颯太(4)



 その子が死んで数ヶ月経ったある日、颯太の顔に傷ができてた。


 最初は奥さんと喧嘩してつけられた傷かと思ったけど、颯太は否定しました。


 俺は颯太は自分で自分の顔に一生消えない深い傷をつけたんだと思う。


 だってその傷は、死んだ子にあった顔の痣と同じ場所だったんです。


 今でもあるでしょ颯太の顔に」


 彰斗は自分の右頬を指差した。


「颯太は颯太なりに悩んで後悔して苦しんでたんですよ。


 救急に移ったのも子どもを見るのが辛かったんだと思う。


 誰にもそれは分からなかったけど。


 そして颯太は今でもその真っただ中にいる。


 一度も子どもを抱けなかった自分を赦せずに。


 颯太の奥さんに颯太を赦せと言うのも酷だと思うんです。


 傷ついた二人がお互いを支え合うのは美談かも知れないけど、現実はそんなに簡単じゃない。


 あの二人ほんとうに別れたほうがいい。


 あの二人に今必要なのは一緒にいる努力じゃなくて別れる努力だと思う」


 最後の言葉は彰斗自身にも言っているように聞こえた。


 ちょうどスナックの前に着いた。


 一凛も一緒にどうかと誘われたがまだ店の仕事が残っているからと断った。


 最後に彰斗は言った。


「人ってそんなに頑張らなくていいですよ。ね、一凛さんも」


 スナックのドアを開けるとカラオケの歌声が流れ出てきた。


 それじゃあ、と彰斗は店の中に入っていった。


 彰斗と二人で歩いて来た道を一人で戻る。


 一凛は最後に颯太と会ったときの、あの泣き顔のような笑い顔を思い出していた。


 彰斗の言うように奥さんと別れたとしても、颯太の悔いが消えることはないだろう。


 奥さんが、全ての人が颯太を赦すと言っても颯太は自分を赦さない気がした。


 颯太はこれからもずっと自分を責めながら生きていくだろう。


 急にハルに会いたくなった。


 一凛は走り出す。


 今まで何度も自分に問いかけた。




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