第24話 薄汚れた雪
横たわる
冬治と紗月は幼なじみだった。幼い頃は冬治の家の土地の山でよく駆け回って遊んだものだ。走るたびちょんまげみたいに揺れていた紗月のポニーテール。そんな子どもっぽいことをしない年頃になっても、二人の関係は続いた。高校受験で学校が離れた後も、大学生になって紗月が東京に一人引っ越した後も、メールなどで連絡を取り合っていた。
冬治は紗月が好きだった。けれども近すぎて、家族のようにしか思っていないと言われるのが怖くて、言えなかった。実際紗月は冬治のことをなんとも思っていなかったらしい。いつか二人で部屋で飲んだ夜、酒で火照った身体を冷やすため上着を脱ぎながら、こんなこと目の前で出来る男冬治だけだわーなんて笑って言われたことさえある。
気安い仲だったと言えば聞こえはいいかもしれない。けれど高校生のころ、紗月が同じバレー部──といっても男女で活動場は分かれているわけだが──の先輩の事が好きだと持ち掛けた時の瞳は、冬治を見る瞳とは違っていた。熱っぽく潤んて、語る時テーブルについた紗月の両手がもじもじと落ち着かなげに組まれたり、意味もなく制服の襟を正したりするその所作は、冬治が長らく幼なじみとしてそばにいても、一度も見たことのない表情だった。内向的な冬治が思わず、気持ち悪いね、それ──だなんで冗談で言ってしまったのも、ただの嫉妬と言い切れなかったのかもしれない。自分の知らない幼なじみの顔に、拒絶反応が出たのだ。
少し経って、その先輩と紗月が付き合いだしたという報告を受けた。その先輩にあんなことやこんなことをさせながら、相談された時よりも濃い女の顔をしているのかなという憤りを自分で慰めた。白っぽい液体が手の中ではじけて涙と混ざった。
大学になって、紗月は他の男と付き合いだした。そんなのは前からあることだった。けれども、久しぶりに帰省して、卒業を機にあの人と結婚するつもりなの、なんて幸せそうに語る紗月を見たら、すごくイライラした。こっちは報告を受けて死にそうなのに、よくそんな楽しくいられるな。勝手な気持ちが強くなって強くなって、冬治は紗月の肩を掴んでいた。
紗月には初めての赤が見当たらなかった。大学でも高校でも現役でバレー部をしていたから、もしかしたら他の男にやる前からなかったのかもしれない。けれども、自分を慰めたときは自分の手の中のものだったのが、紗月の中に入っただけでも冬治は満足だった。
活発さを表すポニーテールだけは昔のままだったけれど、紗月はきちんと女の体をしていた。
当然紗月は冬治のことをめちゃくちゃに罵った。
「あんたの根暗なとこ昔っから大っ嫌いだったけど本当に今は視界にも入れたくない、死んでほしい」
罵詈雑言を冬治に浴びせた。散々な事をして勝手だったが、嫌いとはっきり口にされたとたん冬治は目の前が真っ暗になって、気がついたら頭から血を流してこと切れている紗月と、手に血の付着した植木鉢のカケラを持った自分がいた。
どうしようもなくなって、自分の家の土地の山に紗月の死体を連れて行って埋めることにした。すぐにバレるだろうと思ったけれど、うまくしたら自分のところに紗月を永遠にとどめておけると思ったのだ。死体を背負っている途中、山でかけっこをして転んで擦りむいた紗月を背負って家まで帰ったことを思い出して、少し涙が出た。もう紗月の傷も、二人の仲も癒えることはないのだ。
ザク、ザク。スコップで土を掘る音だけが、静かな冬の山に響く。その間にも紗月の死体に雪が降り積もっていく。
真っ白な雪が、汚した時につけた白いものと被って、自分は紗月を死してもなお汚しているんだと思うと、さっきまで泣いていたくせに今度は笑いが止まらなかった。
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