檻を超えて(7)



 颯太はコーヒーを飲もうと紙コップを持ち上げたが空になっているのに気づくと自販機に向かった。


「一凛はハルと一緒よ」


 颯太が振り返る。


「冗談だろ?」


「冗談言ってどうすんのよ」


「まさか一凛ちゃんがハルを連れ出したとか言うんじゃないだろうな」


 ほのかが黙っていると颯太は


「そんなことして一体どうすんだよ」


 と憤る。


「わたしが二人を車に乗せて逃がしたの」


 驚きを隠せないでいる颯太に


 「悪い?」


 とほのかはたたみかける。


 しばらく颯太は黙っていたが、白衣のポケットから小銭を取り出し自販機に投入した。


 コーヒーの注がれる音が妙に大きく感じられた。


「で二人は今どこにいるんだ?」


 颯太の声は落ち着いていたが怒りを押し殺しているようでもあった。


「分からない」


 颯太は白衣のポケットの中で小銭を苛立たしげに鳴らした。



 


 

 ハルが収容されていたという舎監の前で依吹はポケットからタバコを取り出し火をつけた。


 主のいない舎監の扉は開かれたままになっている。


 ハルが脱走したと知らせが来たとき、依吹は一凛の仕業だとすぐに分かった。


 案の定一凛にいくら電話しても応答がない。


 この扉を開けたのは一凛なのだ。


 ゆすると鉄格子の扉は軋んだ音を立てた。


 園長は、なんてことだ、なんてことだと頭を抱える。


 そんな園長をどうにかなだめたのはいいものも、これからどうしたものかとため息をつきそうになってやめた。


 ため息をつくと問題が重みを増すような気がする。


 ハルがいなくなったことでほとんどのスタッフが緊迫した雰囲気の中、わずかに嬉しそうにしている者が何人かいた。


 不思議に思った依吹がそれとなく声をかけると彼らはゴリラの檻を担当していたスタッフ達だった。


 その中で決して依吹と目を合わせようとしない小柄な女性スタッフに依吹は優しく声をかける。


「もうそろそろほんとうの事を教えてほしいな。でないと解決策を考えようにも考えられないじゃないか」


 自分を見上げるスタッフと目が合う。


 大きなアーモンド型の目。


 子どもの頃の一凛に似ていると伊吹は思った。


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