第33話 黒猫と死闘③黒猫無双
「行け、虫ども」
アトスの覇気のない号令と共に蜂たちは一斉に黒猫へと襲いかかる。黒と黄色の巨大な波が押し寄せる中、煙草を一本咥え息を整え気持ちを落ち着かせ黒猫は、冷静に小さく呟いた。
「個人の私利私欲の為に生物の大量虐殺を行うのは気が進まぬのだがな」
そうして、先行した一匹の蜂がおの大顎で黒猫の頭を貪り食わんと襲いかかった、その瞬間。
黒猫の姿が掻き消えた。
ガチガチと大顎を鳴らしながら反射的に触角を動かし、黒猫を探そうとしたまさにその時、ドスッ、という音と共に蜂の体に強い衝撃が走る。
「ギッ!?」
衝撃元である胸元を見れば、そこには軍刀の刀身が刺さっており、その刃先には不気味な髑髏が赤々と燃えていた。
そして、蜂は理解する。黒猫は今自分の背中に乗っているという事を。
「だが、吾輩は
そして、己の意思を確認する様に呟いた黒猫は軍刀を勢いよく引き抜いた。
吹き上がる青味のある体液。それは、確かに蜂の心臓……背脈管を捉えていた。
「ギギギ!」
だが、蜂は心臓を刺された事など関係ないかのように再起動し、身を大きく揺らし、黒猫を背中から下ろさんとする。
「ほう、胸を一突きしたというのに元気ではないか、巨大化しているとはいえ、やはり虫は虫か」
黒猫は振り落とされる前に、蜂を足場に高く跳躍する。
「やはり虫は…………」
そして、黒猫が軍刀の刃先を蜂へと向ける。だが、刃先に髑髏の姿は無く、それはつまり引き抜く際に蜂の体内へと置いてきたという証明だった。
「燃やすに限るな」
「ギッ────」
瞬間、蜂の上半身が風船の様に膨れ膨張し、周囲に爆炎と肉片を撒き散らしながら爆散した。
「ふむ、派手で確実に殺せるが、効率が悪いなこの方法は。別のにするか」
そうして黒猫は周辺に目を向けると、全方位隙間なく、黒猫を囲む蜂の壁が形成されていた。
まず一匹に先行させ、黒猫の相手をさせたのは、こうして取り囲み退路をなくさせる為の時間稼ぎだったのだ。
その無機質な複眼から伝わるのはただただ単純な殺意。蜂たちは黒猫を殺さんが為に再び一斉に押し寄せる中、黒猫はクスリと穏やかに微笑んで見せた。
「察しておったよ、貴様等の考えなど」
黒猫は軍靴に『浮遊板』、黒猫を囲む様に六つの『髑髏の灯火』を発動しそれを全方位へと放った。
「『火ノ川』」
前線の蜂達は炎の濁流をもろに浴び、次々と焼けて苦しみもがく。だが、後方に控えていた蜂は無傷。そのまま焼け苦しむ仲間を掴み、盾として迫る。
「ほう、仲間への情など一切無しか!だが、なるほど合理的な行動だ」
そして、火ノ川が消えると彼らは既に息絶えた仲間を黒猫へ投げつける。
「それでは、予定通り手っ取り早く速度重視の搦め手で行くとしよう」
だが、黒猫は当たる寸前に女体化を解き猫人へと戻った。
それにより、接触面積を減らし、更に『立体機動』を駆使して、投げつけられた死体を逆に足場として利用し、更に『暗殺術』で姿を薄らせ集団の中に入り込む。
黒猫は軍刀を鞘に収めると、腰のポーチから2粒の種を取り出し、更に両腕に付けている腕輪から2振りの短刀を取り出す。
「『植物操作』」
そして、自分の手と短刀の鞘付近まで植物の蔦を這わせて刀身に樹液を滴らし馴染ませる。
猫人へと戻り、黒い軌跡を残し、目にも留まらぬ速さで次々と蜂たちを飛び移りながら柔らかい腹部、関節部を短刀で切り裂いて行く黒猫。
だが、その程度のダメージで蜂が死ぬはず等無く、黒猫を捕えんと反撃を繰り出す。
「ぬ、危ないな。しかし、貴様ら程の巨体であれば、いくら身を寄せても隙間ができる。人間体では通れなくとも、猫人状態の吾輩なら難なく通れる隙間がな」
黒猫はどんな妨害があろうとも止まらない。ただ縦横無尽に空を駆け回り、蜂たちを切りつけていく。
そして、傷を付けた蜂の数が全体の半数へと達した時、黒猫は準備完了とでも言わんばかりにしたり顔で「うむ」と小さく呟いた。
黒猫が、蜂たちを切りつけたのは刀身に滴っている樹液を蜂の体内へと染み込ませるのが目的だった。
そして、その樹液は黒猫の『植物操作』の影響下にある。
つまり────
「『植物操作』」
瞬間、黒猫に切り傷を付けられた蜂たちが急に苦しみもがきだした。
蜂が次々と落ちて行く光景を見て、黒猫はしたり顔を浮かべる。
「樹液を植物毒に変えた。いかにその巨体と言えど、強化した植物毒には耐えられぬだろうよ────っ!?」
その瞬間、黒猫の体に激痛が走った。黒猫はこの感覚を知っている。そう、進化の際に感じた体が作り替えられる様な不快な痛みだ。
「しまっ、忘れていた……っまだ、だ!」
黒猫は、短刀を腕輪に収納すると、再び女体に戻る。
そして、その手に持っているのは黒猫の魔力の大半を注ぎ込んだ『吹雪の箒』。先程までの密集具合ならば、後方の蜂にまで十分な冷気が届かない可能性があった為、使わなかったが、ここまで減ればその可能性は少ない。
「……これで、終いだ!」
そして、黒猫は円を描く様に箒を振った。それは、森で振るった時よりも風量も冷気も増しており、一瞬で蜂を芯まで凍てつくさせる。
「吾輩の勝ちだ、虫どもめ」
床に落としたガラス細工の様に、地面に落ちてはバラバラに砕けて、氷の塵となっていく蜂。
それを『浮遊板』の力でゆっくりと降下しながら、苦しげながらも笑みを浮かべて見下ろした黒猫は、そう息も絶え絶えで呟いた。
白き霧が立ち込める地へと降り立つ漆黒の麗人。
その光景は霧の正体が砕けた蜂と知らなければひたすらに美しかった。
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