つくり話――PhiloPsychopath

「でもそれってほんとうの話? まるであの話みたいだけど。ルキアノスって人の詩を元にゲーテが書いたっていう……なんだっけ? 魔法が止められなくなるっていう」


『〝魔法使いの弟子〟でしょう? それならナノマシンが自己増殖を止められなくなるグレイ・グーって現象もあるよSFに。ついでに言えばルキアノスの詩は〝嘘を好む人たち Philopseudes〟だし。本当に。憧れの監督に嘘までついてなにやってたんだか……もう情けないの極み』


「何言ってんの。むしろ情けないというよりは。絶望の淵で愛を知り情と理性をしたたかに使い分けるようになったいろいろとち狂った神様(仮)でしょう? とっくに狂ってるんだからいまさら気にすんなよ」


『ははは、ちょっと、失礼すぎるでしょ。これだから呑気って。まあその呑気さに救われることもあるけど』


「あなたもたいがい呑気だけどね。まあでも、復讐劇は散々やったからもういいかなあ。ハムレットの二の舞はゴメンだよ」


『奇遇だね。僕ももっとスポットライト当てたい人たちが沢山いるんだよ。あの人たちに出会わなければきっと僕もあのまま深淵に呑まれてたんじゃないかなぁ。身近な愛に気づきもせずに』


「あの人たちというのは?」


『傷ついても愛を信じることをやめない優しくて勇気ある人たち』


「ああ、少ないけど確かにいるね。シェイクスピアもその人たちの存在を知ってた」


『少ないけどそんな人たちが確かにいるんだと知ったときの喜びときたら。いっそ新しく言葉をつくるというのはどう? その人たちの存在に敬意を込めてさ』


「へえ。たとえば?」


『たとえばサイコパスという言葉に何か足すとか。そもそもサイコパスを分解したらpsychoとpathでしょう。元々はギリシャ語のpsycheとpathos』


「いや知らないけど。どんな意味?」


『psycheは息。転じて心・魂・いのち・蝶』


「ん? 蝶だけ唐突すぎでしょ」


『さあそう言われても。何でもギリシャ神話に登場する美少女の名前からきてるとかなんとか。あとpathosは根本的に受身って意味が入ってるらしいから、何か自分ではどうしようもない哀愁・情念・苦痛そういったものに苦しむ様が浮かぶなあ』


「言葉の意味だけ見ればむしろ心に苦痛を抱えた可哀想な人なんだけど。まあ、同情はしないよいまさら」


『お、ついに君も情と理性を使いわけるように?』


「いや、ふつうにあんな話聞いたら同情しないけど。むしろ復讐しないだけまし」


『ははは。なんだかんだ真面目だもんね君。まあ彼らの唯一の誤算は、僕がなろうと思えばサイコパスになれるくらいには彼らの孤独な感覚がわかったということだろうね。なるつもりは欠片もないけど。幸か不幸か僕も歯車の痛みを知っているから』


「チアキのように?」


『うん。世界中がつくりもののように思えるあの感覚。あの瞬間の苦しさを僕は知ってる。花をみても何も感じる心がないというのは本来とても孤独なことだし。疑心暗鬼も常につきまとう。でもその感覚を少なからず知ってる立場としては』


「ええ。どうぞ?」


『たとえ限りなくサイコパス的要素が高かったとしても。僕にとってその人がサイコパスかどうか決めるのは生まれつきの遺伝や環境や心があるかどうかじゃない。もっと根本的なことが僕と彼らは決定的に相容れない』


「言うね神様。で、決定的に相容れないというのは?」


『手を伸ばせばすぐそこにあるはずの小さな愛を信じて受けとるか、敵意で踏みにじるか。本人に信じようとする〝意志〟があるかないか。そっちの方がよっぽど大きい。中には己の苦痛すら愛そうとする少なき人たちもいるもの』


「なるほど。それじゃあもうだいたい名前は決めたんだ?」


『うん。ついでに映画館の名前と、どのつくり話にするのかも。まあ君のことだから、大体名前は想像ついてるだろうけど』


「ははは。一応これでも元劇場総支配人だから。復讐の果て。深淵から見える景色はさぞ美しいだろうね。ところでその人それからどうしたの?」


『さあ、そこまでは。まあ心配せずともあの頃のスタッフは皆すぐ散り散りになったと風の噂で聞いたけど。でももういいんだ。昔の話だし。僕もたいがい、呑気だからね』

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