第六節 踊る軍議


「おい、おい! ソニア! よさないか!──」


 静止する声を無視して、城内を闊歩していく。向かうのは、軍議をしている大広間だ。


 私には、どうしても聞いておかなければならないことがある。近衛隊としての自分の不甲斐なさなど、どこかに消え失せ、今は一つの事で頭がいっぱいだった。


(確かめないと──)


 この十年、二人の死は不運なものだと自分に言い聞かせてきた。あの時は、ただその報せを受け入れ、悲しみに暮れることしか出来なかった。

 だが、今は違う。代理とはいえ国王が戦うと宣言した。であれば近衛隊である私達も必ず戦場に向かう事になる。そうなればククルスも例外ではなくなる。

 大切な二人から託された大切な竜だ。万が一の事があれば、私はもうあの二人に合わせる顔がない。


(ユリウス様──)


 争いを避けてきたこの国が、自ら武器を取り戦火を撒くなんてこと、あってはならない事だ。だがこうなってはもう、私には止められない。だからこそ確かめる必要がある。王族の真意を──


「……っ!」


 広い通路の先に近衛隊の兵が二人立っている。大広間への扉の前だ。響く足音に気が付き、兵が私を視認して、私の進路に立ちはだかり、持っていた長槍を交差させて行く手を阻む。


「……通して下さい」

「宰相様から、誰も通すなと言われている。それは近衛隊も例外じゃない」


 一歩踏み出そうとすると、押し返すように長槍を突き出してくる。ここから先は、この二人をなんとかしなければ進めそうにない。


「ほら、もういいだろうソニア! 帰るぞ!」

「隊長からも言ってやってくだ──あ、おい!」


 二人の視線が、隊長へと向けられた一瞬のすきを付いて兵のあいだをすり抜け、そのまま一直線に扉へと走り、その勢いのまま開け放つ。


「失礼します! ジュリアス皇子!」


 大広間の中央に置かれた円卓を囲むように人が集まっていた。扉を叩く音と張り上げた声により全員の視線が私を突き刺してきた。

 背筋が凍るような、鋭い視線。五人の領主とその側近。そして王族三人と、宰相と呼ばれているジュリアス皇子の側近、その全てが私に向けられていた。


「ソニア! ここは軍議の場だぞ……分をわきまえなさい!」

「……お兄様」


 怒気をはらんだ男の声が飛んでくる。王国南部のフレメリア領領主の私の兄だった。


「衛兵! 直ぐにここから連れ出せ!」

「っ……放してっ!」


 兄の指示によって、さっきの衛兵二人が私を取り押さえようと肩を掴んで引っ張り出そうとしてくる。抵抗しようにも相手は二人、しかも竜騎士だ、到底私一人では及ばない。


「いやぁ、遅かったじゃないか! 待っていたよ、ソニア」


 唐突にこの場に似つかわしくない柔らかな声が放たれた。その声の主は、第一皇子ジュリアス。私に笑顔を向けながら立ち上がる。


「いやすまない。皆に紹介するのが遅れてしまった。彼女はソニア・フレメリア。新たにシルヴィアの守護騎士ガーディアンに任命した竜騎士だ」

「え……」


 そんな話は初耳だ。そばにいる領主達も困惑している。それもそのはずだ。守護騎士ガーディアンは、王族を護る最後にして最強の盾でなくてはならない。その為、最も優れた竜騎士に与えられる最高峰の称号だ。それをこんな若輩の竜騎士に与えるなんて事は、今までに一度も無かった事だ。


