楽屋口

「というか、やっぱりジュリアンちゃんといたんじゃないですか。筋書きだって変えられなかったんじゃ。まさか神様が騙すなんて」


『おや、嘘も方便と言うでしょう? 聞く耳持ってない人にいくら言ってもしょうがないじゃない。聞かないんだから』


「それはまあ、そうだけど」


『それにあの人ジュリアンじゃないし。筋書きだって、僕には本当にどうすることも出来なかった。でも舞台の上の役者が筋書き変える分には何の問題もないでしょう? 物語の主役はあくまで役者。そう決めたのは総支配人である貴方だ。まあ現場のことは僕たちのがよく知ってるけど』


「嘘つきは泥棒の始まりって聞くけど」


『嘘をつかねば仏になれぬって言葉もあるけど? それにあの子たちのことよろしく頼みますって、君も存外真面目だね。僕がまたなりすましで情の欠片もないようなヤツだったらどうするの。自分以外は嘘つかないとでも思ってるのかな』


「うわ、とんだ腹黒神様だった」


『なに言ってんの。英語圏にもあるでしょう誰かを傷つけないための白い嘘。そりゃ言うだけなら何だって言えるけどね。中にはただただ己の欲望の為に嘘を利用するだけの奴もいるし。あ、もちろん僕は同じ嘘つきでも嘘を愛してるから。むしろ腹白と呼んで欲しいね』


「ははは、腹白神様ってなにそれ。でもやっぱり最後に一目くらい会いたかったな。あの人に」


『そんなのこれからいくらでも会えるよ』


「え、なんで?」


『君の次の舞台決まったから。あ、正確には元総支配人で元毒蛇で元盲目ねずみで』


「ちょっと言ってる意味わかんないんだけど」


『あの人が自分の命を君にって』


「え、そんなの……。自己犠牲なんて僕はそんなの望んでたわけじゃ――」


『なに言ってんの。あのしたたかな人が自己犠牲なんて考えるわけないでしょ。半分貸すだけだから』


「貸す?」


『そう。半分だからいままで通りという訳にはいかないけど。終わったらちゃんと返却してもらうから』


「……なにそれ」


『あーあ、うっかり変な神様をそそのかしたりするから。粗末にしたら即没収だよ没収。僕の命でもあるんだから、大事にしてよね。あ、あとその短剣も返してもらうから。血まみれのバラとスカーフはそうだな、記念に持って帰ったら?』


「ははは、ここの神様狂ってる」


『おや、今ごろ気づいたの? 残念一歩遅かったね』


「はは、ほんとうに。いつも気づくのが遅すぎて……。じゃあ、見守っててよ。友だちとして」


『友だちにしては随分お願いするじゃん』


「いいじゃん別に友だちなんだから。大事にしなきゃ没収なんでしょ。じゃあちゃんと見張っててくれなきゃ」


『なんだか野良猫になつかれた気分』


「え、何か言った?」


『まったく。しょうがないなぁ』


「ところで次の舞台って?」


『そりゃあシェイクスピアと来たら次の舞台はあそこしかないでしょ。美しい青い星』


「曖昧すぎるんだけど」


『The globe. 地球座へ――。あの人も最後の一仕事終えたら会いに行くって』


「え、会いにって……どうやって?」


『そりゃあもちろん、そよ風にのって。ちなみに国は僕の好みで勝手に決めたから』


「横暴すぎる」


『限りなく役者の好みを取り入れたつもりだけど? 女神の御座おわす美しい青い山。移り変わる四季の変化に息吹きを感じ、小川のせせらぎは絶えることがない。きっと夢を見るには絶好の場所。それに美しい夢を描こうと思ったらリアル一辺倒じゃなくて省略の美も知っておいた方がいいと思うんだ』


「省略なんかしてどうすんの?」


『型でも様式でもリアルを少し省略した時に余白が生まれるでしょう。その大きな枠の中に。その余白にこそ自由が生まれる。想像する自由がなければ夢も何もないからね。そこから先は思う存分自分の好きにしたら? 型があるから型破り、型がなければそれは形無し』


「なにそれ」


『その国の人の台詞。他にもいろいろあるよ。ワーストはネクストのマザー、とか』


「わかったようなわからないような」


『ね、でもなんか元気出てくる。スポーツ詳しくないけどこの台詞はなんか好きなんだよね。でも一番好きなのは童謡かな。


 菜の花畠に 入り日薄れ

 見わたす山の端 霞ふかし

 春風そよふく 空を見れば

 夕月かかりて におい淡し


 イギリスとはまたちょっと違う感じ。童謡ってその国の雰囲気がよく出てるよね。それになにより』


「なにより?」


『いろんなANIMATORに沢山出会えるかもね。あまり筋書きをバラす訳にはいかないけど。もしかしたらANIMATORの神から鯛焼きをご馳走になることもあるかも』


「いや鯛焼きって何ですか。というかANIMATORの神って?」


『アニメーターは演技者である。その人の台詞。鋭い観察眼を持ちながら得体の知れない新人にも気さくに接してくれるようなベレー帽をかぶった優しい神様のような人。まあちょっとしたご褒美ということで。せいぜい楽しんできなよ。あ、でもその前に少し手伝ってくれると助かるんだけど。ただでさえ役者が少なくて困ってるんだ。最後の大仕事』

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