生贄の儀式(4)


「明日かな?」


「そんなに長く?ふやけちゃうじゃない」


 あからさまに颯太は顔を歪めほのかを見た。


「なによ。あーなんだかお腹空いちゃった」


「飲みなら付き合うよ」


 オペラグラスの代わりに電話を取り出したほのかは意外な顔をした。


「救急外来辞めたんだ」


 ほのかはさほど興味なさそうに、ふーんと相槌を打つと電話に指を滑らせる。


「離婚届けも昨日出してきた」


 さっきと同じ調子でほのかはふーんとうなずいて、


 「だったら飲みに付き合わせてあげる」


 視線を電話に落としたまま言った。


 二人は並んで歩き出す。


「俺いい店知ってるからそこ行こうよ、奢るよ」


「いいそれくらい自分で払う。奢ったんだからって見返り期待されても迷惑だから。それに今日はわたし浴びるほど飲みたい気分なんだ」


 颯太はぷっと吹き出した。


「俺も倒れるまで飲みたい気分」


「颯太って意外といい奴なんだね」


「なんだよ急に」


 あの日自分だけこっそりクリニックに戻ったほのかは、産まれた子がハルの子だったということを知った。


 ほのかは空を見上げる。


「雨、止むかな?」


 ほのかと同じように颯太も空を見上げる。


「さあ」


「一凛大丈夫かなあ」


 颯太はしばらく黙って言った。


「祈るしかないよ」


 二人が仰ぐ重くて暗い雨雲が少しだけ明るくなったように見えた。




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