檻を超えて(2)
ハルの瞳が近づいてくる。
一凛は目を閉じた。
一凛の唇にハルが触れたとき、何かが光った。
真っ青な空に眩しく輝くそれは一凛が今まで一度も見たことのないものだった。
水分を含まない乾いた風が吹く。
遠くで鳥が鳴く声がした。
清らかに響きわたる笛のようだった。
唇が軽くなって目を開けるとまだハルの大きな黒い瞳が目の前にある。
「今のはなに?」
一凛は迫り上がってくる熱い塊をこらえながら声を絞りだした。
ハルは黙って一凛を見下ろしていた。
ほのかはワイパーを最大にした。
それでも激しい雨はフロントガラスの視界を遮る。
バックミラーを覗くと後部座席の一凛と目が合った。
「ほのか、なにも言わないの?」
「驚きすぎて言葉が出てこないのよ」
一凛の横のハルに目をやる。
ハルは身を屈めてもそれでも頭が車の上部に押しつぶされている。
「これからどうするつもりよ、一凛」
「分からない、でもこのままハルを見殺しにすることなんてできない。きっとなにか方法があると思う」
ほのかがハルを見るのは初めてだった。
噂以上の大きなゴリラだ。
夜中に一凛から電話がかかってきて、動物園に迎えにきて欲しいと頼まれたときはいったい何事かと思ったが、裏門の前に一凛と並んで立つ黒い雨合羽からはみ出たハルの巨体を見た時は驚いた。
すぐに例のニュースで騒がれているゴリラだと気づいた。
夜が明けたらハルが動物園からいなくなったことはすぐに分かるだろう。
それもただのゴリラの脱走じゃないのだ。
ニュースで話題の人を殺したゴリラなのだ。
小さな動物だったらいざ知れずこのハルの巨体、逃げ切れるはずはない。
捕まって一凛が連れ出したと知られれば、世間はどんなに大騒ぎするだろうか。
一凛は今まで築いたものを全て失うかも知れない。
ほのかはハンドルを握る手に力を入れた。
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