一凛の決意(10)
依吹のお姉さんは一凛の視線に気づき、ああこれはね、と言った。
「死んだお父さんの傘なの。こうやってるとなんだかお父さんがまだわたしのことを守ってくれてるような気がして」
伊吹のお姉さんの目が一瞬潤んだように見えた。
「伊吹はあんなでしょ」
お姉さんは寂しそうにした。
伊吹は普段から愛想はないが、特にお姉さんと話す時はいつもよりもぶっきらぼうで素っ気ないように見えた。
年頃の男の子が家族と接する時によくすることだとしても、伊吹の態度はそれとは少し違っていた。
それはとても冷ややかだった。
伊吹の仏頂面の仮面の下には優しく思いやりのある本当の顔が隠れているのを一凛は知っている。
それだけにただ一人の肉親であるお姉さんに冷たく当たる伊吹の行動が例の噂を肯定しているように思えた。
でも、伊吹だったら逆にお姉さんをいたわってもいいはずなのにとも思う。
それともそれが本当の伊吹なのだろうか?
小さなタバコ屋の前にくると依吹のお姉さんは「わたしはここで、一凛ちゃん伊吹と仲良くしてあげてね、じゃあね」と小さく手を振った。
一凛は手を振り返しながら、思わず呼び止める。
「依吹のお姉さん!」
依吹のお姉さんは振りかえるとわずかに首をかしげる。
「なぁに?」
「い、いえ」
一凛が黙っていると依吹のお姉さんは「またね」と行ってしまった。
噂は噂だ。
真実を知ったところでだからどうするというのだ。
そもそもそんな昔の噂をいつまでも気すること自体が噂の中身よりも下世話ではないか。
それもあんな哀しい話。
伊吹のお姉さんと別れて一人で歩いていると薄暗い道に街灯がついて明るくなる。
立ち並ぶ家から夕飯の支度の匂いが漂ってきた。
一凛はなんだか心細くなり家へと走った。
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