黒猫転生〜彼の者、黒猫姿で異世界無双〜

渕ノ上 羽芽

プロローグ

プロローグ 高校生、黒猫へ転生する




「やぁ初めまして、僕は君の住んでいた……君達の言葉で地球という星を管理する神様みたいな者です。ちょっと伝えなければならない事があって、こうして君の目の前に現れたのだけど.、少しいいかな?」






 ………………本当。なんの脈絡も無く唐突だった。目の前に現れた青髪碧眼の美丈夫が俺にそんな事を聞いてきたのは。







 俺は少し考えて…………ゆっくり頷く。俺は今学ラン姿で明らかに日本ではない場所、青芝の生い茂る川原にその男と2人で立っていた。

 俺が頷くのを見た神様は、嬉しそうに笑みを浮かべ、そして懐からタバコの箱を取り出すと、いいかな?と聞いてくる。


 特に匂いも煙も気にしない俺は拒絶せず頷いた。


「ごめんね。何せ僕まだまだ神様成り立てで、上からは「これだから新人は」って言われるし、部下には「神様なのですからしっかりしてください」ってプレッシャーかけられるし.。もうね最近、胃がキリキリしてくるんだよ。いやほんと、あっ君も一本どうだい?」


「えっ、いや、俺未成年なんで。タバコは…………」


 こればかりは断る。別に煙草への憧れも無いし、何より病気が怖い。すると、神様は何かツボにはまったのか、声を高らかに笑い出した。


「あはははは、君面白いね。もう死んじゃっているのに、体の心配って。大丈夫、これは神様謹製だよ?匂いと味は爽やかだし、中毒性もない。体にも害はまったくないんだ。ストレスだけ解消されるから、他の神様にも人気なんだよ?」


 ────死んじゃっているのに


 この一言に俺は最後の望みを失ったかの様に深いため息を吐いた。


 そう俺、宮崎みやざき珠希たまきは体感にして十数秒後前。下校中に市民公園の近くの車道で10トントラックに轢かれそうになっていた猫を反射的に助け、そして、そこで意識が途絶えたのだ。


 つまり、トラックに撥ねられて…………いや、目の前にタイヤが近づいてきていたのだから頭を轢かれ、即死したのだろう。だから、死んだ俺は神様に会えているし、こんな神秘的な川原に居るのだ。

 薄々気がついていたとはいえ、やはりショックである。もう家族にも友人に恋人にも会えないし、何よりまだまだやり残した事は沢山あったのだから。


 あからさまに落ち込む俺、そんな様子を見た神様はオロオロと慌てだした。


「あっ!ご、ごめんよ。そうだよね、君は死んじゃったんだんだよね……僕にはまだわからない感覚だから、その…………笑ってごめん」


 どうやって俺を慰めようかと、右往左往する神様。なんと言うか近寄り難さがない分、この神様と話しているのは楽しいかもしれない。


「あっ、いや、いいですよ……もう事実を事実として受け入れられましたし。その……一本貰っても宜しいでしょうか?」


 落ち込んでいる神様、俺は彼に笑ってそう答え、二人仲良く喫煙しながら河原の石に腰掛けるのだった。吸った煙草に似た何かの味は、甘みのあるミントで少し美味いと思ったが、なんだがとても寂しく悲しい味がした。




 ーーーーーー




 そんな感じで神様と一服しながら、しばらくのんびりと過ごしていると、神様が唐突にこう切り出した。


「…………実は君ね、英雄召喚の影響で実は異世界に行くんだよ」

「英雄召喚の影響?」


 言葉からして英雄召喚で異世界へ、という訳ではなさそうだ。巻き込まれたのだろうか?


「そう、それそのものじゃなくて影響。実は君が死んだ時とほぼ同時刻、近くで英雄召喚が発動して数名の高校生が異世界へと転移したんだ」


「…………そんな事があってたんですか?」


「うん、君と同い年と一つ下の高校生達が6人程ね、君が轢かれた時に群がってた野次馬の中かな。目の前で人が轢かれ、後ろで人が消えたからもう野次馬達は慌ててね。英雄召喚の記憶は即座に消したから大丈夫だけど…………あっ、ごめん話がずれたね」


 どうやら、自分が死んだ場所で大変な事が立て続けに起きていたようだ。神様の口から淡々と事実を聞かされているだけだから、実感はないが…………。


「君の魂は本来この星で輪廻転生する予定だったんだけど、英雄召喚って言うのは肉体と魂を連れ去る為に次元に穴を開ける行為でね。君の魂は肉体から離れ、今まさにその穴に吸い込まれている真っ最中さ。まだ君の魂自体は僕の星にいるんだけど……神様間の条約で英雄召喚が自分の星で発動した際、それに手出しをしてはいけない決まりでね。君は英雄じゃないから、こうして僕が時を止めて君と会話しているけど…………実はグレーゾーンなんだよね」


