転移先は街中の嫌われ者でした ~王立吹奏楽団のクラリネット奏者~

弓原もい

プロローグ

「いらっしゃいませ!」


 古い木の扉がギーッと音を立てて軋みながら開いた。私が持っていた楽器を置いて笑顔を見せると、店へ入ってきたお客様はそれを見てぎょっとした表情をする。


 私がここにいることに驚いているみたい。だけど、私はそういう顔をされることに慣れてきたので、めげずに笑顔を向け続ける。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」

「あ……あの、修理を頼んでいた楽器を受け取りに来ました。アルトサックス、なんですけど」


 怯えながらもご用件を伝えてくれたお客様は銀髪の若い男性だ。日本ではご老人以外あまり見かけなかった髪色も、この世界ではごくありふれた髪色みたい。そんな男性が口にしたのは、地球でもお馴染みの木管楽器の名前。


「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」


 私は丁寧にお辞儀をしてから奥へ引っ込む。


「アルフレッドー!」


 私はこのお店、オズ楽器店の店主さんの名前を呼ぶ。奥の暗くて狭いスペースで俯いて作業をしていた金髪の男性が顔を上げた。


 赤茶色の瞳にすっと通った鼻筋、整った顔立ちはまるでモデルのよう。日本の街中を歩いていたら、注目の的になることは間違いないイケメンだ。そんなとても格好いい顔立ちをしているのに、相変わらず眉間に皺が寄っている不機嫌そうな表情が残念な店主さんである。


「修理でお預かりしていたアルトサックスをお客様が受け取りにいらっしゃいました」

「ああ、それならそこに置いてある」


 アルフレッドは顎でその場所を指し示す。そこに楽器のケースを見つけて、私はおいしょっとそれを持ち上げる。


「もっと定期的に修理に来るよう言っておいてくれ。代金は張ってある紙の通りだ」

「はーい」


 私はケースに張ってある紙を確認する。うおっ、なかなかのお値段だ。


「シエラ」


 そんな私をアルフレッドがもう一度呼び止めた。


「?」

「もう少ししたら休憩する。そうしたら、お前の練習を見てやっても良い」

「! 本当ですか!」


 私は目を輝かせる。アルフレッドの指導は厳しいものだけれど、指摘が的確なのでとても勉強になるのだ。


「あんまりにも下手な演奏だと聴いててイラつく。だからお前のためじゃなくて俺のために見てやるだけだ」


 アルフレッドはそんな言い訳のようなことを口にする。口は悪いけれど、練習を見てくれるっていうことに間違いはないみたい。


「ありがとうございます、アルフレッド!」

「わかったならさっさと行け。客が待ってんだろ」

「はい!」


 ふいっと私から顔を逸らすアルフレッド。少し耳が赤いから、照れてるのかもしれない。アルフレッドは言葉は厳しいけれど、訳ありな私をお店に置いてくれた、たぶん優しい人。


 私は笑いを噛み殺しながらお客様の元へ戻った。アルフレッドから受けた説明をして、代金を受け取る。


「ありがとうございました!」


 お客様は丁寧に対応をするわたしを見てお化けを見たような顔をしてから逃げるようにお店を出ていった。


 私がここ、オズ楽器店で働き始めてから数日。少しずつではあるけれど、お仕事にも慣れてきたと思う。


 私の名前はシエラ・ウィドウ。亜麻色の髪の毛に赤みがかった茶色の瞳を持つ私の中身は日本人だ。私がこの身体に憑依してからもうしばらく経つので、この見た目もだいぶ見慣れてきた。


 私はここで働きながら、前世の無念を晴らすため、そして約束を果たすために精一杯生きている。約束をしたのは私がこの世界にやってきた日に遡る。

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