第8話 夜遊び 悪い酒
「で、どうしてこうなった」
優香里は飲みかけの発泡酒の缶を片手に立ち上がって言った。コタツに入っている瑠奈とハルは半ばあきれ顔で優香里を見上げている。優香里は続けて言う。
「おしゃれなダイニングバーで小粋なカクテルの一杯でも飲んでムードも盛り上がるはずだったのに。それがどうして三人して大学前のツルタヤでアニメを借りて、コンビニでお酒見繕って、ほっかり亭で買ってきた弁当をコタツで食べるって事になってるのよ」
ここは瑠奈が借りてるワンルームマンションで、テレビには何年か前に放映された深夜アニメのDVDが流れていた。コタツの上には優香里が飲み干した発泡酒の空き缶の山と、ほっかり亭の弁当、それにコンビニで買ってきたお菓子や、おつまみが広がっている。
「だって優香里のせいで学食を食べそこなったから」
弁当を突きながらハルが言うと、瑠奈も調子を合わせてぼやく。
「僕の絶品学食中華丼も、結局半分ぐらいしか食べられなかったからなぁ」
「はいはい。それは私が謝るわよ。でも、それからどうして、こんなコタツで発泡酒にお弁当って話に落ち着くのよ」
「えー。だって、まだ外は寒いし。コンビニに入ってノリノリで発泡酒を大量に買い込んでたのは優香里だし。それに僕は、ほっかり亭の中華丼も好きだし」
「そもそも僕らお金ないし。僕は、チキン南蛮弁当が美味しそうだったし」
瑠奈とハルが口々に優香里に言い返す。
「なによあんた達。こういう時は仲が良いわね」
「まぁまぁ。皆でコタツでアニメ見るってのも悪くないじゃん」
そうハルがなだめようとしても優香里の悪態は収まらなかった。
「大体、瑠奈はいい加減コタツしまいなさいよ。今何月だと思ってるのよ」
「えー僕はいつも梅雨時まで出しているよ」
「優香里ちゃんもそう怒らないでよ。今日は寒いんだからコタツは丁度良いじゃん」
「はぁー。色気の無いお子様達だこと。これからでも夜の街に遊びに行く気力は無いの?」
次の発泡酒の缶を開けながらそう言う優香里に、瑠奈が言い返す。
「さっきも言ったけれど、僕らには先立つものがねぇ」
「そうそう。僕、今月は古い魔道書買ったりして出費がかさんで金欠だし、ハルだってバイト料入るの来週だって言うし。第一優香里だって、今日はそんなに持ち合わせ無かったんでしょう?」
「まぁ、そりゃそうなんだけれど。その辺はさぁ。バーでお相手を引っかけて向こうにおごって貰えば良いんだよ」
「優香里ちゃんって、いつもそんなことしてるの?」
ハルが驚いた様にそう聞いてくるので優香里は慌て言葉を続けた。
「いや私は、未だそんな事した事は無いんだけれど、バーでおごられるって何か格好が良い気がしない?」
「まぁ格好が良いかどうえかはおいておいても、大人って言う感じはするよね」
「でしょう。でしょう。一度はされて見たいよね」
「でも優香里はそう言う所で男の人に声をかけたり出来るの?」
「その点は大丈夫。可愛い子が三人もそろっているんだから。これだけの戦力があれば黙ってても向こうから絶対寄ってくるって」
「えっ、その戦力って僕も入ってるの?」
「当たり前でしょう。ハル君はショタを活かして、OL系のお姉さんからBL系のお兄さんまで総なめにしなよ」
「優香里。かなり酔っ払ってるよね?」
「酔ってなんかないですぅ。酔ったように見せているだけですぅ」
「うぁ、なんか腹立つ言い方だなぁ」
「だいたいねハル君」
「はっはい?」
「君はさっき瑠奈にも言われてたけれど、無自覚過ぎるのよ。私は瑠奈が不憫で不憫で」
「ゆっ優香里、なにを言い出すんだよ!」
酔っ払った優香里は絡み酒になっていた。二人がクダをまく優香里を適当に相手をしているとハルの携帯が鳴った。優香里はお構いなしに一方的にクダをまき続ける。
「瑠奈。あんたもね。奥手だから奥ゆかしいってもんじゃないのよ。判ってても向こうから動いてくれない相手には、自分からキスの一つでもする位でなきゃね。でないと発展しない場合もあるのよ。ねぇハル君。あれれハル君は?」
「さっき携帯が鳴ったんで、玄関先で受けてるよ」
