・《優しい先輩はワケ有りですか!?》- 4 -


「にしても疲れましたよ…。」


「お疲れ様だねえ…。」


昼休み。

教室棟を出て少し離れた場所、人気のない緑豊かな校庭のベンチに座り込み、僕とかなで先輩は昼の穏やかな時間を過ごしていた。


篤志あつしたちの誘いを珍しく断った僕は、一目散に校庭へとダッシュ。

ほぼ寝てない上に一時間目体育の影響は顕著に体に出始め、眠気は最高潮に達しようとしていた。


とりあえずご飯だ…。

エネルギーを取らねば死滅するッ!


膝に弁当を包む風呂敷を広げる。

今日の弁当は僕の自慢の一品ばかりだ。


僕は悩みや考え事があると、それを発散するためか家事や料理に全力を注いでしまう癖があるのだが、今日のはその中でもトップクラスの出来だ。


すると、違和感に気が付く。


「先輩、お弁当は…?」


先輩のお弁当がない。

膝元にあるのは、携帯食料日本代表のカロリーメイメイのチーズ味。

先輩、見たところお水すら持ってないけど…カロリーメイメイを水なしって猛者だな!


「私、あんまり食べれないからこれで充分なんだ。朝作る時間もないし…。」


「お母さんとかは作ってくれないんですか?」


「実は私、今一人暮らししてるの。実家が遠いから、無理言ってこっちに住ませてもらってるんだ。でも仕送りだけじゃ流石に賄えないから、バイトしてるってわけ。」


「なるほど…。先輩もいろいろ大変ですね…。」


「まあ、東京の学校に進学したいって言ったのは私だしね。自分の決めたことだから、大変じゃないよ。」


「でも、お昼ごはんがそれだけじゃ流石に心配になりますよ。先輩ってもしかして、料理苦手なんですか…?」


「卵かけごはんなら作れるよ!!!!」


自信満々。

無い胸を張って威張る先輩だが、果たしてそれは料理の部類に入るのかは疑問だ!


「それでよくメイド喫茶で働こうと思いましたね…。」


「それは自分でもそう思う…。」


先程の威勢はどこに消えたのか、穴が開いた風船のように小さくなってしまう先輩。

喜怒哀楽が激しいのも、やっぱり先輩の良さだと思う。


にしても、そんな食生活を知った今、僕だって見過ごすことは出来ない。


それなら――――――――


「それなら僕、先輩のお弁当作りましょうか?」


「ふぇ…?」


突然のセリフに、目を白黒させる先輩。


「いや、僕も知ってしまった以上黙ってられませんし、一人分増えたところで手間も大して変わりませんし…。」


「いやいやいや、悪いよそんなの!?私、そんなに食べないし!申し訳ないし!」


「これを見ても、そんなことが言えますか…?」


僕は迷わず、持ってきた弁当箱の蓋を開ける。

今日のには格別自信があるんだ。


教授にも(メイドとして)認められた僕の料理スキルを舐めてもらっては困る!!!


すると匂いに誘われた奏先輩がのぞき込んできた。


「す…凄いねこれ…。全部柊木ひいらぎ君が作ったの?」


「そうですよ。このハンバーグも、厚焼き玉子も、ベーコンアスパラも、デザートの杏仁豆腐も…。全部作りました。冷凍食品は使ってません!」


「こ…このハンバーグとか肉汁凄いし、とてもお弁当のものとは思えないんだけど…?というかなんで全部こんなにホカホカなの?」


「ああ、教授に作ってもらったんです。確か『イツデモホカール』って名前のお弁当箱です。あ、教授って言っても分かりませんよね?」


「ううん、知ってるよ。麻衣ちゃんはウチの常連さんだしね。流石現代のオーパーツ職人…。」


「こっちの水筒には、アサリとワカメの味噌汁が入ってます。魚介ダシを一から取るのは骨が折れますが、その分おいしさが増しますね…。」


「なんでそこまでのこだわりをお弁当に…。でもおいしそう!食べたいッ!我慢できないッ!」


「いいですよ、今日は一人分しかないですから、これを二人で分けて食べましょう。」


「え、いいの!?でも君の分が…。」


「いいんです。僕はいつでも食べられますから、先輩は今のうちに栄養を取ってください!」


「ううん…そこまで言うならじゃあ…。」


そう言いながら口を開けて静止する先輩。


はて?何をしているんだろうこの人は?


