不思議な女の子

 話し声に我に返ると、例の女の子が小さな両手をトンとテーブルに乗せ、覗き込むように僕の顔を見つめていた。首もとに小ぶりの丸いペンダントがきらっと光った。


 実際、僕は頭痛がしていた。痛みに気を取られて急に話し掛けられたことにもさほど驚きはしなかった。まだそこまで痛みは強くなかったのでなんとかお礼を言って誤魔化すと、女の子は首をかしげながら不思議そうに言った。


「ならいいんだけど……」


 女の子はすました様子で、でもどこか気にかけた様子でチラッともう一度僕の方を見やると、軽やかにカウンター席の方へ戻って行った。それから店主と二言三言なにか言葉を交わして、カウンターの少し背の高い椅子に腰掛けた。首もとの丸いペンダントを手持ち無沙汰にくるくる回しながら、商人と店主の話をじっと耳をすませて聞いているようだった。

 ほどなくして女の子は商人の後について店を出た。カランコロンと鳴るドアベルの音が、いつにもまして強く響いた。


 それにしても、何でわかったんだろう? いままで頭痛のことなんか誰にも言ったことなかったのに――。何だか不思議な女の子だった。


 そうこうしているうちに、頭痛はいまや痛みを増して、軽く吐き気がしていた。意識も朦朧とするほどの痛みに、僕は身動きが取れなかった。

 すると今度は店主がやって来て、今日はもう店を閉めるつもりだから頭痛が和らぐまで少しゆっくりしていったらどうかと提案された。


「きみさえよければね」

 そう言って、店主は手に持っていた淹れたてのコーヒーを差し出した。店主は戻り際に少しお茶目な顔をして付け加えた。

「しばらくココアは控えないとね」


 あの女の子から聞いたんだろうか。僕は痛みを誤魔化すように、勧められるままひと口飲んだ。淹れたてのコーヒーの香ばしいかおりが痛む頭と心に沁みた。表面にはまだ淹れたばかりのコーヒーの細かな茶色い泡がカップ一杯に広がっていた。コーヒーはココアばかり飲んでいた僕にとっては少し冒険で、少し大人で、少し、苦かった。

 湯気ごしに見えた窓に映ったイルミネーションはまるで痛む頭をもてあそぶように、明滅するたび僕の目の奥を打ちつけていた。

 

 ほどなくして店主が扉に吊り下げた看板をひっくり返した。扉の磨りガラス越しにはさきほどまで表になっていた『open』の文字が見えた。気づけばイルミネーションは電源が落ちて沈黙を保っていた。そのときは気づかなかったけれど、頭が痛みはじめると、店主はいつも決まってコーヒーを淹れてくれた。そしてなぜか、いつもそう経たないうちに痛みは遠のいていた。


 この日以来、僕はいままでにもましてちょくちょくこのカフェに顔を出すようになったんだ。お店というよりも、むしろその店の奥にある中庭に行きたくて遊びに行っていたようなものだけど。

 僕が中庭をあんまり気に入った様子だから、「夏はラベンダーが咲いてきれいだよ」とか「中庭の丸テーブルで摘みたてのハーブティーを飲みながら過ごすのがいいのよ」とか「満月のころの中庭が幻想的でね」とか、店主と奥さんはそんないろいろな話を、僕に聞かせてくれた。そしてこれから、僕が出会うだろう世界のことも――。

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