宿された命(4)



 一凛は小さく哀れに見えた。


 このまま萎んでなくなってしまうのではないかと思った。


 白人の男が一凛の前に立った。


 心配する男の手を振り払うと一凛は電車を駆け降りた。


 ほのかは電車の中からホームを駆けていく一凛の姿を見守った。


 あんな一凛に自分は何をしようというのだ。


 ほのかは自分に問いかける。


 あんなに弱り果てた一凛を。


 それでも必死に愛に生きようとしている一凛を。


 間違った愛を正す?


 疑う余地のない正義だと信じていた。


 でも間違った愛、そんなものは存在するのだろうか?


 一凛とハルが愛し合って誰が傷つくというのだ。


 誰に迷惑がかかるというのだ。


 追いつめられた二人を、無力で無害の二人を、自分は叩き潰そうとしていたのだ。


 ふと車内に目をやると、近くに一組の男女が座っていた。


 どこにでもいる幸せそうなカップル。


 誰に憚ることなく身を寄せ合い、自分たちが愛し合っていることを周りに宣言しているかのようだ。


 ときどき彼を見上げる彼女の嬉しそうな表情とさっきの一凛の表情はあまりにも対象的だった。



 震えて泣いていた一凛。


 小さく惨めに見えた。


 でも一凛は綺麗だった。


 潤んだその瞳は澄んでいた。


 どんな屈強にも立ち向かおうとする強い愛を一凛はその胸に秘めているのだ。


 それこそが自分が探し求めているものなのではないだろうか?


 ほのかは次の駅で降りると、向かいのホームに立った。


 その足取りは一凛を追っている時よりもずっと軽かった。






 ほのかの目の前でカップを両手で包む一凛は電車の中で見た一凛と同じように小さかった。


「でもわたしとハルはもう終わりなの」


「それで一凛はいいの?諦めるの?」


 一凛はゆっくりとでも深くうなずいた。


「これが運命なんだと思う」


 テーブルの端に置いてあった一凛の電話が震えた。


 見るつもりがなくてもスクリーンに浮かび上がる『依吹』という文字が見えた。


 目配せしてくる一凛にほのかはうなずく。


 一凛が電話で話している間ほのかは少しぬるくなった紅茶を啜る。

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