つくり話のつくり話㊤――ハニートラップ
『そもそもどうやってそのつくり話をチアキに伝えるかだけど』
「それじゃあ、映画館はどう? スクリーンを一枚隔てて第四の壁を厚めにしてさ。深淵を覗くときも内側までは覗かない。せいぜい外側からそっと映す程度か間接的に描くくらい。あくまで心の距離を保ったまま客観的に描くってのは?」
『出来るかな』
「そりゃあ僕にはムリだけど、いまのあなたなら出来るでしょう? 神様なんだし。危ないと思ったら僕が観客席から野次飛ばすし。どう?」
『うーんまあそれならなんとか……。でもくれぐれもチアキにバレないでよ?』
「顔を見られなきゃいいんでしょ? 上手くやるから。何もなければ黙ってるし」
『うーん……』
「あれ、神様ともあろう者がめずらしく弱気だね? あ、わかった、本当は怖いんだ。深淵だってすぐそこにあるのに全然登場しないし。さては下手に誤魔化して通りすぎようとしてるでしょ。下手ってのは技術的な云々じゃないよ。中身の問題」
『そんなんじゃないし。まあ、出来ることなら覗きたくはないんだけど。いっそ君にも彼らに騙された経験があればその記憶を使えたのに』
「あいにく良心のない人に騙された経験なんてないなあ。騙す側だったことはあるけど一応その時だって本人に直接聞いてるし。願いごと叶えたら悲劇を演じ続けることになるけどそれでもいいの? って」
『まあ王子が流れ星に願い事をしようと思ったきっかけは、そもそも彼らのような人に騙されたからって背景があるからね。それでいくとやっぱり同じような経験を持つ僕の記憶を使うしか』
「というか騙されたことあるの? 神様なのに?」
『そりゃああるよ。僕だって昔は役者だったんだから。んーでも数えるほどかなぁ……一人……二人……まあ、ちょうど三人だね』
「いや、騙されすぎでしょ」
『僕にだって純粋で可愛らしい時もあったんですよ。その時は20代前半の人を疑うなんてことはまるで知らない純粋な女の子として生きてたし』
「ガチで? いろいろウケる」
『ちょっと。だから一体どこでそんな言葉覚えて……ってまあいいや。実際自分でも笑えるし』
「どんな人たち?」
『一人目はスレンダーな美人でスタイルが良くてちょっと儚さがあって。思わず守ってあげたくなるような女性』
「あれ、さっき女の子として生きてたって言ってなかった?」
『ええ、女なのにハニートラップに引っ掛かりやすい人だっているんですよ。あ、ハニートラップってのはここでは肉体的な云々じゃなくて精神的な面での色仕掛けって意味で使ってるから。袖口をちょんと引っ張られたり腕を自然に軽く組んできたりとかね。もう思わず守ってあげたくなっちゃうみたいな。何か問題でも?』
「いや、何も…………フッ」
『あれいま笑いを堪えるような声が聞こえましたけど?』
「気のせい気のせい。あとの二人は?」
『そうだなあ。二人目は小悪魔小動物系の可愛い色白女子』
「あはははは」
『隠す気も失せるほど可笑しいと』
「だってハニートラップひっかかりすぎでしょ」
『だって可愛いかったんだもん。しかもめちゃくちゃ優しかったし』
「いや、騙されたんでしょ? 何言っちゃってるの」
『だって30年来の幼なじみだったから。そう思ってたのはこっちだけだったみたいだけど。そりゃあ夢であってほしいと思うよね。色々思い出もある訳だし。第一自分が一番信じたくない。悪気はなかったんだと思いたい。でも、違ったんだね~』
「だね~って」
『地元の友人たちも共通の仲間だったからそんな幼なじみを疑うような相談もできず一人で悩んで。気づいたときには手遅れで居場所ごと人脈も全部奪われてたなぁ。もうハムレットもびっくりみたいな』
「可哀想なくらいハムレットだね。え、でも30年来の友人たちなら根も葉もない噂なんて信じる?」
『わりと信頼はされてる方だったと自分でも思うよ。大事にしてたし。でも当時は女の子だったから。色恋沙汰の噂立てられるともう信頼なんて一瞬で崩れる。人の彼氏にちょっかい出してるとかさ。実際はそんなこと一度もしてなくても。むしろ応援してた。脆い友情だったよ』
「なんだか全然夢がない話だなあ」
『ほんとうに。夢を求めすぎて現実が見えてなかったんだよ。その時は逃げる場所も助けてくれる人もいなかったから自分で自衛するしかなくて。おかげでミイラとりがミイラになりかけたけど』
「サイコとりがサイコに? ああそれで。なんでこの人彼らの感覚わかるんだろう怪しいとは思ってた」
『たとえ演技でも良心捨てて考えなきゃ彼らの思考回路なんて読めないもの。先回りして未然に防ぐなんてなったらもう先の先まで読まなきゃ。おかげで心までなくしかけちゃって~』
「全然神様っぽくないんだよなあ」
『でもおかげで? そういう人がいるとちゃんと知ったのはその時かなぁ。それまではなんだかんだ〝逃げる〟っていう選択肢があったから深く知ろうとはしなかったし。課題クリアするまで同じやつ繰り返しくるって話あながち間違いじゃないなと思った』
「感想を言われても。あとの一人は?」
『三人目は新進気鋭の映画プロデューサー。今度は男性。相手に考える隙を与えず嘘で畳み掛けるように急かすのはあの人の得意技だったな。もうかなり昔の話だから、あれからどうなったかは知らないけど。そもそもまだ同じ世界にいるかどうか。何せあの世界は人の入れ替わりが早いから。よほど有能でないと生き残ってはいけない世界でしょう』
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