「なんで突然、日光浴中のワニのモノマネを…。」


「ねえ柊木君、この流れでなんでそうなるの…?」


いや、昼の穏やかな気候にやられたのかと思っただけなんですが…。

疑問を浮かべる僕を見る先輩の目は妙に冷たい。なんで!?


「あーん…。」


尚も口を開ける先輩。


「え、どゆことですか?」


「君の分しかお箸ないし、それも君が持ってるから、あーんしてもらうしかないいでしょ!」


「え…?ああ、そうですね…。じゃあ、あーん。」


なるほど。


先輩の分の箸は確かに持ってきてない。

しかも先輩はカロリーメイメイしかもっていなかった。

当然食器なんか持ってるわけもないし、あーんさせないと食べられないな…。


よし。


「あーん…。」


僕は先輩の口元に、切り分けたハンバーグを箸で挟んで持っていき—――――――




「…って、待てえええええええええええええええええええええ!!!」




納得しかけたけどこれくっそ恥ずかしい!!!


そもそも女の子に、しかも先輩にあーんって!


あーーーーんってッ!!!!!!!!!!!!


「うふふ、柊木君、やっぱ面白いね!」


嬉しそうに笑う先輩。

畜生!完全にからかわれてる!年上おそるべし!


「先輩…僕の分はいいんで、全部食べてください…。」


「え、あーんしてくれないの?」


「死ぬほど恥ずかしいので無理です。というか、からかわないでください!好きになっちゃうから!」


ほんと!好きになっちゃうから!


「えへへ、ごめんごめん。ちょっと意地悪だった?」


「先輩、学校とバイトじゃ随分違うと思ってましたが、案外こっちのほうが意地悪だと思いました。」


危うく色々もっていかれそうになった。

年下だからってからかわれては心が持たない。

僕だって年頃なんですよ!!!



「あはは!ごめんね、柊木君変わってるから、面白くってつい…」


「変わってる…?僕は…正常ですよ?」


何を言ってるんだ先輩。

この世で僕ほど普通の人間は—―――


「それはない…とおもう(笑)」


「どうしてにこやかに否定するの!?」


「だってあんなに嫌がってたのに、結局一晩で『モフィ☆』の看板娘になっちゃったんだよ?やっぱり柊木君にはソッチの気があったってことに…。」


「ならないですよッ!そもそもあれは『マエムキナール』のせいですし!僕は健全に女の子が好きです。まあ、二次元なら男の娘モノも嫌いではないですが…。」


「いや、そのカミングアウトをする意味はなかったような…。やっぱり体は正直…。」


「だああああああ!もう違います!いい加減本題はいりますよ!本題!」


「ああー、忘れてると思ってたのにー。あ、それ少しもらっていい?」


「あ、いいですよ…。って、忘れるわけないでしょ!?さあ、話してください。なんで嘘なんかついたんですか!?」


身を乗り出して問い詰める僕。

そんなことには構わず、僕の箸でハンバーグを一切れつまんだ先輩は、嬉しそうに小さなほっぺをモグモグした後、話し始めた。



「私、自分が嫌いなんだ。」


「え?」



突然だった。

先程からの楽しそうな顔をピクリとも変えず、ごく当たり前のように先輩は呟いた。


「それって、どういうことですか?」


「聞いた通りだよ。私、ずっと私が嫌いなの。」


「そりゃまたなんで?」


「うーん、見た目もそうだし、性格もそうだし、全部かな?」


「漠然としすぎてて分かりづらいですね…。」


「学校での私は、私が一番嫌いな私自身なんだ。正直、『かなかな』でいるほうが楽しいし、バイトの時は自分が別人になったみたいに感じる。でも学校にいるときは、『かなかな』にはなれない、気分的にも。」


