生贄の儀式(1)


 動物園の正門では二人の警備員が直立姿勢で雨に打たれていた。


 黒い雨合羽から雨が流れ落ちる。


 一凛が不憫そうに彼らを見ていると「これも儀式までさ」と伊吹は言った。


 外で一凛を待たせたまま伊吹は灯りのついた事務所の中に入って行く。


 五分ほどで伊吹は戻ってきた。


 伊吹は一凛を動物園のある建物に連れて行った。


 それは四角いコンクリートでできた大きな棺桶のようだった。


 見ただけで一凛は息苦しさを感じた。


 伊吹は鍵の束から一つの鍵を抜き取ると、他を一凛の手に握らす。


 それらはずしりと重かった。


「俺はここで待ってる。最後なんだから時間は気にすんな」


 伊吹はポケットからタバコを取り出すと火をつけた。


 一つ目の扉を背中で閉めた一凛は深く空気を吸い込んだ。


 そこには確かにハルの匂いの粒子が混じっていた。


 二つ目、三つ目の扉を開ける。


 最後の扉の鍵を探す指が震えた。


 それでもどうにか鍵を開け重い扉を押す。


 まるで鍾乳洞で広い空間に突き当たったようだった。


 最後の扉を開けたそこは外の明かりが差し込んでいた。


 見上げると高い天井に大きな窓があり所々割れたガラスの間から雨が降り込んできている。


 その下にハルはいた。


 四本のしなやかに伸ばした手足が美しいカーブを描いた肢体を支えている。


 血が滲んでいた背中は見る影もなく、銀色の雨雫がその美しい白銀色の背中で光っている。


 初めてハルを見た時もこんな風だった。


 そしてまた今、一凛はハルの美しさに見惚れる。


 ハルはおもむろに顔を一凛の方に向ける。


 その瞳は一凛がやってくるのが分かっていたと静かに言っていた。


 ハルはゆっくりと一凛の目の前にやってきた。


 黒曜石のような深い瞳は初めて会ったあの時と同じだった。




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