「ああ、ここワンルームだもんね。キッチンの向こうはすぐに玄関のドアだぁ。一人暮らしはコンパクトで良いわね」
「狭くて悪かったよ」
「あっそうだ。私も電話しなくちゃ」
「電話って誰に?」
「お父さん。今、勉強会していることになってんだから、そのアリバイ電話」
「せめてもう少し酔いが覚めてからにしときなよ。今電話すると酔っ払ってるのバレるよ」
「瑠奈うるさい。酔っ払ってないって言ってるでしょう」
そう言って優香里はその場で携帯を取り出して電話をかけ始めた。電話でなにやら話し始めた優香里の背筋が見る見るうちにピンっと伸びていくのが判る。
「はい。はい。ですから、そういった事はございません。はい。酩酊などはしておりません。ですから大丈夫です。いえ。一人で帰れますから。帰れますって」
携帯を握りしめて最後には叫ぶようように話していた優香里だったが、電話が終わると携帯を片手に呆然となっていた。
「優香里大丈夫?」
瑠奈に声をかけられてようやく我に返った優香里は、にわかに焦りだした。
「どうしよう瑠奈。今からお父さん来るって」
「え、ココに?」
「教科書教科書。急いで」
「え、何?」
「急いで勉強してたフリだけでも整えとかないと。お父さん魔法ですぐに飛んでくるから」
「そ、そうなんだ」
「あハル君だ。彼はどうしよう。父さんに男の子が一緒だってバレたら大変。すぐに隠れて貰わないと」
「え、お風呂場にでも隠れて貰う?」
「いやいやいや。お風呂は駄目だよ。全裸のハル君が見つかったらそれこそ大惨事だよ」
優香里はかなりテンパっているようだ。
「いや、別にハルをお風呂に入れようって言うわけじゃ無いよ。靴を持って風呂場に隠れて貰うだけだよ」
「そうか。じゃベランダの方が良くない?もし見つかった時には変質者が侵入しようとしていたって事にして」
「もう。馬鹿な事を言ってないで、優香里はお弁当とか飲んだ空き缶片付けなよ」
と、そこに玄関先からハルの声が聞こえてきた。
「おうい。早川教授が来られたよぅ」
「えっ、もう?」
「なんでハル君が出てるのよ」
「さっき電話に出るって玄関先に行ったんだった。かち合っちゃったみたい」
「どうしよう。どうしよう」
「とりあえずハルは偶々遊びに来た学科の友達って事で、もう寮に帰る所って事にしよう」
「瑠奈。もう案内しても良いの?」
ハルがまた声を上げた。どうやらなんとなく状況を悟って玄関前で時間稼ぎをしているらしい。
「はい。今行きますから」
瑠奈は咄嗟にそう返事をした。
「とりあえず優香里は部屋を片付けておいて。あと水でも飲んで少しでも酔いを冷まして」
「わ、わかった」
瑠奈が玄関に出ると、小柄なハルが灰色のウールマントを羽織った長身の紳士を見上げるようにして立っていた。小柄なハルが玄関の中央に陣取り懸命に紳士の訪問を阻止している様子だ。
「あら、おじ様いらっしゃい」
瑠奈はハルの肩から愛想良く紳士に声を掛ける。
「ああ瑠奈君。こんばんは」
「ハルはおじ様の事は知っているんだよね」
「寮の責任者をなさっいるので少しだけ」
「今日は優香里の父ですよ。ハル君。いつも娘がお世話になっております」
「いえ。こちらこそ」
「ハル。優香里のお父さんは、うちの学校で魔導工学部の教授もなさってるんだ。占術の権威なんだよ」
「そうなんだ」
「いやいや瑠奈君。私がやっているのはしがない「占い」に過ぎないよ」
「またまたご謙遜を。そうだハルも一度占って貰えば良いのに」
「えっ、ここで」
急な話に驚いた様子のハルに瑠奈は軽く目配せをした。優香里が空き缶などを片付けて、勉強会をしていた様子を作るまで、なるだけ時間が有った方が良い。
「では、少しお願いしてみようかな……」
瑠奈の様子から事情を悟ったハルは早川教授に願い出た。
「まぁその話は後ですることにして、それよりもウチの馬鹿娘はどうしていますか?」
「今、部屋で勉強を」
「では様子を見ておきたいので、お部屋に上がってもよろしいですかな?お土産の美味しいシュークリームがありますよ」
そう言って早川教授は白い紙製の小さな手提げ箱を見せた。
「何か問題でも?」
「いえそんな事は無いです。どうぞご遠慮なく」
