宿された命(5)


「ええ、うん。そうなの。今ほのかが来てて。ええ」


 ほのかはそれでも一凛がハルへの気持ちを貫き通すというのなら、自分は応援しようと思っていた。


 でも今一凛の声を聞きながら、これでいいのかも知れないと思った。


 依吹なら今の一凛を支えることができるだろう。


 ふと、ほのかは自分が重大なことを忘れていたことに気づきおかしくなる。


 一凛と依吹。


 本来は喜ばしいことではないか。


 以前の自分だったら両手を上げて喜んだだろうに。


 でも今は。


 一凛の横顔は一見穏やかに見えたが、その下に大きな哀しみが満ちているのがほのかには分かった。


 運命の相手と必ずしも幸せになれるわけじゃないんだね。


 その横顔にほのかは心の中で語りかけた。






 決して止むことのない雨は、世界を沈めてしまうかのように激しく降り続いていた。


 町の川はまるで生き物のようにうねり、十数年ぶりに眠りから覚めた龍のようだと誰かが言った。


 それが発表されたのは、荒れ狂う龍が人々に牙をむくのではと皆が不安を抱き始めた頃だった。


 時代錯誤だと反対する者もいたがそれは少数派で、多くの人々は久しぶりの祭典を祝うかのように興奮した。


 雨を鎮めるために差し出される生け贄が選ばれたのだ。


 ハルだった。






 ほのかが心配したとおり、一凛は塞ぎ込み家から出ないような状態になった。


 体調もあまりよくないと言う。


 依吹が毎日のように一凛のところに行っているようだったがそれでも男の依吹には頼みにくいこともあるだろうと、ほのかも時間を見つけては一凛のマンションに足を運んだ。


 玄関を入るといつもと違う香りがした。


 さっきまで依吹が来ていたのかも知れない。


 案の定、リビングのソファーに座る一凛の髪は乱れ、どことなく艶かしい。


「これじゃ依吹は何しに来てるんだか分かんないわよね」


 ほのかは呆れる。


「だからわたしは病気なんかじゃないから心配しなくてもいいのに」


 髪を耳にかける一凛の手首は折れそうに細い。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る