つくり話のつくり話㊦――PhiloCharta

「プロデューサー?」


『映画を作るにはまず資金と人材が必要でしょう? 億単位で動くから一度失敗したら次はもう作れないし。チェスの駒を見るように戦略的な視点が必要になるからむしろ適職』


「いや何で褒めてるのか意味わかんないんだけど」


『実際向いてるんだよ。たとえば夏公開の映画だとして。宣伝するなら○月までに納品する必要があると。映画祭で受賞すれば大きな宣伝力になるから応募するならさらに□月までにはある程度完成してた方がいいなとか。せっかく皆が命かけて作った映画をぎりぎりで納品してろくに宣伝も出来ず、公開したら存在すら認知されてなかったなんてことになったら悲惨でしょう?』


「それはなんというか、いたたまれない」


『あとは初号試写や打ち上げに誰を呼んだら今後の更なる利益に繋がるかとか。呼べる人数にも限りがあるし。それから完パケ……完成したら関係各所に配る完成品だってそう。誰に渡すのが最も効果的かとか色々考慮に入れてね』


「普通にみんなに配れば?」


『情があったら普通はそうなるよね。長い間お疲れ様って気持ちを込めて。でも彼らにとっては大事な切り札の一つ。今後の利益に繋がりそうな人にだけ手堅く配る。一枚足りとも無駄にしたりしない』


「無駄ってことはないでしょう」


『たとえばだけど。もう過労で心身共にボロボロになって辞める役者がいたとするでしょう? で、辞めてから同じ業界の違う会社に行くのであれば、まだ駒として使える可能性があるから一応配る。気さくにね』


「駒って言われても」


『でももし辞めてから手の届かないくらい遠くへ行ってしまう場合。その世界から一切いなくなって今後も特に利用価値もなさそうな駒だなと判断したら、まず配らない。そんなことするくらいなら一枚でも多く新しく繋がったお得意様に配る。そういう思考回路』


「愛がないなあ」


『ね。philosがないよphilosが』


「あ、僕ラテン語担当だったんでギリシャ語はちょっと」


『philos。形容詞なら最愛の、愛する、親愛なるとか。名詞なら友人みたいな』


「ああ、それなら。philosopher's stoneで賢者の石?」


『そうそう。智を愛する人たちのね。ついでに言えばphiloになるかphilになるかは後ろに続く音が母音かどうか。らしいよ』


「らしいって言われても」


『彼らに愛はない。けど会社にとってはたぶんその方が今後の利益には繋がる。ああいう人がいる限り会社が損することはまずないんじゃないかなあ。むしろ社員を路頭に迷わすよりよっぽどいいのかも。ついでに言えばいい映画を作るためにはどこまで監督に寄り添えるかが問われるらしいよ』


「らしいって。さっきから褒めてるけど利用されてたんでしょう?」


『そうだね。もういいように影で操られてたことにも気づかず過労と罪悪感で体も心もボロボロになって誰にも言えずにその世界を去ったことならあるよ』


「何やってるの神様。というかさっきの話自分のことでしょう」


『あ、くれぐれも言っとくけど可愛らしい20代前半の純粋な女の子の話だから』


「はいはい」


『出会った順番的にはスレンダー美女→新進気鋭のプロデューサー→小悪魔系色白女子だから。この時はまさかそんな人いるなんて思わなかったんだよ。知ってさえいれば警戒するくらいは出来たのにね。少なくともあんなに自分を責めることもなかった。はあ、私一体何やって……』


「あ、ちょっと呑まれかけてますよ深淵に。戻っておいで神様。過去の話、過去の話」


『おっと危ない危ない。僕は神様。ふー』


「というか。そういう人だって最初会ったときに気づかなかったの?」


『それが一見気さくで腰の低い社交的な人だったからまったく見抜けなかったんだよ。そもそもそんな人がいるなんて思ってもないし。なんとなく違和感はあったけど人を第一印象で判断するなんてって感じで。実際ターゲットにさえされなきゃ大抵の人にとっては終始善人でしかない訳だし。取り巻きも多かった』


「意地張らないで誰かに助けてって言えば良かったのに」


『言えなかったんだよ。言わなかったんじゃなくて。片や数々の有名監督と一緒に映画を作ってきた新進気鋭のプロデューサー。片や20代前半のまだ何の実力もない新人女子。世間がどっちの言葉を信じるかは明白でしょ?』


「それでも言えば誰か一人くらいは助けてくれたでしょう」


『一人だけ気にかけてくれた人がいたけど。僕はそもそもその人に出会ったときから嘘をついていたから言えるわけなかった。なにより僕は彼らの作る映画の大ファンだったし。自分が嘘つきだとバレる分にはいくらでもバレていいけど。今後も一緒に仕事をしていくであろう彼らの信頼関係をわざわざ傷つけるぐらいならこのまま黙って去ろうと』


「自己犠牲にもほどがあるな」


『ね、自分でも笑えてくる。でも制作作業ならまだしも役者同士のいざこざで彼らの映画が観られなくなるなんて事態を一番避けたかったのは何より僕だもの。そりゃあ自己犠牲的にもなるでしょう? しまいには影から操られてることにも気づかずつくつもりのない嘘をつかされて。気づいたときにはもう手遅れ。誰にも言えずにどんどん嘘を止められなくなってしまいには……くっ……もう自分のふがいなさにはらわた煮えくり返りますよ。私一体何やって……』


「おーい」


『あ、ごめん度々』


「むしろわざとやってるのかなあ」


『失礼しちゃう』


「なるほど。もはや人格まで壊れかけるほど深淵に呑まれて……って。しっかりしてよ、あなたはいま神様役(仮)でしょう」

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