早川教授に推しきられる形で、なし崩し的に玄関を突破された。しかし今まで稼いだ時間で優香里が上手く勉強してたふりを整えてくれていたら、それで話は丸く収まるはず。そう考えていた瑠奈の思いは、発泡酒の空き缶を片手に板場にぶっ倒れている優香里の姿でもろくも崩れ去った。
どうやら弁当などの後片付けをあらかた終わらした途端に、優香里は気が抜けてしまったのか、空き缶を片付けようとした段階でそのまま酔いつぶれてしまったようだ。瑠奈が恐る恐る早川教授の方を見ると、早川教授は、にこやかに笑いながら瑠奈に話しかけた。
「瑠奈君。お茶を入れてくれるかな。早速皆でシュークリームを頂きましょう」
「あ、はい今すぐ」
教授にお茶を求められて瑠奈がキッチンに向かう。どうも早川教授はハル達に持ってきたシュークリームを食べさせたい様子だ。
早川教授は、倒れ込んでむにゃむにゃ言っている優香里の前にしゃがみ込み、何やら唱えた。姿勢制御系の呪文だったらしく、途端に優香里は飛び上がってその場に正座した。
「お酒を飲んだのですか」
正座させられている優香里に早川教授が聞く。
「すいません。ごめんなさい」
「謝る相手が違うでしょう。お酒を飲むなとは言いませんが、酔っ払って醜態をさらすのは良くない」
早川教授は諭すように優香里に言う。
「はい。反省しております……」
「では、暫くそこでそうしていなさい。瑠奈君、コタツに入っても良いかな」
「あ、はい。どうぞ」
瑠奈は、台所でお湯を沸かし紅茶の用意をしながらそう答えた。そこに小声でハルが声をかける。
「ねぇ瑠奈。僕はもう寮に帰った方が良いかな」
もし早川教授に、優香里が夜通しで男の子と遊ぶつもりだった事がばれてしまうとさらに不味い事になる。
「そうだね。ハルには悪いけれど優香里があれだし」
そのやりとりが耳に入ったのが、早川教授がハルに向かって声をかけた。
「ハル君。君もこちらでシュークリームを一緒に食べよう」
「は、はい」
ハルは断り切れず、すっかり逃げるタイミングを逃してしまった。
台所の瑠奈からケーキ皿とトングを託されたハルは、お皿の用意をして早川教授と向かい合う形でコタツに入った。
横には板場で正座している優香里の姿がある。その向こうでは瑠奈が紅茶を入れているという中々シュールな情景だ。瑠奈が用意してくれたケーキ皿の上にトングを使ってわざわざ早川教授が取り分けてくれた。
「今日は娘がとんだ迷惑をかけてしまったようだね。父親の私からもこの通り謝ります」
そう言って早川教授は頭を下げた。
「いえ、此方こそ優香里さんには日頃から色々と助けて貰っています」
「まぁ優香里のことだ。どうせ日頃から考えも無しに強引に君たちを引きずり回しているのでは無いのかね」
早川教授は優香里を睨む。
「いえ、とんでもないです…………」
どう優香里をフォローして良いものやら見当もつかなかったハルは、そう言うのが精一杯で、もじもじとしていた。そんなハルの様子を見ていた早川教授は、ふと興味深そうな顔をして言う。
「所でハル君。君は少しばかり面白い相が出ているね」
「え、どういう事ですか?」
「本来「男難の相」なんていう言葉は無いのだけれども、君にはどうも「女難の相」とも「男難の相」ともつかぬ相が出ている様だね。中々に珍しい」
「それはなにか厄介事に巻き込まれると いう事なのですか?」
「厄介事かどうかは、人それぞれの主観によるものだけれど、まぁ敢えて言うのならば、中々他の人には出来ない様な体験に巻き込まれるかも知れないね」
もしかして早川教授はハルの男性器がとれた事を言っているのだろうか。だとすると、さらにこれから何かおかしな事に巻き込まれると言うのだろうか?
「あらハル。おじ様に占って貰っているのかい?」
紅茶のセットを運んできた瑠奈が興味深そうに言う。
「うん。「女難の相」みたいなのが出ているんだって」
「ハルが女難ねぇ」
瑠奈は早川教授が取り分けてくれていたシュークリームを取り上げて、訝しげな顔でハルの方を見た。
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