事件(10)



 面白がったマスコミは一凛とその専門家を討論させる特集番組を作ろうと言ってきた。


『もうやめておけ一凛』


 伊吹が電話口で言った。


 事件が起きてからハルに会いに動物園に行くどころではなかった。


 依吹とも電話で話すのがやっとだった。


「伊吹このまま黙ってハルを見殺しにしろって言うの?」


 園長は相変らず固く口を閉ざしたまま真相を語ろうとしない。


『騒げば騒ぐほどハルは窮地に追い込まれる』


 もはや真相など分かったところで同じだった。


「じゃあ騒がなければハルは救われるの?どうやったら分かってもらえるの?」


 一凛に敵対する専門家が先導し世間は一凛のアニマルサイコロジストとしての地位を傷つけることに躍起になり始めていた。


『今じゃない、今一凛が完全に潰されてしまったら一体誰かハルを救うことができるんだ』


 それでもいても立ってもいられない一凛は依吹から園長の自宅を聞き出し、夜中にタクシーを飛ばした。



 世間は完全にハルを殺処分するのが当然だという空気になっていた。


 玄関先で園長は一凛に土下座をした。


「申し訳ない、本当に申し訳ない。せっかく一凛先生が手伝って下さったのにこんな結果になってしまって」


 一凛が何度理由を訊いても園長は頭を床にこすりつけるだけだった。


「園長、本当のことを教えてください。何があったんですか?それが分かればハルは」


 殺処分という言葉を一凛は口にすることができなかった。


「一凛」


 駆けつけてきた伊吹だった。


「分かってるだろう。理由が分かっても同じだ」


 どんな理由であれ人が一人死んだのだ。


「でもハルは」


 依吹は何日も寝ていないような憔悴しきった顔をしていた。


 振り返って園長を見るとまだ頭を床につけたまま体を小刻みに震わせている。


 ここにいる誰のせいでもないのだ。


 責任を負うべき人物は計らずとも死というかたちで充分な責任をすでに取っている。



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