結果は……!?

「アルフレッド! 驚きました、まさかアルフレッドが楽団員だったなんて! それも、金管リーダー」


 翌日、私は出勤すると同時にアルフレッドに驚きを伝えた。まだ眠たそうなアルフレッドは、


「ああ、言ってなかったか」


 と、しれっとしている。


「言ってませんでしたよ! トランペット奏者だったんですね」

「そうだ」


 気だるそうな様子が色っぽくも感じるアルフレッド。金管リーダーというくらいだから、きっとトランペットも上手なんだろうな。アルフレッドは一体どんな音を出すのだろう──


 気になりだすとワクワクして止められなくなってきた。


「お前な……」


 私がじっと見ていたからだろうか。アルフレッドが鬱陶しそうな目線を送ってきた。


「聴きたいのか? 俺のトランペットが」


 いつものように面倒くさそうに思えるのに、その表情にはどこか挑発的な色が乗っている。その表情に思わずゾクッとした。


「はい、聴きたいです」


 そんな顔をされたらますます聴きたくなってしまう。私は前のめりでアルフレッドに訴える。


「何か一曲吹いていただけませんか!?」

「しょうがねえな」


 アルフレッドは言葉程には面倒くさくなさそうに店の奥からトランペットケースを持ってきた。ケースから出したトランペットは金色。アルフレッドの触り心地の良さそうな髪の毛の色と同じそのトランペットは、まるでそこにあるのが当然とでも言いたげに輝いている。


「朝だからあまり期待するなよ」


 軽く音を出したアルフレッドは金色のトランペットを構えた。さっきまでの眠そうな顔はどこへやら、アルフレッドは私が今まで見てきた中で一番真剣な表情をしていた。


 すっと息を吸い込んでトランペットに吹き込む。その瞬間、風が吹いたのかと思った。そのくらいの衝撃が私の胸を貫く。


 なんて真っ直ぐで綺麗な音──


 キラキラと輝く粒のような音が次々と発せられる。私は息をするのも忘れて聴き惚れた。


 少し聴いただけでわかる、アルフレッドはとても上手い。それこそ、プロの楽団でしか聴いたことのないような上手さだ。


 それに、なんて楽しそうに吹くのだろう。アルフレッドの音は踊っているかのよう。トランペットが大好きで、自信もあるのだということが伝わってきた。


 アルフレッドの演奏はあっという間に終わってしまう。私はほうっと見惚れてしまって、演奏が終わった後もしばらく動けずにいた。


「……こんな感じだ」


 惚けている私に少し恥ずかしそうなアルフレッドがそう口にしてトランペットをさっさとケースに仕舞い始める。私は我に返って、最大級の拍手を贈った。


「すごい! すごいです、アルフレッド!」


 この感動をどうにか伝えたいのに、肝心な言葉が出てこなくてそんなことしか言えない。語彙力求む。


 だけど、アルフレッドは満足気な表情を私に向けた。


「ふん、当たり前だ」


 アルフレッドは謙遜することなく、私の賞賛を受け取った。


 こんなに上手な人がいる楽団の試験を私は受けたのか。このくらい上手な人がもっとたくさんいるのかと思うとワクワクが加速してしまう。


「早く楽団で演奏したいなぁ」

「お前、受かるつもりかよ?」


 アルフレッドは呆れた様子だったが、私が褒めたからか機嫌が良さそうだ。


「う、受かりたいです! 王立吹奏楽団で演奏するのが私の夢なんです!」

「夢、ねぇ」


 薄く笑ったアルフレッドは、


「お前がこの店で働いてるからって贔屓はしねえからな。審査は公平だ」


 と、言った。


「それはもちろんです! 私も実力で入ってみせます!」


 コネを使ってまで楽団に入団したいとは思わない。もし、それで入団したとしても、その後で置いて行かれてしまうだけだ。だから、私にとってアルフレッドの言葉は嬉しいものだった。


「……そうかよ」


 アルフレッドはニヤリと笑って、いつものように店の奥に消えていった。




 数日後。ウィンドホール前。今日、ここで入団試験の合格者が発表される。私は胸に手を当ててその発表を待っていた。やれることはやったけれど、どうしても緊張してしまう。試験本番よりも緊張するかもしれない。


 震えながら待っていると、試験の時と同様にメアリー、カミーユ、アルフレッドが現れた。いよいよだ!


「それでは、入団試験合格者を発表します。今回の合格者は9名です」


 9名。受験者の約3割ってところだろうか。私はギュッと目を閉じた。


「フルート、プラッシュ・ベルリス」

「はい!」


 呼ばれた人は嬉しさから涙ぐむ。時には「やったー!」と、叫ぶ人も。いいなぁ、いいなぁ。この感じ、高校の時を思い出す。


「クラリネット、ゴールド・マッコイ」

「はい」


 痩せた男の人が返事をした。ああ、あの人はクラリネットとして通過したんだな、いいな。


「シエラ・ウィドウ」


 どうか私の名前が呼ばれますように……


「……? シエラ?」

「……え?」


 カミーユが不審な表情で私を見ている。隣のアルフレッドも「このバカ」とか言いながら私を睨んでいた。シエラ・ウィドウ。わ、私だ!


「うわっひょい!」


 返事と驚きと喜びが混じり合った返事をしてしまった。アルフレッドは頭を抱え、カミーユはくすりと笑う。


「よろしくね、シエラ」

「は、はい! お願いします!」


 私は思い切り頭を下げた。やった、やったよ! 合格したー!!!


「合格者は以上です」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 声を上げたのは、入団試験の日に私に声をかけてきた三人組の内の一人だ。


「何故、私が合格できずにシエラが……! わかっているんですか!? 彼女を入れることは、この楽団にとってマイナスです!」


 強い口調で必死に訴えている。笑顔の指揮者、カミーユがそれに対して口を開く。


「彼女の演奏を君も聴いただろう? シエラは僕達が知らない曲を、クラリネット一本でしっかりと表現して聴かせてきた。それに、経験年数6年というのも嘘ではないらしい。彼女の実力は当楽団の団員に匹敵するものだと、僕達は判断した」

「ですが……」

「それにね」


 反論しようとする言葉を強めに遮ったカミーユは、


「シエラ自身にどんな問題があるかは僕達には関係がない。実力がある者をこの楽団に入れ、実力がない者は入れない。ただ、それだけのことだよ」


 と、続けた。優しげな笑顔を浮かべているのに容赦のない言葉。それを受けて、もう私について反論する者はこの場に誰もいなかった。

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