ガラスの仮面 外伝
しょもぺ
第1話 紫のマラの人
ギス子は一見平凡な少女だった。
だが、彼女の股間からは熱く激しくほとばしる体液を、一体だれが知っただろうか?
「あ、あふぅ……ああぁッ!」
横浜中華街から少しはなれた、ここは、とある風俗店。
ギス子は、お客の腰の上で自らグラインドしながら、甘美な欲色にとりつかれていた。いつから、自分はこんな世界に堕ちてしまったのだろう?
快楽の極限を迎えそうな彼女の脳裏から、わずかな記憶が蘇ってきた。
そう、私の名前はギス子。横浜の中華街のラーメン屋、『マン吹く軒』に生まれ、貧しいながらも何不自由ない人生を送るつもりだった。そう、ボーイフレンドの松本君と幸せな家庭を築くはずだった……
それがいつからか、人生の歯車が狂いだし、地獄の生活へと塗り替えられていったのだ。私の人生にケチがつき始めたのは、そう、ボーイフレンド(以下BF)の松本君が、私以外の女と10股かけてたのが発覚して別れる事になったからだ。私に魅力がなかった訳じゃなくて彼が絶倫すぎたのよ。
私は悪くない。だから私は、お店の凍ったトンコツで後頭部を強打してやっただけなのよ。それなのにBFの松本君は血を流して倒れてしまって……気が付けばあたいは塀の中。10年の歳月はあたいの美貌を老化させ、清い心は汚れてしまった。あたいの体は、灰汁で濁ったトンコツスープのようになってしまったのよ。
おまけに、母親は、お向かいの餃子屋のシゲさんと不倫して蒸発。残された父はギャンブルと酒に溺れ、株式投資やら先物取引やらFXやら投資信託やら国債やらニーサやらトトカルチョやらオイチョカブやら何やらで失敗して破産。お店はフランチャイズの全国チェーン店に買収され、父の伝統のあの味は失われたのよ。
「あ、あふぅ……ああぁンッッ!」
ああ、もう、どうでもいい。今はこの快楽さえあれば、どうでもいいのよ。
この快楽は全てを忘れさせてくれるのよ! ああっ!
ギス子は、気丈に騎上位を続け、秘技ローリンググラインダーやら、必殺ピストンマッハファックなる荒ワザを繰り出した。
当然、お客はたまらず昇天! するハズだったが……?
「なぜ? 何故、昇天しないの? 私の技が通じないとでもいうの!?」
しかしお客は、ハゲた頭のおでこに僅かに残った毛髪を指ではじき、冷静に不適な笑みを漏らした。
「ふふ……これしきのワザで私が賢者タイムになろうはずがない。見よ! 必殺!」
「ああっ! コレは!」
そこには、お客のいきりたった股間がさらに膨張し、マラの色がみるみる変わり始めた。
「このマラは! 紫の……まるで紫のマラの人!」
「そうだ、憶えているか? 私が昔、ある劇団の講師をしていた時、そこでおまえと出会ったのだ」
「おそろしいチンコ! やっぱり、アナタは!」
ギス子は思い出した。10年ほど前、BFの松本君をトンコツで殴り、逃走している際に出会ったこの男を。
この男、たしか、田代と名乗っていた。
東京のある劇団、たしか、『劇団つきだし』……だった気がする。何か居酒屋のお通しみたいな名前だった気がする。そこの講師をしていたこの男は、若い練習生たちの弱みに付け込み、練習着のレオタードの上から体をいやらしく撫で回し、耳元に息を吹き替け、「あくめが あかいな あいうえお」と意味不明の発生練習をさせたりとヤリたい放題だったようだ。そして、その毒牙にかかった女の子の数は両手を使っても足りないほどで、ついには男の子にも手を出し始めたからさぁ大変! 両刀使いの巨チンの暴走は勢いをとどまる所を知らず、ついには劇団の経営者の老婆にも手を出して解雇。新たなる伝説の幕開けとなったのだ。
そんな怪物、田代とギス子との出会いは、どこに接点があったのだろうか?