 神様は肩を竦め、話を続ける。


 神様は基本下界に接触してはいけない決まりがあるが、例えば惑星消滅、もしくは一度に多数の生命体が絶滅する危機には英雄召喚を行っても良いらしい。


 勇者召喚の歴史の始まりは昔『自分管轄の下界に過度な接触してはいけないなら、他所から連れて改造すればいい』という法の抜け穴の様な物が見つかったのが発端。


 それが禁止するべきか議論になったが、『下界への過度な接触の禁止』がある以上、もし自分の管轄が危機的状況に陥ったらと、誰もが想像して禁止は破棄された。そののちに法整備をして『英雄召喚法』が締結されたらしい。


 ちなみにだが、生まれる前の赤子を改造しようともした事もあったそうだが、成功率が低くて英雄召喚が主流になったらしい。


 英雄召喚をする神様は、事前にその世界へ連絡し、了承を貰えば、数人は連れ去ってOK。だが、俺まで連れ去られたのは予想外だったそうだ。


 しかし、サラッと時を止めているって言い切った辺り、やはり神様は凄いな。


「そう…………ですか。時を止めるって凄いですね」

「僕はこう見えても時空神に創造されたからね、僕の中でも一番の力さ」


 得意気に笑う神様。どうやら時止めの力は彼の誇りであり、自慢らしい。

 すると、先程まで浮かべていた笑みを失せ、真剣な表情を神様が浮かべる。俺と神様の間に緊張が走った。


「そして、これが本題。……コホン、宮崎珠希よ、汝は異世界への転生を辞め、こちらでの転生を望みますか?もし、地球での転生を望むなら、記憶を全て抹消して………」


「断ります」


 記憶の抹消…………俺はそれを聞き即座に断った。その答えに神様は更に眉間にシワを寄せる。


「いいのかい?あっちの世界は危険だよ。魔物も、盗賊も、魔王も居て、国家間の戦争も絶え間ない。日本みたいな安全な場所じゃないよ、魔法とか冒険とかに憧れているなら考え直すべきだ」


 神様から強い意志を感じる。どうやら本当に俺を気遣っての言葉をらしい。


「それに、僕が言うのはなんだが、あの世界の神様はクズだよ。違法な事ばかりしでかしているしね。今回の英雄召喚だって、本当は僕は納得していないし、どうもきな臭い。そんな世界に行くのかい?憧れの為だけに?」


 確かに、魔法や冒険とか言われると憧れも全くない訳ではない。俺は幼い頃から小説を通じて童話昔話などの説話。日本、ケルト、北欧、ギリシャ、スラヴなどの神話が大好きだった。憧れはかなり強いかもしれない。


 しかし、それ以上の理由が今の俺にはある。


「…………猫を助けて死んだのは仕方がない。自分した事だ後悔はない。それに世界破滅の危機が迫る異世界での生活も吝かではない。魔法への憧れもある。しかし、それ以上に今まで過ごした両親、友人、恋人との思い出を忘れるのだけは絶対に嫌だ。それを忘れたら俺は俺じゃなくなってしまう気がする。お願いだ神様、まだ全てを忘れたくないんだ。」


 俺は強い意志を漲らせ神様にそう言い放った。手が震えるのがわかる。それはそうだろう、相手は生死の概念もなく、時を止められ、星すら管理している。俺はそんな格上の存在に堂々と啖呵を切ったのだから。


