事件(9)



 実際一人で部屋にいるよりもずっとましだった。


 気を紛らわせるものがないと物事を悪い方にばかり考えてしまう。


 一凛もほのかの言うように数週間もすれば騒ぎはおさまるとどこかで楽観視しているところがあった。


 でも事態は急変した。


 容態を持ち直したはずの飼育スタッフの男が死んだのだ。


 事件が起きてから三日目のことだった。





 久しくゴリラやオランウータンが騒ぎを起こす事件がなかっただけに世間は騒然となった。


 運悪くというか他にマスコミが飛びつきそうな目立った事件がなかっただけにテレビのワイドショーはこぞって特集を組んだ。


 一凛にはテレビやラジオ番組出演のオファーが殺到した。


 すべての仕事を断り続けることもできず、ファックスで簡単なコメントを返したり、電話出演などで対応した。


「ゴリラは理由なく人を襲ったりはしません。それはすべての動物において言えることです」


 一凛が何度そう繰り返してもマスコミの暴走は止まらない。


 もともと真実を知る気などないのだ。


 仮定でしかないことをまるで真実であるかのように報道する。


 視聴率が取れればなんでもいい。


 その結果どうなってしまっても知らん顔。


 マスコミと世間はハルに凶暴なゴリラというレッテルを貼った。


 そして暴走した人々はハルにとって最悪な方向へと突き進んでいく。


 もはやハルがなぜ人を襲ったのかという理由などどうでもよく、そんな危険なゴリラは殺処分してしまえという空気になっていた。


 一凛はハルの正当性を主張し続けたが、それとは反対の意見を言う専門家の主張をマスコミは大きく取りあげた。


 そればかりかその専門家はどうやって知ったのか一凛が依吹の動物園とハルに関係したことを持ち出し、なぜそんな危険なゴリラがいるのに事件が起きるまで放置していたのか、予見できたではないかと一凛を責めるようなことを言い出した。



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