 それ以上に、現王族である第二皇子クラトスと、第一皇女シルヴィアの二人は、どちらも武勇に秀でた才能を持っている。そもそも守護など必要ないような方達だ。


「そうだろう? シルヴィア?」


 私に向けられていたアサギ色の瞳が、皇女へと向けられる。椅子に座り、腕を組んで瞳を閉じていた皇女は、ゆっくりと瞼を開けて私に空色の瞳を向ける。


「ええ、もちろんです兄様。ソニア、早く私の後ろに来なさい」

「あ、はい! 直ぐに!」


 美しく澄んだ声が私の名前を呼んだ。拘束はいつの間にか解かれ、自然と皇女の側へと足が動いていった。


「申し訳ありません。陛下……」

「いいや、フレメリア伯爵。妹君はとても優秀な竜騎士だ。謝る必要はありません」


 兄様と皇子の会話を聞きながら、シルヴィア皇女の後ろに付くと同時に皇子も席に着き、再びアサギ色の瞳が私をとらえていた。


「さて、少し話題を変えましょうか。ギルベルト……」

「……かしこまりました」


 ジュリアス皇子の後ろに控えていた男が前に出てくる。片眼を灰色の長い髪で覆った皇子の側近、宰相ギルベルトが、懐から一本の短剣を取り出し円卓の上に置いた。


 細工の凝った短剣だった。武器というよりは儀礼用、献上品として納められそうな豪奢な短剣。


「これは、父上を暗殺した者が持っていた物です。そして……」


 そして今度は、ギルベルトが別の物を取り出した。焼け焦げた跡が目立ち薄汚れてはいたが、一目見てさっきの豪奢な短剣と同じものだということが分かった。


「もう分かって頂けているかと思いますが、これは十年前の大火災に巻き込まれた別荘の焼け跡から見つけた物。どちらも同一のものです。その証拠として」


 今度は皇子が卓に置かれた二つの短剣を手に取り、くるりと回して柄の部分を私達に見せた。そこには滑らかな球状の宝石がはめ込まれ、その宝石には十字の紋様が刻み込まれていた。


「この宝石は、ギルバース帝国の独自に編み出した技術により作られたものだと調べがつきました。使い方までは検討もつきませんが、こんなに精巧な物は彼らでなければ作れない。これではして頂けたことと思います」


 全員にそう言ったつもりなのだろう。だが、アサギ色の瞳は、私に向けられている。


 ジュリアス皇子は思慮深い方だ。だからきっと、私がここに押し入った理由を理解している。だからこうして短剣を用意させ、このタイミングで持ち出してきたのかもしれない。


「私はこれ以上見過すことはできません。だからこその、この戦いなのです。これから先、この国が存続していくために……皆の力を、私に貸して欲しい」


 最後の一言、先程とは違う真剣な声音が、私達に緊張感を与えていく。彼は本気なのだ。眼差しも、振る舞いも、そこには紛れもない王がいた。


「ですが陛下。国中から竜騎士を集めていては時間がかかりすぎるのでは? 国と相対するほどの規模ともなれば、練度も……」


 領主の一人が、最後は独り言のような弱々しい口調で言葉を紡ぐ。


「えぇ、それも把握しております。我々には兵を集める時間も、鍛える時間もない。ですから、まずはそれを稼ぎます」

「それは、いかようにして?」


 他の領主がその先を促したが、これに答えたのは皇子ではなかった。


「私と灼竜皇アグニクスが、先んじて国境に向かいます。急げば一日とかかりませんが、魔力は温存しておきたい。五日前後は必要でしょう」


 シルヴィア皇女が即座に答える。


「し、しかしそれでも、我らには長期戦は不利となります。次の零華れいかの候には、竜たちも眠りについてしまいます。そうなれば……」

「それに関しましても、問題は無いかと」


 弱々しい口調の北の領主の言葉をギルベルトが遮った。


「国境沿いの荒野と丘陵地帯を越えた先にあるガレオ大渓谷、ここを越えれば零華の寒さも問題ありません。故に、今回の戦闘はこの渓谷越えが最終目的と言えるでしょう」


 ギルベルトが説明を終えると、北の領主も、ほかの領主も黙り込んだ。


「これで、話を進めても良さそうですね」


 その後、軍議は滞りなく進み、機動力を活かした渓谷越えの部隊と、迂回しながら敵を陽動、誘引する地上部隊に分けての進軍と決定した。


 だがこの軍議では、私の求めていた答えは得られなかった──

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