・《メイド喫茶は採用ですか!?》- 3 -
コンコンとドアをノックをする。
すると、中から野太い男の声で『どうぞ』と返事があった。
「し、失礼します…!」
僕は緊張しながらも、面接室のドアを開ける。
そこには、とても大きな体をしたちょび髭の男が1人、スーツをビッシリと着て堂々と座っていた。
毛が一本も生えていない頭を光らせ、その鋭い眼光からはまるでビームが出ているかのよう。
まるで某シューティングゲームの超がつく兄貴のような、そんなやばい見た目をしたオッサンが、ニコニコと輝く笑顔を浮かべて座っていたのだ。
(ビクビクビクッ!!!!)
な…なんだこの悪寒は!
こ、ここにいたらマズイ!何がマズイかは分からないが…僕の本能が逃げろと言っている!!
この震えは、緊張というよりこの空間に対する恐怖。
もっと深く言えば、この面接官の男に対する絶望的とも言えるほどの恐怖だった。
「あ、あの…。面接で来ました…。
緊張で声が震えていた。
僕は精一杯の声を出して自己紹介をすると、ちょび髭の大男は、体格に似合わない笑顔をより作り、一言。
「あら〜!君が柊木くん?財団ちゃんから話は聞いてたわよぉ〜。ワタシ、楽しみで楽しみでしょうがなかったんだからぁ〜!んもう♡」
「………。」
本日二度目の『絶句』である。
この店は、ここの常識は、僕の思考領域を逸脱していた。
さっきは緊張で気がつかなかったが、この店長。
よくよく見たら口紅塗ってる!?
だめだ!この場所にいては!
何か大事なものを失う気がする!
「あっ、あの!キッチンのバイトって聞いてきたんですけど…。」
この流れは確実にまずい!
話題を振って話を逸らすしか!
本能が危険信号を出し、僕の頭はぐるぐると回る。
「あ…その話なんだけどね…。」
すると店長は、どこか申し訳なさそうに俯くと、話を続ける。
「残念ながら君の他に1人、キッチンのバイトを採用しちゃって…。残念ながらもう人手は足りてるのよぉ〜。」
「…………はい?」
え、それってまさか…僕の仕事はなくなっちゃった・・・って、こと?
「財団ちゃんから話は聞いていたんだけどね、こっちもかなり忙しくって、手ごろな人を採用しちゃったのよ…。本当にタッチの差くらいだったんだけどね…。本当にごめんなさい。」
「そ…そうですか…。」
深々と頭を下げる店長。
この店長見た目はアレだが、忙しい中、時間も取ってくれたり、こうして面と向かってちゃんと謝ってくれたりするあたり、根は悪い人じゃなさそうだ。
「その代わりと言っては何だけど…。」
「え?」
「他の空いてる仕事で採用って形はどうかしら?他も手が足りてないところが多くて困ってるのよん。」
「そ、そうなんですか!?それなら是非!」
他の仕事、清掃や裏方だろうか?
別に僕も不得意ではないし、断る理由もない。
何より、この店長の人間性なら、安心して働くことができそうだし…。
「それじゃ柊木くん。ちょっと前髪を上げてくれないかしら?お顔をよく見せて?」
「顔…ですか?まあ良いですけど、なんで…?」
「いいからいいからん♡」
突然の質問に少し疑問に思いつつも、僕はスッと前髪をあげた。
散々、日頃周囲から女顔と呼ばれているので、初対面の人におでこまで見せるのは少し抵抗があったが、仕事のためだ。ここは我慢しよう。
前髪をおでこまでかきあげている僕。するとちょび髭の男は、
「あら、あらあら・・・♡これは聞いてた通り、なかなかじゃない♡」
とてつもなくご満悦だった。
ん?聞いてた通りって…?
「柊木くん?時給2000円のお仕事があるんだけど、そっちをやらないかしら?もちろんやってくれるならそれなりのサービスはするわよ♡」
「じ、時給2000円!?!?!?!?」
いきなり出てきた破格の数字に、ふと浮かんだ疑問さえ吹き飛ぶ。
なんだろう。この仕事を受けては僕の人生が大きく一変する気がするんだけど…。
とてつもなくやばい分かれ道に、今確実に僕は立たされているような…。
いやでも2000円だぞ?都内の時給の二倍近くだ…こんなチャンスめったに…ここはやはり…!
「や、やりま―――!」
『やります』と言いかけたが、言葉が詰まる。
僕の思考が、まだGOサインを出してはいない!!
待て、落ち着くんだ柊木望…。
ここで安易に返事をしてはいけないぞ…。
冷静に考えろ…。
時給2000円、なんで財団の言っていた資料の金額より増えているんだ…?
この店はメイド喫茶、男で時給2000円の仕事などあるわけもない。
だったらこのちょび髭は、僕に何を―――――・・・ハッ!
その時僕の脳裏には、バイト選びをしていた時の
『そういや
『まあね、苦手ではないしむしろ好きかな。それが活かせるなら越したことは無いね。』
『それならこれとかどうだ?(ピラッ』
『どれどれ?』
『時給最大2000円!メイド募集中♡可愛くコスプレして、キミもコスプレメイドに!!』
『よし、篤志来い。今からお前を冥界に案内してやる。』
あ…。
え、まさか…いや、嘘でしょ?
僕の頭の中で、今までの全ての会話が繋がる。
メイド喫茶、バイト、時給2000円、女顔…。
このちょび髭野郎!
まさか…そんなまさか!
「僕に…メイドをやれ…と?」
「あら、よく分かったわね!そう!その通りよ♡」
「さよなら!」(ダッ!)
僕はその場から、脱兎のごとく駆け出した。
メイドなんて冗談じゃない!
なんで僕が女装なんかしないといけないんだ!時給2000円でもやらないよ!バーカ!
さっきからの悪寒の正体はこれだったのか!
まさか篤志の冗談が現実になるなんて!あのバカ!後で絶対に殺す!
面接室を飛び出し、メイド喫茶を出る。
自分が持てる最速ラップをたたき出して逃げる、今はそれしかない!
メイド喫茶の前の細い通りを抜け、ジャンクパーツショップが立ち並ぶ、入り組んだ通りに出る。
「振り切るぜ!!」
足には自信がある!このまま行けば…僕は逃げ切れる!!!
過ぎ行く街の景色、僕は駅に向かい全力で逃げる。
一瞬の確信、しかしそれは、また一瞬で絶望へと塗り替えられた。
「おほほほほほほほほほほほほほ!」(ダダダダダダダダダダダダ)
「は、速えええええ!?」
轟速。
あの男、物凄い音を立てながら追いかけてくる!なんだあの筋肉ダルマ!怪物か何かか!?クロックアップでも使ってんのかよ!
「どこにいこうというのかしらあああああああ!?」(ダダダダダダダダダダダダ)
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!?」
まずい!ここで捕まったら、(社会的に)殺される!
「それだけは…それだけは避けなければならない!」
「逃がさないわよおオオオオオォオオオ!!!!!」(ダダダダダダダダダダダダ)
「捕まってたまるかああああああ!!」
そ、そうだ!
気持ちに負けないで!僕!
ここを乗り切れば、またいつもの平穏に戻れるんだから!
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