
「ほう、どんな?」腕を組んで鼻で笑う。そういうのはせめて能力聞いてからにしてほしい。
「ディグロは自分自身の死に関する事実一切をリセットできる」
「……するとあれか、何度でも生き返るわけか」
「まあ、語弊は、あるけど」ディグロは小刻みに頷いて肯定する。やっぱり怖気づいてるらしい。ディグロとは一・五倍ほど体格差があるし無理もないか。
「じゃあ、シリアルキラーさんの能力って何なの?」零以は店のカウンターテーブルに身を乗り上げている。足が地に着いていない。
「あの野郎はなぁ……」ため息を漏らす。「ダガーを持ってるんだ。さっきも言ったが、俺と同類の人間がアメリカで作った、物理法則捻じ曲げ放題の変な特性がくっついたダガーだ」
「ダガー、ね」
「そう、ダガーだ」人を殺しまくるには最適かもしれない。刃渡りが長いとどうしても途中で疲れるだろうし。「で、能力は分身だ」
分身?「ダガー持ったから崇道は分身できるようになったのか」
「簡単に言えばそういうことだ」なるほど。「厳密に言えば、もともと分身能力を持ってたのはダガーの方だ」
「……ダガーが分身するの?」零以が目を丸くしている。ディグロも同じ表情だった。俺も困惑している。
「そうだ。増殖するっつうか……とにかく増えるんだよ、ダガーがな。その影響で崇道雅緋自身も分身能力を手にしたってわけだ。だからあいつは分身するぞ。噂によると、分身した自分自身をも斬り殺してるらしい」
ディグロの顔は歪んでいた。怯えというよりは理解できないといった感じの、不可解なものに対する気持ち悪さ、か。それが先行しているらしい。分身を斬り殺すというのは、つまり自分自身を斬り殺しているようなものだし、気持ちはわからなくもない。
……ただ、まぁ考えられることはある。分身の処遇だ。分身したまではいい。だが、その分身をどうしたものか。どうすれば分身は消えるのか。斬り殺すなどして命を奪う、または動かなくする。そうしない限り、分身は分身であり続ける。……のであれば、彼には分身をこのような方法でしか処理できなかったのではないか、ということが考えられる。
またこの時点で、彼は分身を簡単に消すことができないらしい、ということにもなる。
あるいは……。処理自体は容易にできるが、敢えて分身を作り、敢えて斬り殺しているか、だ。そこは考えたくもないな。
「分身能力に対応できる拳銃でも作ってよ」
「ハッ、俺にはそんな二二世紀のロボットみたいなことはできねぇよ」喜々さんはそうやって人を馬鹿にしたような態度を取る。
取りはするが、
「あと一日待て。それからまた来い」
なんだかんだ言っても引き受けてくれる。今回に限っては、崇道雅緋という殺人鬼の殺害という大義名分もあるだろう。
「会話が通じねえような殺人鬼はな、殺し合うことでしか通じ合えねえんだ」と。
崇道雅緋が自分の分身を殺しているならば。
たとえそれしか処理方法がないのだとしても、いくらか考えてしまう。
彼自身の自殺願望について。
あるいは破滅願望について。
+ + +
翌日、無事に俺達は出来上がった拳銃を受け取った。
ディグロはこれからこの武器を使うことになる。
喜々さんの作った武器を手にした人間は多分に漏れず、武器の持つ特性の影響を受けまくる。その結果として、持ち主に特殊な能力が開花する。
喜々さんのような種類の人間は世界に何人かいる。「なんだかものすごい武器を作る人間」のことだ。彼らはメイカーと呼ばれている。崇道雅緋のダガーはアメリカのメイカーが作ったもの、ということになる。そして多分に漏れず、ダガーの持つ分身能力の影響を受けて崇道自身も分身能力を持った。
ディグロのようにそもそもとして持っている能力がある場合どうなるのかを訊いた。
「能力が二つになるか、それか元々の能力がパワーアップするかのどっちかしか知らん」
とのこと。
例外はあるのだろうか。その二つのパターン以外に何かが起きることがあるのか?
なんにせよ武器を手に入れた今、あとは崇道雅緋を探し出すことだけがタスクとして残されている。
どうやって見つけだすかを考えるべく、一旦俺達は家に帰った。
帰ってきて早々、俺はディグロに訊く。
昨日の会話の中で、引っかかりを感じた部分について。
「なあ、たまたま清掃中のビルにいて、たまたま襲われたからって、どうしてそうも崇道を殺すことに執念を燃やすんだ?」と。それはあまりにも唐突な質問だったので、「あー、いや、わかってるさ。何度も殺されてんだから、そういう感情が芽生えたっておかしくはない。おかしくはないが、確認はさせてくれ。冷静になっている今だからこそ、だ」と付け加える。
ただ訊きたいのはそういうことではない。殺すことそのものに執念を燃やす自体は何とも思わない。その動機、理由だ。それだけが気になった。先入観を持つのはあまり良いことではないが、どうしても気になった。
殺意が先なのか、防衛本能が先か。
殺されたくないという感情に追い詰められて、殺そうとしてしまうのはわかる。わかるしかない。追い詰められた人間がすることなのだから。
しかし、今はそういう状況でもない。いざとなれば自分の身を守ってくれる人間が、少なくとも二人はいる。武器だって手に入れた。
にもかかわらず、それでも殺そうとするその気持ちの正体についてだ。
「単に防衛本能なのか? それともただ殺したくて仕方がないだけか?」
ディグロはしばし考えてから、答えてくれた。
「これ以上殺されたくないから殺すってのは、そんなにも変なことかな……?」
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