それは、ギス子がBFの松本君をトンコツで殴って逃走している最中に起きた奇跡だった。
劇団を解雇された田代は、自暴自棄になって破滅の道へと向かっていた。
そして、ラーメン屋を強盗する事を思いつき、マン吹く軒という店へと入った。ここが運命の出会いの場だとは誰が想像できただろうか。田代はとりあえず腹が減ったのでラーメンを頼んだ。田代はレオタード姿だった為、他の客に変な目で見られていた。というか完全に変態そのものだった。
「そうだ。この店のトンコツを使って脅せば強盗できるな!」
幼稚で陳腐な作戦だが、田代の決意に濁りはなかった。
田代は注文したラーメンに箸をつけると驚愕した。
「うげっ! なんて……なんてまずいラーメンなんだ!」
だが、田代の驚きはそればかりではなかった。突然、女の子が奇声を上げ半狂乱で店の中に飛び込んで来たのだ。
「このトンコツで松本君を殴り殺してやるぅ!」
そう叫んで厨房に駆け込んでいったからさぁ大変! まさか、この世の中に、自分以外にトンコツを使って犯罪を犯そうとする者がいるとは夢にも思わなかったからだ。田代は目と耳を疑ったが、その女の子の手にしていたトンコツにも驚いた。
太くてしっかりとした色かたちの良いトンコツ。
究極のトンコツ。これを使えば良いダシが出来るのは明白だった。
それなのに、せっかくの良い素材を、こんなにまずいスープにした事にも驚きを覚えた。
「大将! あんた最低だよ! 最低だけど最高だよ!」
田代は意味不明な言葉をラーメン屋の大将に放つと、トンコツを持って出て行った女の子を追いかけた。
「あんなに良いトンコツを使っているのに、どうしてまずいスープが出来るんだ!?」
田代の頭の中は、すでにトンコツでいっぱいだった。
そして、トンコツを持ってBFの松本君を殴ると叫びながら走っているギス子もまた、トンコツに魅了されたひとりだと言っても過言ではないかもしれない。
とにかく、トンコツに魅了されたふたりの数奇な運命は、すでに始まっていたのだった。
「思い出したは……あなたは……」
二人は全裸で挿入中のまま、長い回想が終わった。
ヤバいクスリでキメセクしていたギス子の思考回路はもうろうとしていたので、何をしゃべっていたか忘れていたが、この男、田代とトンコツだけは忘れていなかったようだ。
「憶えているか、ギス子? 俺たちいろいろあったよな」
「そうね……たしかに、いろいろあったわね」
騎上位のまま、お互いはチン黙していた。田代のマラはまだ挿入されたまま。
ふたりは、当時の壮絶な過去を思い出し、そして、忘れようと必死だったかもしれない。結局、トンコツを持ったギス子と田代の間に何があったのかは、ふたりにしかわからない事であり、他人が詮索することでもないので、今回は割愛させて頂く。けして、考えるのが面倒くさくなったわけではない。
それにしても、トンコツで結ばれた数奇で奇妙で微妙な二人の運命。
思い出と記憶が、沸騰したトンコツスープ鍋のようにあふれ、乾いていたマン汁もあふれ、止まっていた騎上位を再始動するとともに、二人は思い出を語り始めていった。
「そういえば、あたしの家には昔、女優になると言って出て行った住み込みの女がいたわ」
「そりゃ偶然。ワシの劇団にも、家出同然の女がいた。そして先生に熱湯をぶっかけた母親がきたことがある」
「まさか、その子の名前は…きたじま…」
「そう、そのまさかさ。今では、あの幻の劇、『紅放尿』を演じているのさ」
「あの伝説の!? そう、よかったわね、マラちゃん……」
「いや、マラじゃなくて……マヤ……だっけ? あれ、何だっけ?」
クスリをキメていたギス子ならまだしも、脳梗塞をわずらった田代の記憶もまたあいまいだった。
「もう誰でもいいわ。他人の幸せごとなんて。今の私には聞くだけ辛過ぎるわ」
「そのようだな。ワシにだって、辛く、思い出したくない話だよ」
「ま! 奇遇ですわね。 ね、これからどこかアフターでラーメンでも食べません?」
「いいね。でもまさかそれは、ちょっとダシの濁ったトンコツラーメンだったりして」
「ええ! ええ! そのとおりよ! あはは!」
「わはははっ! そりゃいいな!」
そして、ふたりはその後、早々にフィニッシュして、夜の繁華街のどこかのラーメン屋へと消えた。
その後、トンコツでつながれたふたりはどうなったのかわからない。
ウワサでは、どこかのまずいトンコツラーメンの大将が代替し、新たな夫婦が店をきりもりしていると言う。
それがギス子と田代なのかはわからない。誰にもわからない……
おしまい。
ガラスの仮面 外伝 しょもぺ @yamadagairu
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