檻を超えて(3)
ときどき後部座席から「ハル」と囁く一凛の声が聞こえてくる。
最初は一凛の動物愛護の精神がハルを連れ出したのだと思った。
でも車を走らせるうちに一凛とハルの間にはそれだけではない何かがあることをほのかはすぐに感じ取った。
ハルを呼ぶ一凛の声はほのかが初めて聞く声だった。
颯太やアレック、そして依吹。
彼らの名前を呼ぶのとはまったく違う。
一凛の声には愛おしさが溢れていた。
子どもやペットへの愛情ではない、それはまさしく恋人に向けるような甘く切ない囁き声だった。
「なんで依吹じゃなくてわたしを呼んだの?」
ほのかは前を見たまま一凛に訊ねた。
「ほのかだったら分かってくれそうな気がして」
「一凛にとってハルは」
その先の言葉は吞み込んだ。
口にすることができなかった。
口にして一凛に肯定されるのが怖かった。
自分に分かるわけない。
突然後部座席に座る一凛が自分の知らない恐ろしい化け物に思えた。
警察に行くべきか。
そんな考えが浮かんだ。
その方が一凛のためなのではないか。
今の一凛は本来の一凛ではない。
一凛のこれからの人生を守れるのは今自分しかいないのではないだろうか?
このまま二人を逃がしては取り返しのつかないことになるのでは。
でももし途中でそのことがバレたら。
バックミラーでハルを盗み見る。
あの巨体に襲われたら一撃だ。
でもそんなことを一凛がさせるはずがない。
そう思った瞬間、自分の愚かさにほのかは小さく笑った。
助けて欲しいと手を伸ばす女友だちを自分は裏切ろうとしているのに、相手は絶対に裏切らないと信じているのか。
都合が良すぎる。
後ろから一凛がほのかを呼んだ。
「ほのか、ごめんね」
ざわめいていた胸の内が大人しくなる。
ほのかはフロントガラスの向こう側を見据える。
そこには激しい雨さえを吸い込む闇が広がっていた。
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