第二章

妖しのルーク

「本当にいいのかい? 世界はときに残酷に、キミを傷つけるかもしれないよ」


 気づけば僕の前には先ほどまで暖炉のそばにいた少年が座っていた。琥珀を思わせる瞳が、じっと僕に注がれていた――。


「あっ」と何か言おうとして、僕は思わず言葉に詰まってしまった。いま耳にした言葉が夢うつつのうちに聞いた声なのか、それとも目の前に座っている少年が発した声なのか、すべてが曖昧として、僕はどうしたものか決めかねていたんだ。それに、彼の瞳はなんというか――。


 さっきは後ろ姿しか見えなかったから気づかなかったけれど、よく見ればそう、彼の瞳は、たしかに琥珀色だった――。そして気づけばその姿形も、あの懐かしい記憶のままだった。その瞳に覗き込まれてようやく我に返った僕は、懐かしさに思わずあの名前を呼ぼうとした。でも、やっと口から滑りでたのは、自分でも思いもよらないような言葉だった。


「きみは……誰?」

「僕? 僕は――ルーク。失くしものを探しているんだ。キミ、知らないかな。僕の大事なタカラモノ――」


 僕は何だか一気に拍子抜けしてしまった。マヌーと言われたらどうしようかと思った。それほどまでに彼の瞳は、なんというか、マヌーの瞳とはかけ離れていたから。姿形はマヌーと瓜二つだった。琥珀の瞳も懐かしい声もあのマヌーそのままだった。でも何かが、違っていた――。ほっとしたと同時に、夢うつつの世界はいつしか僕の中から消え去っていた。

 彼が何を探しているのかはわからなかったけれど、僕はなんとなくそうした方がいい気がして、やんわり断った。それから申し訳なさそうに「ごめんね」と付け加えた。


「そう。それは残念」


 彼の瞳に一瞬何ともいえない緊張が――まるで宇宙の深淵を見つめたような陰りが――サッと走った。と思ったら、急に雰囲気が和らいで、彼は申し訳なさそうに言った。


「こっちこそ、急にごめんね! キミがあんまり僕の知り合いに似ていたものだから。あれがないと僕は本当に困るんだ――」


 彼は何事も無かったかのように席を立った。そして去り際に、まるでたった今思い出したかのように、もう一度振り向いて付け加えた。


「そう言えば、マヌーがよろしくって言ってたよ――」



 今思えば、彼は最初から最後まで親切だった。むしろハキハキしていて魅力的なくらいだった。それでも、僕はその隙の無い優しさにどこか、緊張していたんだ――。



 気づけば店内には僕と商人の親子連れだけだった。店の外はすっかり日が暮れて、漆黒の窓には鏡うつしになったクリスマスツリーのイルミネーションが囁くように明滅していた。夕闇に浮かぶ五彩の灯影は、いましがた出会ったばかりの琥珀の瞳を思わせた。あの宇宙の深淵を見つめたような陰りが、窓のむこうの漆黒の世界に紛れている気がした。


「だいじょうぶ? あなた顔色がわるいけど……頭でも痛いの?」

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