「そんな…」


慰めようとしたがやめた。


先輩の顔はあからさまに曇っている。

そんな口先だけの言葉で慰めようとしたって、先輩が辛くなるだけだ。


「私ってハーフでさ。顔は日本寄りなのに髪は白くて、目は赤くて、そんな見た目からか昔から全然友達出来なくて…」


先輩が俯く。

昨日の顔だ。ぶつかったとき見た、先輩の悲しそうな顔。

眼鏡の奥の瞳は、高く登った日差しが作る木陰に遮られた。


「小さい頃はずっと、本ばっかり読んでたんだ。実家は田舎のほうで、小学校も行きたくなくなっちゃって、唯一出来た女の子の友達も色々あって会えなくなっちゃって…。」


「そう…だったんですか。」


「でも中学の時テレビで見たの。都会の学生たちが髪を染めたりしてるのをね。それなら私の白髪も不自然じゃないし、普通に友達もできるって思ったのよ。」


だから先輩は親に無理を言ってここに進学した。

なるほど…。でも少し引っかかる。


「ここは自由を尊重するっていう理事長の理念に基づいた学校ですもんね。確かに髪を染めてる人は多いですが、それじゃあ多分…。」


「多分、柊木君の予想通り。結果は望んだものじゃなかった。」


「やっぱり、そうですよね…。」


先輩のクラスの雰囲気を見て一目でわかる。

確かに、この学校には髪を染めている生徒は多く、先輩のクラスにも数人見られた。


――――しかし、先輩は『違う』


所詮、人為的に染めた髪はプラモのメッキ加工みたいなものに過ぎない。

上から人の手で塗れば、必ずそこには違和感が残る。

ましてや本来の色ではない以上、似合わない人間も少なくはない。


しかし先輩の色は天然だ。

生まれ落ちたその日から、先輩はその色と共に生きてきた。

そこには違和感などかけらもなく、まさに『白沢奏』の色としてそこにある。

近寄りがたいと感じるのは、常識から逸脱してるほどの神秘的な存在だったから。


「それで私、気が付いたんだ。ずっと見た目のせいにして逃げてきたってことに。友達ができなかったのも、私の努力が足りなかったって。」


「努力…ですか?」


「うん。結局、私は人と関わるのが怖かったんだと思う。見た目のコンプレックスとか、自分の触れられたくない部分を触れられるのが怖くて。だから変わろうと思って――――」


「『モフィ☆』で働き始めた…?」


「元々サブカルチャーは好きだったし、私の見た目もありのままで働ける場所だと思ったの。正直、最初はかなり抵抗あったけどね。今じゃ向こうのほうが、学校で過ごす時よりありのままかもってくらい。」


「そして、少しでも『白沢 奏』を知られないように僕に嘘をついた…。『かなかな』である自分のほうが好きだったから。」


「そう。学校での、普段での私を知られるのが怖かった。柊木君は出会ったときから仲良くしてくれて、余計に知られてしまうのが怖かったんだ…。まあ、すぐにばれちゃったけど…。」


ふふっと笑う先輩。

確かに、僕の知る先輩はバイトの時の先輩だ。

今の姿の先輩を知った時、衝撃を抑えることができなかった。


でも、今目の前にいる先輩も――――――


「…先輩は、先輩ですよ。」


「………え?」


「どんな姿でも、どんな裏表があったとしても、先輩は先輩にしかなれません。」


「……厳しいね、柊木君は。」


「でも―――――」


慰めなんて言わない。

僕はただ、思ったことを先輩に伝えるだけだ。



「僕は、そのままの先輩でいいと思います。」


「こんな私で…?」


キョトンとする先輩。

僕は感情のまま、かまわずに進める。


「誰にでも、裏と表ってあると思うんです。僕だって『柊木望』と『のぞみん』の顔があります。まあこれは特殊ですが、これが僕の裏と表の顔です。」


僕にだって、誰にだって、あるはずだ。

認めたくない自分。嫌いな自分。

表と裏、でもそれは一つの答えにしかならない。


「僕は、まだ『のぞみん』としての自分を認められません。人生初のバイトが女装メイドで、初仕事で色々やらかして、先輩や店長や職場の皆さんに迷惑もかけました。」


自分でも、抑えられないほどに早口になっていく。

ああもう、どうにでもなれ!


