一凛の決意(9)



 それにあくまでもそれは噂でしかない。


 そうではあっても依吹を目の前にして今まで通りに接することができるだろうかという不安もあった。


 少しでも依吹に何かを感じ取られるのが怖くて一凛も依吹に会うのを避けていたところもあった。




 そうこうしているうちに新しい学年になった。


 留学するまであと一年あるといっても、英語の勉強を始め準備することはたくさんあった。


 結局依吹とのことはそのままになってしまった。


 話すつもりはなかったのだが、ほのかにそのことについて話すと、ほのかはまるで自分のことのように怒った。


「キスしておいてそのまんまだなんて信じらんない!ない、ない、ない、ぜったいないからそんなの。止めといた方がいいよそれ。つか、よかったよ依吹がそんな男だって早い段階で分かって。次いこ次」


 ほのかは散々依吹のことを罵ったが、依吹のお姉さんのことについては何も言わなかったので一凛はどこかでほっとした。




 ばったりと依吹のお姉さんに道で会ったのは留学に必要な英語資格試験を受けた帰りだった。


 久しぶりに見る依吹のお姉さんは以前よりもっと綺麗になったと思っていたら、「一凛ちゃん綺麗になったわね」と先に言われた。


 男物のごつい黒い傘をさす依吹のお姉さんの横顔をそっと見つめる。


 この人は本当に依吹のお母さんなんだろうか。


 わたしの歳の時にはすでに依吹を産んだというのは本当なのだろうか。


 いや、やっぱり信じられない。


 颯太が言ったことはすべて嘘だ。


 もしあの話が本当で、依吹のお姉さんはお母さんで、そして強姦されたのだとしたら。


 どうしても依吹のお姉さんの横顔と颯太の話が重ならない。


 目の前にいるのは昔から一凛が知っている『依吹のお姉さん』で『強姦された依吹のお母さん』ではない。


 男物の傘をしっかりと握る白くて細い指の形が依吹と似ている。

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