雨のジャングル(1)



 一凛は生い茂る深い緑の中にいた。


 湿度百パーセントの空気は色んな香りが混ざり合ってまったりと甘い。


 腕の中の赤ん坊は大人しく寝息を立てている。


 何度か大きな音がしたり激しく体が揺さぶられるようなことがあったが大泣きすることもなくここまで来た。


 さすが逞しい我が子だと一凛は頬を緩ませる。


 我が子の顔を見ている間だけは不安を忘れられる。


 それと。


 ふわりと後ろから一凛は包まれる。


 ハルにこうやって触れている時も同じだった。


 その横で伊吹が額にかかる汗を拭った。






 生贄に差し出されたのはトンゴだった。


 儀式用の檻の中でトンゴはすでに生き絶えていた。


 老衰だった。


 体を丸めたトンゴをハルだと気づく者はいない。


 儀式が取り行われているその同じ日に、一凛と伊吹、そしてハルは日本を離れた。


 ハルの輸送を不審に思う人はいなかった。


 伊吹の「うちの動物園の動物です」の一言でみな用意された書類を一瞥するとたんとハンを押した。


 その軽やかな音はハルを自由へと後押ししているようだった。



 あの日、ハルの叫び声は建物の外の伊吹まで届いた。


 激しく長くその声はいつまでも止まなかった。


 息吹のポケットの中で電話が震えた。


 受信したメッセージを開くとそれはトンゴの死を伝えるものだった。


 伊吹は一凛とハルに条件を出した。


 トンゴをハルの代わりに生贄として差し出しハルを元いたジャングルに返す。


 その代わり一凛は自分と一緒に残ること。


 もしくは最悪一凛がハルと一緒にいきたいというならそれでもいいが、子どもは自分に引き渡すこと。


 伊吹が言い終わる前に一凛は大きな声で「分かった」とうなずいた。





 一凛はポンチョのフードを取り頭上を見上げる。


 幾重にも重なった木々の葉がところどころ雨を遮っていたが、葉の上でまとまった雨が大きな雫となって落ちてくる。


 学生のころ何度もジャングルに足を運んだが、このヴィルンガ火山群は初めてだった。


 一凛の前を歩く伊吹の背中はびっしょりと濡れている。


 伊吹は歩き出して早々暑くて着てられないとポンチョを脱いでしまった。


 肩にはライフルがかけられていた。




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