 静かな間が訪れる。俺も神様も喋らず、川の流れと風に靡く草の音だけが妙に大きく聴こえてくる。


 すると、神様が清々しそうに笑い出した。どうやら俺は神様に受け入れられたらしい。


「…………はは、あははは!、いいね!その若々しさ!そうだ、あそこは色々と危険だから餞別を君に送るよ、記憶もそのままにしといてあげる。」


「えっ!?でも赤子の改造は死ぬ危険性が高いんじゃ」


 そうだ、だから神様たちは英雄召喚なんて回りくどい事をしているんだから。

 転生してすぐに死ぬとか真っ平御免だぞ、と俺は神様に暗に告げる。


「いやいや、今回は大丈夫だよ。僕には君の来世がどんな種族になるのか知ってるしね。アレだと君が死ぬような事にはならないよ」


「えっ?それって人じゃないんですか?」


 俺の来世がわかるのか、さすが神様。しかし、さり気なく人外発言された。けっこうショックである。


「いや、もしかしたら森人族エルフ山人族ドワーフ小人族ホビットかもしれないよ?」


 ふふふ、と神様は含みのある発言をする。きっと、来世はその三種族では無いのだろう。


「いや、ゴブリンとかオークとか気持ち悪いのではない限り悪魔でもなんでもいいですよ」


「うん、まぁ気持ち悪くはないね、ぷくくく思い出したら笑いが…………」


 基本笑顔が絶えないなこの神様。しかし、イラつかないのは短時間でもこの神様の性分を感じ取れたからだろうか?まるで、昔からいる友人の様に感じてしまう自分がいる。


「君のカルシウムが足りているからさ!」


「魂にカルシウムは無いのでは?というよりナチュラルに心読まないでください。イラつかないけど疲れてきました。さっさと転生させてほしいです」


「全くもうしょうがないなー。では、君にあげる能力三つ。一つは僕の加護、二つ目は君にピッタリの能力、とだけ言っておくよ。三つ目は戦闘には関係ないけどあげる」


 最後の能力を付け足した意味は?。俺は神様に神々しい光を浴びさせられながらそう思った。



 ーーーーーーーーー



「………………ここからは真剣な話。実はお願いもあるんだ。どうか英雄達を助けてやってはくれないかい?できれば彼等を僕の世界へと返してやりたいんだ。その為の能力も君には渡している。あのクズは連れ去っても返す事は絶対にしないだろう。だからお願いだ…………彼等を助けてくれ」


 彼は悲しそうな目で俺に微笑みかける。彼は恐らく俺の事も気遣っているのだろう。

 英雄を元の世界へと返す。


 世界と世界を繋ぐ行為をいくら神のバックアップがあるとは言えたかが一人間である俺が成すのだ。恐らく人生を全て注ぎ込む程の覚悟がいるのかもしれない。それでも彼が俺にお願いするのは、やはり連れ去られた人達を本心から助けたいが為なのだろう。

 彼は神様なのに人間味がありすぎる。損得勘定ではなく、感情で動く。そこが彼の短所で、同時に長所でもあるのだろう。


 僕は首を縦に振る。すると彼は涙を流し「ごめん…………ごめんよ」とか細い声で謝った。


「…………餞別も用意したから有効活用してね。では時止めを解く。時はこれから動き始める、君と合うのは最後だろう。汝に……我が友に幸があらんことを」


「…………ありがとう……神様」




 さり気なく友達扱いにされているのを少し嬉しく思いながら、こうして俺こと宮崎珠希は笑みを浮かべる。神様と長々と雑談を交わした後、異世界へと転生するのだった。


 ーーーーーーーーー



 宮崎珠希が去ってすぐ、神を名乗った者は天を仰ぎ呟いた。


「まったく、君ってやつは相変わらずなんだから。他人に徹しようとしたのについ言葉が出てしまったよ…………」


 神は昔を懐かしむ様に微笑み、そして鬼の様な剣幕で自分を叱咤する。


「すまない、我が友よ。再び君を死地へと追いやるなんて…………僕は相変わらずの愚か者だ。ゴミだ。クズだ。痴れ者だ…………でも、もう僕は……僕は…………」


 その呟きは、誰にも聞こえず風の音にかき消されていくのだった。



 ーーーーーーーーー



 …………そして『吾輩』は目が覚めた。


 辺りを眺めるが木の幹や葉、雑草の類が異様に大きい森の中。そして、腰から生える二本の尻尾に服と手袋の隙間から見える両腕の黒い毛…………吾輩は想像の通り魔物になってしまっているようだ。

 吾輩は五体投地になり落ち込む……後悔はしていないが、ショックではあるのだ。


 だが、心構えは出来ていたので泣き叫ぶやらなんやらは無かったのは上々と考えるべきだろう落ち込んでも仕方がないのだ。

 すると、すぐ近くにスタンドミラーを発見した。場違いにも森の中に堂々とあったので、すぐに見つかった。

 きっと、あの神様の仕業なのだろう。まぁ色々と言いたい事があるが、今回は自分の顔がどうなっているのか気になるので吾輩は鏡を覗き込み…………絶句した。


「吾輩…………猫になっておる」


 鏡に映っていた生物。

 それは、某恩返し映画に出てくる猫の男爵を思い出させた。なぜなら吾輩は軍刀を腰に下げ軍服を着込んだ碧と赤のオッドアイの映える、凛々しい顔立ちをした身丈60センチ程の二足歩行の黒猫だったのだから……。

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