頬の下の傷(4)
「ちなみに俺は産婦人科でーす」
そう言うとすぐにほのかに向き直り「ほのかちゃんも近い将来ママになるときはヨロシク!」と敬礼した。
ほのかも「ヨロシク頼みもうす!」と敬礼を返す。
いつの間にか彰斗の酔いに追いついている。
「一凛ちゃんの噂はまだ一凛ちゃんがイギリスにいた頃から知ってたよ、すごいね、尊敬するよ」
「そんな、颯太さんだって」
一凛は自分のおちょこを手に取ろうとしてなんとなく手を引っ込める。
「なんで、もっと呑みなよ」
お茶を飲みながら颯太は一凛のおちょこに冷酒を注ぎ足した。
注がれた酒を呑みながら颯太を見ると目が合い颯太はにこりと微笑む。
思えば、自分はこの人にひどい事をしたものだと今さらながら反省する。
颯太はただ一凛のことをまっすぐに好きでいてくれただけなのだ。
でもあの時の一凛は颯太と同じ気持ちにどうしてもなれなくて、最後はあんな別れ方になってしまった。
大人になった今だったらもう少し上手いやり方ができるような気がする。
でもそれももう過去のことだ。
颯太の手にはめられた結婚指輪が一凛にそんなことを思うのは余計だと言っている。
一凛はそっと颯太の頬の傷を盗み見る。
三センチはあるだろうか、新しいものではなく、ケロイド状に少し盛り上がっている。
浅い傷ではああはならない。
整った颯太の顔にその傷は不釣り合いで、役者が役のためにつけた特殊メイクかなにかで、拭けば取れそうな気さえする。
「本当はこの旅行でプロポーズするつもりだったんだってさ」
颯太がいつの間にか畳の上で大の字になっている彰斗を見て言った。
ほのかは一凛の横で頬杖を付きうとうととしている。
それでこんなに酔いつぶれてしまったのかと、一凛は鼾をかいて寝ている彰斗に同情した。
「一凛ちゃんは結婚の予定とかないの?」
唐突に聞かれ首を振る。
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