「それでもそれは『柊木 望』の責任でもあります。人の体は二つにはなれないし、僕は僕でしかない。先輩だって、先輩にしかなれない…。だから―――――」


やばいやばい!なんか泣きそうになってきた!!

何だこれ!?


伝えたいこととか言いたいことが頭でぐちゃぐちゃになって…。


つまり、僕の言いたいことは…!


「柊木…くん…。」



「だから『白沢 奏』も『かなかな』と同じくらい、好きになってあげてください!」



気が付くと、僕は先輩に頭を下げていた。


自分でも、支離滅裂だなって思った。

だって、出会って数日しか経ってない年上相手に訳分からないこと叫んだ挙句、頭を下げてるんだよ今。


返事もないし、先輩に呆れられたかな。

偉そうなこと言っちゃったし怒られるかも…。


「せ…先輩…?」


恐る恐る顔を上げる。

すると、そこには怒った先輩の顔が—―――――――なかった。


「ひ…ひ”い”ら”き”く”う”う”う”う”う”う”う”う”う”ん”!!!」


「先輩!?なんで泣いてるんですか!?」


その代わりにあったのは、先輩の泣き顔だった。


「そんなこと言われたの…何年ぶりだろ…。すっかり忘れちゃってた…。」


「僕、先を越されてるんですか!?」


「うん、残念ながらね。さっき話した小さい頃出会った、女の子の友達に言われたっけ…。『カナちゃんはカナちゃんだよ』って、なんかそれ思い出したら泣けてきちゃって…。」


『カナちゃん』…。

何か、僕の中で引っかかる。

不思議と懐かしく感じるその響き、なんでだろう。


「その子もきっと先輩のことが好きで、心配だったからこそ、そう言ったんだと思います。でも、今こうして僕に打ち明けてくれて、嬉しかったです。本当に。」


「なんだろうね。君って本当に不思議だよ。男の人苦手だけど、君となら普通に話せちゃう。やっぱり女顔だからかな?」


「気にしてるの知ってるくせに!意地悪ですねほんとッ!」


「私には『自分を好きになれ』って言ったくせに?」


「それとこれとは話が別です!いや、別じゃないですが…。と、とにかく別なんですッ!」


ニヤニヤと顔を見つめてくる先輩。

ああ、楽しそうで何よりですよほんと!


「ほら、お弁当食べちゃお!昼休み、もう終わっちゃうよ!はい、あーーーん!」


「いやだから恥ずかしいですって!付き合ってるわけでもないのに!」


「まあまあそう言いなさんな、のぞみん!ここはお姉ちゃんの厚意に甘えて、大人しく食べるワン!ほれ、あーーーーん!」


「なぜ突然営業モードに!?ああもう!分かりましたよ!あーーーモゴッ――――」


口の中にハンバーグの風味が広がる。

うん、やはりおいしい。


自分で言うのはアレだけど…。

美味しいもんは美味しい。


「ねえ、柊木君?」


「なんですか?」


箸を持ったまま、先輩がボソッと呟く。

顔が赤いような気がするが、どうかしたのだろうか。

というか、いきなり素に戻られると驚いちゃうな。


「さっきの、『その子”も”きっと、先輩のこと好きだった』って…。」


「はい…?なんか言いました?」


「ううん、何でもないワン!ほら、どんどん食べるワン!」


「それはいいですが先輩の分もッ…あれ?きれいに半分無くなってる…。」


「ごめん…おいしすぎてつい、ごちそうさまです…。」


「い…いつの間にッ!?少食だったハズじゃ…!?」


「そうなんだけど…不思議と食べちゃったんだよね。とっても美味しかったよ!ありがとう!」


「そこまで言われると照れますね…。あ、先輩!お弁当、なんと言おうと作ってきますから、食べてくださいね!絶対ですよ!」


「え、でも悪いし…。」


「僕がいいと言ったら良いんです!ここは譲れません!」


「うう…分かったよう…。じゃあ、お願いします。」


「よろしいです!」


素直になった先輩のためにも、お弁当頑張らないとッ!

やっぱり得意分野を褒められるのは気分がいいね!


「きっと柊木君は、いいお嫁さんになるよ…。」


奏先輩の最後のセリフの意図がどんなものだったか、僕はあえて聞かなかった。



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